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異世界でまた君と  作者: 長星浪漫
第二章
24/49

終結

 エレビアの“『魔眼』アブソリュート”は思惑通りアリベルトの体にまとわりついている“黒い意思”を吸収していった。しかしアリベルトも黙っているわけがなくエレビアを殺そうと動く。

「そうはさせない」

 オーネストは魔装を防御型に切り替えアリベルトの攻撃を受け止める。さらに地の魔法でアリベルトの足下に小規模な揺れを起こしアリベルトの動きを抑制する。

「うぼぁええぇぇあぁ!!」

 苛立ちを込めた叫びをあげながらアリベルトは狂ったように暴れまわる。だが確実にアリベルトの体からは黒い何かが引きずり出されていく。そして少しずつアリベルトの力も弱まっていき体も縮んできていた。エレビアも“落ち果て”の時よりは大分余裕があるようだった。

「もう少しだ!」

 徐々にアリベルトの原型が見え始めた時、問題が発生した。ほとんど元に戻りかけていたアリベルトの腕が根元から割け始めた。

「エレビア!一時中断だ!!」

「は、はい!」

 エレビアは『魔眼』を停止させた。アリベルトはほとんど元の状態に戻ってはいるが右半身と左目の周辺がまだ治っておらず右側の腕の付け根が少し割けていた。

「アリベルト様!」

 リリコットが走りよろうとするのをヴィオラが必死に止める。

「どうなっているんだ!?」

「わ。わかりません!…もしかしたらですけど、エミューリア様のおっしゃった“黒い意思”が肉体と同化してしまっているのかもしれません!!」

「どうにかできないのか!?」

「“アブソリュート”は魔力や生命力を吸いとるだけです。アリベルトさんの腕が“黒い意思”、つまり魔力と同化しているのであれば一緒に吸収してしまいます!!」

「ではアリベルトさんから完全に“黒い意思”を取り除くのには…」

「同化している部分を犠牲にするしかありません…」

「そんな…」

 震え座り込むリリコット。オーネストとしてもアリベルトにそこまでのダメージを残すのは望んでいない。万事休すかと思われたその時、瀕死のアリベルトが口を動かした。

「みな…さん、おね…がい…します」

「アリベルト様!?」

 “黒い意思”が体から離れたことで意識も少し戻ったアリベルトが今にも消えてしまいそうな声で話しかけてくる。一言一言発する度に少し吐血していた。

「かま…ぃせ、ん。このまま…やってください…」

 アリベルトは自らの体の犠牲を提案してきた。しかしそれはとても容認できない。迷うオーネストたちにアリベルトは命を振り絞って懇願する。

「お願いします…この…間にも、また…支配が、強まって……います」

 アリベルトの言う通りアリベルトの体が少しずつ巨大化してきている。

「だから…はやく…!!」

「アリベルト様…」

 リリコットは気づいた。アリベルトは覚悟を決めている。こうなってはアリベルトは考えを変えない。最悪自ら命を絶ちかねない。それならわずかでも生存の可能性のある方にかけるべきだ。

「エレビアさん。構わずやってください」

「リリコット!?」

「このままではアリベルト様はまた戻ってしまいます。アリベルト様にとってはそれがどれ程お辛いか…ならば、答えは一つしかありません」

「いいんですか?」

「はい」

 エレビアは再び眼鏡に指をかける。オーネストもそれを確認し、今度はオーネストも範囲内から離れた。エレビアが眼鏡を外す直前、リリコットは祈るように指を組み呟いた。

「どのようなことになろうとも、私はあなたについてゆきます」

 発動した『魔眼』にアリベルトの“黒い意思”が吸収されていく。同時に体も引きずられ少しずつ割けていく。

「………!!」

 恐ろしい激痛がアリベルトを襲ったが、牙を唇に突き立てこらえる。そんな攻防が一時間くらい続き、アリベルトを狂わせていた“黒い意思”も完全に取り払われ今回の魔物の襲撃事件は終息した。




