“平和”
王都に戻ったエミューリアはすぐに王宮に戻り、朧月と合流した。エミューリアは朧月が公務用のドレスを着ているのを見て青ざめた。
「まさか会議があったの!?」
「はい…国王様と王子様お二人、シーラ様はいらっしゃらなかったですが」
「朧月?大丈夫にゃ?」
一緒に来たキャシーが朧月の顔色が優れないのに気付き心配する。朧月ら忍は過酷な修行を経て忍になった。精神面もかなり鍛えられているのだが…
「変装には自信がありましたが、今回はかなりのプレッシャーでした。議題は魔物の大群についてでした。エミューリア様にいただいた資料通りに対応しましたが…」
「が?」
「国王様とソーレ様は大丈夫だと思うのですが、ドラゴ様が…」
「ドラゴ義兄さんがどうしたの?」
「会議中ずっと私を見てきたのです。それはもう目線が弓矢のように刺さるのを感じるほどに!」
「まさか、ばれた?!」
「それがわからないのです。声や見た目、細かい所作まで抜かりはなかった…はずです。しかし会議終了後も特に何かを言われることもなかったので隠しとおせた、と思いたいです」
(潜入のプロにここまで言わせるなんて…ドラゴ義兄様、恐ろしい)
「エミューリア様、とりあえず会議の結果をご報告致します」
会議の結果魔物の群れに対してすぐに王都から特別編成された部隊を派遣するつもりだったが、第3騎士団の今回の討伐報告が完了すれば確認部隊の派遣ですむだろう。
「じゃあ、結果として私が抜け出したことはばれていないのね?」
「はい、恐らくは」
「とりあえず作戦成功ね!朧月、ご苦労様」
「やっと終わりました…」
ものすごくホッとした顔をする朧月。
(いったいどれ程のプレッシャーだったにゃ…?)
そんな朧月の表情を初めて見たキャシーはゴクリと唾を飲み込んだ。
さて、ここはドラゴの自室、側近のアルプスがコーヒーを出しながらドラゴに問う。
「ドラゴ様、あれでよろしかったのですか?」
「なんだ?今日は本当におしゃべりだな?」
「とぼけないでください。先程の会議に出ていたエミューリア様、偽物でしたよ」
「そうだな」
「やはり気づかれていましたか!なぜすぐに指摘なさらなかったんですか?」
「あの時は一番優先すべきことではなかったからだ。会議が終わってから声をかけようと思っていた」
「でもそうなさらなかったですよね?」
「まあな」
「なぜですか?」
「お前は感じなかったのか?」
「何がでしょうか?」
ドラゴの真意がわからない様子のアルプス。ドラゴは手を止め真剣な顔で偽物とわかっていて言わなかった理由を語る。
「正直感嘆したからだ。見た目だけでなく声や仕草、細かいところまでしっかり再現されていた」
「そこに感動されて見逃したのですか?」
「いや、これはあくまで理由の一つにすぎない」
「もったいぶりますね、一番の理由はなんなんですか?」
ドラゴはまるでいたずらっ子のような笑顔をアルプスにむけた。
「個人としてはエミューリアの方が優秀だが、王族としてはあの偽物の方が優秀だったからだ」
「…確かに」
「恐らくあの偽物は『エミューリアとして』ではなく『王族として』の振る舞いを一番としたんだろう。ゆえに『王族として理想的なエミューリア』になったわけだ」
「言われてみればいつものエミューリア様よりなんというか、高貴な感じがしました」
普段どう見えているのか不安になる二人のエミューリア評価。
「そんなことより、あの男から連絡が来たようだが?」
「はいこちらです。安全は確認済みです」
「ふむ」
中を見たドラゴの顔がいぶかしげに歪む。
「“近々アルバソル王国に行く”…と書いてあるが?」
「そのようですね」
「はぁ、どいつもこいつも何を考えているのか…」
ドラゴのストレスがため息になって口から漏れ出ていった。
第3騎士団寮内医務室。ベッドには起き上がれるようになった傭兵のルッカがアリベルトとリリコットの無事を聞いて胸を撫で下ろしていた。
「リリコットさんとアリベルトさんは無事なんですね、よかった…」
「第3騎士団から医師と技術者を派遣するから治療も村の再建も問題なく進むと思う」
「そうなんですね……あの」
少し悩むような仕草をした後、意を決しルッカは聞かなければならないことを口にする。
「ライズとレフは………いませんでしたか?」
ライズとレフ、ルッカの傭兵仲間だ。アークゴブリンの村から王都に戻るまでの道中で囮になってくれた。オーネストは魔物討伐から帰ってから看病をしてくれていたピコに目を向ける。
ライズとレフは見つかっていない。戦いの中でも見当たらなかったし、戦闘後に忍部隊が捜索したが見つからなかった。その事を正直に言おうとした時、部屋の外がバタバタと騒がしくなった。
「なんだい?うるさいね」
ピコが注意しようと扉に手をかける前に扉が思い切り開き二人の獣人が転がり込んできた。それが誰かわかりルッカは歓喜の涙を流した。
「ライズ…!レフ…!」
噂をすればなんとやら…転がり込んできたのは先程まで話題にあがっていたルッカの傭兵仲間ライズとレフだった。
「ルッカ!無事だったんだな!」
「よかった!」
元気にルッカの無事を喜ぶ二人にルッカは泣きながら喜んだ。
「それはこっちのセリフだよぉ」
ライズとレフの二人はそれぞれ別れた後魔物を必死に引き付けなんとか逃げ切ったが逃げる途中でダメージを受けてしまった。ライズは右目を失い尻尾が少しちぎれ、レフは左耳が取れて体の正面に深い切り裂き傷がついてしまっていた。普通の人間なら死んでいたが獣人の体力と治癒力でギリギリ持ちこたえその状態で先程やっと王都に着いた。少し落ち着きライズとレフの姿に気づいたルッカは心配そうな顔をした。
「大丈夫なの?」
「おう!獣人の体力と治癒力を甘く見んじゃねぇよ!」
「お前が治ったらすぐにでも出発…」
「できるわけないだろう、この脳筋ども」
獣人二人の背後から地獄から響いたかのような低いしわがれ声が聞こえ、二人の腕を掴む。もちろん第3騎士団医療担当のピコ・マリアンヌだ。
「こんな重傷者をほっておけるか」
「俺ら、金ないし…」
「お代なんていらないよ」
「いやでも…ほら、長居するのもどうかなーっていうか…」
何故か妙に遠慮する二人、そんな煮え切らない態度の二人にピコはイラつき始める。
「男二人がグダグダぬかしてんじゃないよ!どう考えてもその傷はほっといたらダメなやつだよ!いいから診察室に来な!」
「ちょっ、ホントにいいって、力つよっ!?」
「い、いやだ!苦い薬とか注射とかぁ!」
大の獣人の大人の男二人が子供みたいに泣きわめきながら老婆に引きずられていく様はホラーみたいにも見えた。それを見送ったオーネストとルッカはおかしくて笑った。この日から約二週間後、完治したルッカと、包帯や眼帯をつけたライズとレフの三人は元の仕事に戻っていった。
アークゴブリンを巡る事件は終結し日常が戻ってきた。そしてこの日以降魔物の異常暴走の事件は起こらなくなった。王都への盗賊などによる集中襲撃もほとんどなくなり“平和”な時期が続いた。
しかしその裏では一つの“悪意”が確かにその手を伸ばし始めていた。