 その様子を離れたところで見ていたフードの男はため息をついた。

「はぁ、ここまでやって第3騎士団に負傷者はなし、害獣どもも負傷は負わせたがほとんど無事か」

「戯れはもう十分でしょう?」

 フードの男の側に影のように現れたのは一人の女性。フードの男は当然のようにその女に答える。

「やっぱり回りくどいのはダメだったかぁ」

「小国とはいえ、アルバソルを甘く見すぎだと何度も申しあげましたよ」

「わかってるよ、でもそれでもロマンチックでドラマチックな展開を演出したがるのが男ってもんだよ」

「では、まだこのような茶番を続けるのですか?」

「いや、ここまでやって無理なら、強引だが確実な方法でいこう」

「といいますと?」

「“権力と地位”を存分に使うんだよ!」

 フードの男は凶悪な笑みを浮かべ、オーネストがいる方向を見た。




 アリベルトから“黒い意思”を取り払うことに成功したオーネストたちだったが、その代償にアリベルトの左目と右腕と右足と脇腹を少し抉りとられてしまっていた。アリベルトの血の匂いにつられ残った魔物が寄ってきたので必死に撃退した。アリベルトはすぐにピコのいるシェルターに運ばれ治癒魔法が使えるウィズが総出で治療をした。止血し、ちぎれた血管は魔法で繋ぎ合わせて失った血液はアークゴブリンから集めて補充した。失われた左目は義眼を入れて補われていた。終息から三時間後、アリベルトはようやく目を覚ました。

「…ここは?」

「アリベルト様!!」

 リリコットが傷に触らないように気を付けながらアリベルトを抱き締める。アリベルトは残った左手でリリコットの頭を撫でる。状況を理解したアリベルトはオーネストに頭を下げる。

「ご迷惑をおかけしてしまったようで、申し訳ありませんでした」

「いや、無事で…はないけど、元に戻ってよかった」

 この後アリベルトにフードの男について聞いたが顔を見ていないということで正体には迫れなかった。そのまま話がアリベルトの失われた体のパーツのことに移り、第3騎士団技術チームのメリッサとドリラグドが目を輝かせて入ってきた。

「手足が欲しいの?」

「なら任せろ、キヒヒ」

 その場の空気に合わないくらい明るく楽しそうな声にエレビアが注意したが当人たちは聞いておらず自分の話を続ける。

「失くなってしまったものは仕方がないさ」

「いくらゴブリンでもここまでの怪我は自然治癒できない」

「ならどうすればいい?」

「どうするのがいい?」

 向かい合ってわざとらしく首を傾げた二人は何かを思い付いたかのような演技をして振り返る。

「なら新しい手足をつければいいんだよ!」

「元の手足に負けないようなすごい手足を!」

「何を言ってるんですか二人とも!ふざけるのも大概にしなさい!」

 怒るエレビア、ドワーフ二人が言っていることが全く理解できなかった。新しい肉体を作るのは主に錬金術の分野だが一つ部位を作るのすらこの世界では完全には成功していない。そんな世界で新しい手足など作れるわけないと思ったのだ。これはその場の誰もが思ったことだ。二人を除いては…

「“義足”か」

 失われた手足を補う人工的に作られた手足“義手”と“義足”、前世では割と当たり前の技術なのだが現世ではなんの加工もしていない木の棒などをつける人はいるけれど“義手”や“義足”という概念はないはずだった。オーネストの呟きを聞いたドワーフ二人は驚いた。

「なんでそれを知ってるの?」

「まだ俺とメリッサと師匠しか知らないのに」

「そこは今はいいだろう!それより義手や義足ができるのか!?」

「試作だけど物はできてる」

「成功するかわからないけど、失敗してもその人の今の状態ならリスクはないよ」

「実け……試してみる価値は十分にあると思うよ」

 一瞬「実験」という言葉が聞こえたような気がしたが今は聞き流す。第3騎士団の技術チームの技術は確かに凄まじいものがある。どのみち今のアリベルトにはメリットしかない話だ。

「アリベルトさん、今の話いかがですか?」

「…私には難しい事はわかりません。ですが、私はあなた方を信じています。どうか、よろしくお願いします」

 オーネストたちはとりあえずアークゴブリンたちの隠れ里に戻った。そこには惨状がそのまま残されており、その光景に思わず吐いてしまう者もいた。オーネストたちは犠牲になったアークゴブリンたちのお墓を作った。建物も大分やられていたがアリベルトの屋敷はまだ大丈夫だったのでそこに即席のベッドを作りアリベルトを寝かせた。ピコが簡単な医療設備をセッティングし、薬や設備の説明を行い、ドワーフ二人の義手、義足の手術の段取りも決めた。

「それでは、我々は一時帰還します。明日以降我々第3騎士団の技術班を向かわせます。隔週で医者も同行させます」

「何から何までありがとうございます」

「…アリベルトさん」

  エミューリアがベットの側に跪いた。

「この度の騒動は私の責任です。申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる。その姿に驚いたアリベルトはベットの上であたふたした。

「頭をおあげくださいエミューリア様!あなたが悪いわけではありません!」

「“入り口”をしっかり管理できていませんでした。そのせいで侵入を許してしまいました。そのせいで…こんなことに…」

(エミューリア…)

 悔しさと悲しさで涙が溢れてそうになるエミューリア。エミューリアにつられて第3騎士団の何人かも涙を浮かべ、アークゴブリンたちからも泣き声が聞こえ始めた。しかし、それを遮るようにしっかりとした少女の声が部屋の中に響く。

「みなさん、上を向いてください!」

 声につられて全員が顔をあげる。そこには唇をキュッと結んだリリコットが動こうとしたアリベルトを優しく元の姿勢に戻していた。

「確かに今回の事件で私たちは多くの命を失いました。だからといって俯いてはいけません!」

「リリコット…」

「今どれだけ過去を悔いても命は戻ってきません、だからこそ生き残った私たちは上を向いて立ち止まらずに進まなければならないんです!」

 リリコットの熱のこもった言葉に場の空気が変わっていく。その様子をアリベルトは誇らしげに見つめていた。

(リリコット、あなたは本当に強い子ですね)

 リリコットの言葉に励まされエミューリアにも元気が戻った。

「そうね、これからのことをちゃんと考えなきゃね、ありがとうリリコット」

 その後、義手の話やアリベルトのリハビリについての段取りを確認して村を後にした。村を出る際に入り口の封印を強化し場所もずらしておいた。皆が帰った後生き残ったアークゴブリンたちは村の修理を始め、リリコットはまだ動けないアリベルトの世話をした。アリベルトはオーネストたちが作ってくれた仲間の墓があるほうに目をやり俯く。

「仲間を守れなかった上に恩がある相手に刃を向けてしまい、今は動くこともできないとは…私はなんとふがいなく情けないのか…」

「アリベルト様」

 リリコットはアリベルトの体を起こし強く抱き締めた。

「リリコット?」

 突然のことに動揺するアリベルト。リリコットはアリベルトの耳元で優しく囁く。

「自分を責めないでくださいアリベルト様。誰もそのような事を思ってはいません」

「しかし…私は…また失くしてしまうかもしれない…」

「私がいます」

 アリベルトと向かい合うリリコット。目が少し潤んでいるが瞳の奥に暖かな愛情を感じた。

「どんな時も何があっても私がアリベルト様の側にいます。だから恐れないで、これからも私たちを導いてください」

「…」

 アリベルトは目をつむりこれまでの事に思いを馳せた。そしてリリコットの小さな手を包むように握る。

「そうですね、こんな時だからこそ私がしっかりしなければ、あなたは本当にいつも私の心を救ってくれます」

「アリベルト様」

「ありがとう、リリコット」

 村の襲撃から三日程しか経っていないが、アリベルトの笑顔を見たリリコットは懐かしさと安心感に包まれ声を殺してアリベルトの腕の中で泣いた。




 先程までオーネストたちが戦っていた平原。まだ魔物の残骸が残る場所をフードの男は鼻歌まじりに歩いていた。付き従う少女が無感情な声で尋ねる。

「アークゴブリンはもうよろしいのですか?」

「あぁ~?あの害獣どもはもう用済みだ。絶滅させるのも面倒だろうが、それに俺の目的はだいたい果たせたしな」

「…一番の目的は果たせていないのでは?」

「お前は本当に容赦も遠慮もねぇな!別の奴なら殺してたぞ?」

 ゲラゲラ笑うフードの男、しかしふと真顔になる。

「実際そうなんだけどな、五年くらい前からアルバソルを何回も襲わせた。初めはその辺の盗賊やらを金で雇って王都を襲わせてたがそれだけじゃ全くダメだった。物量を増やすためにアルバソル以外の国を侵略して要らねぇ奴らを盗賊と混ぜて襲わせたが、すべて第2騎士団に返り討ちにあった」

 苦虫を噛み潰したような顔をして当時を思いだすフードの男。

「そして今年、魔竜教の兵力に目をつけて手回しして襲わせたら…今度は第3騎士団!?第2騎士団の半分以下の人数で魔竜教を排除しやがった!エルフの森でも今回も!!……だからこそ確信した。あの人に近づくには回りくどい方法じゃ無理だってな」

「少々遅い気付きだと思いますが」

「第3騎士団の情報が欲しかったんだよ。だがこれでだいたいわかった。だからよ」

 振り返ったその顔はこの世の“悪意”をすべてそこに現したような表情が浮かんでいた。

「茶番はもう終わりだ。圧倒的な“力”で絶対に俺の物にしてやる」

 大きな音がした。オーネストたちが例の黒い箱で飛んでいった。小さくなっていく黒い箱を見送りながらフードの男は着ていた上着を脱ぎ捨てた。フードの下から金髪と赤い目、褐色の肌が露になった。右肩には『ディニラビア帝国』の紋章が刻まれていた。男は吠えるように空に向かって叫んだ。

「必ず手に入れる!待ってろよ!“エミューリア・B・アルバソル”!!」

 

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