脅威
「ぜああぁ!」
オーネストが振り抜いた剣をスーゲは受け流しまた黒い玉を弾く。玉は炸裂し電流が走るがオーネストはそれを鎧でかき消し左肘でスーゲの首を狙う。スーゲはすでに後ろに下がっていたので外す。
「あなたには魔法関連の道具は効果がないみたいですね」
「今さら降参しても聞き入れないぞ?」
「まさか!」
「じゃあ黙れ」
突進し切りかかる。スーゲはすべてを受け流すが攻撃にはつながらない。再び二人は距離をとった。
「この状態の僕にここまで対応してくるとは、腹立つけど実力は本物なんだな」
「田舎者、しかも男に称賛されても嬉しくありませんね。ですが、私の剣技にここまでてこずるとはね、仮にも団長のあなたがこの程度とは、がっかりですね」
「…そうか」
オーネストは深呼吸した。
「ならさっさと終わらせようか」
「…!」
スーゲが瞬きした一瞬で目の前にオーネストがいた。しかしその攻撃も受け止めるスーゲ、しかしスーゲの想像を越えた一撃の重さに隙が生まれる。その一瞬の隙をつき胸部に一撃を食らわせる。
「ぐあっ!?」
痛みをこらえながら下がろうとするがスーゲの剣をオーネストが掴み引き寄せる。まずいと思ったスーゲは剣を捨てありったけの黒い玉を投げつける。玉が炸裂し電気、炎、水が出たがオーネストの魔装がすべてを吸収した。その隙に剣を拾おうとするがオーネストの攻撃がスーゲを弾き飛ばす。
「あがぁ!?」
無様に吹き飛んだスーゲは気絶している部下の一人の所へ落ちた。オーネストはゆっくりスーゲに近付いていく。スーゲは両肘を地面につき下を向きながらも喋るのはやめない。
「はぁ…はぁ、なるほど、騎士団の団長を勤めるだけの力はあるというわけですか。正直侮っていましたよ」
「今さら何を言おうと無駄だ、殺しはしないがそれなりの裁きは受けてもらう」
「えぇ、そうなるでしょうね…」
スーゲはオーネストに見えないように隠していた高級ポーションの最後の一本を口に運んだ。スーゲの体の傷や痛みが治っていく。オーネストが近付いてくるのを感じながらその瞬間を待った。そして
「死になさい!」
不意打ちで剣を振り上げた。しかしオーネストは難なくその剣を掴んだ。
「あ」
「お前の考えなんて見え見えなんだよ」
魔装をまとった手で剣を握り折った。同時にスーゲの心も折れてしまった。「何をやっても勝てない」と頭と心で理解してしまった。
「ひいいぃ~!」
地面をはって逃げるスーゲ、オーネストがそれを追う。スーゲは茂みの中に入っていった。必死に逃げるスーゲはまだ諦めていなかった。
(いやはや、予想以上でした。しかしまだ私にも勝つチャンスは残っています)
木々をかき分け目的の場所に辿り着いたスーゲは目の前の現実に愕然とした。
「…あの娘はどこです?」
そこはリリコットを縛り付けた木がある場所だった。リリコットを人質にしようと考えていたスーゲは混乱して固まってしまった。
「ここまで追い詰めてもまだ何かしようって考えていたのか、ここまでくると逆に感服しちゃうね」
「!」
後ろを振り返るとオーネストがすぐそばまで近づいていた。後ろにはすでに捕らえられた部下二人と第3騎士団の影無と朧月に救出されたリリコットとルッカが治療を受けていた。
「ぐぅ!」
オーネストがスーゲを地面に押さえつけた。スーゲは抵抗しなかった。この後スーゲたち三人はそれぞれの所属騎士団に連行され後日罰を受けた。
リリコットとルッカは迅速かつ密かに第3騎士団の寮に運び込まれ騎士団団員で医師であるピコ・ラフォルトによって治療を受けた。毒に侵されていたルッカも治療され今は眠っていた。リリコットは極度の疲労と度重なるストレスなどでしばらく喋ることができなくなっていて、喋れるようになった頃には村から脱出して一日と半日が経ってしまっていた。
「魔物の群れが襲ってくる!?」
報告を受けた団員たちは驚きざわめいた。リリコットは咳き込みながら頷く。
「は、い、皆さんが出発なさってから少ししてフードの男が現れました。何をしたのかわかりませんがその男が村のみんなに触れたら、フードの男のいいなりになって急に仲間を襲い出して…うぅっ」
涙が込み上げる。その肩を優しく抱くヴィオラとリーヴァ。ブライアンはオーネストに耳打ちした。
「“フードの男”…例の魔物事件の奴でしょうか?」
「間違いないだろうね」
泣き止んだリリコットがオーネストに向かって懇願する。
「お願いです!エミューリア様に会わせてください!アリベルト様を助けてください!」
オーネストの服をしわくちゃになるくらい握りしめる。オーネストはその手を優しく外し笑いかけた。
「大丈夫、まかせて」
リリコットが村を出たのが夕方くらいで今は二日後の正午前だ。魔物の群れの状況がわからないがすぐに行動に移ったほうがいい。
「キャシー、朧月。すぐに王宮のエミューリア王女の所に行ってこの事を報告。多分秘密裏に行動することになるだろうから遠征許可ももらってきて」
「わかったにゃ!」
「御意!」
「他の者は遠征の準備を!もし答えが来なかった場合は適当な理由をつけてでも出発するぞ!」
一気に慌ただしくなる騎士団寮内。この報告はすぐにエミューリアの所にも届いた。
「アリベルトさんたちが!?」
驚き困惑するエミューリア。普段ならソーレ王子に報告するのだがアークゴブリンの件はまだ話していない。“魔物の討伐”という内容で報告することもできるがその場合アリベルトたちも無事ではすまないだろう。選べる道は一つしかなかった。
「第3騎士団に遠征訓練を命令します。お願い、アリベルトさんたちを助けてあげて」
王族の烙印が押された紙をキャシーに渡す。
「わかりましたにゃ」
キャシーと朧月は音もなくその場から消えた。エミューリアは椅子に腰を下ろしこめかみを押さえた。本当は自分も行きたいが今回はさすがに無理だ。理想は「遠征に出掛けた第3騎士団がたまたま出くわした魔物の群れを撃退した」という形にしたい。だが万が一の事態に備えての準備もしなくてはならない。
「オーネスト、無事でいて…」
今のエミューリアは祈ることしかできなかった。そんなエミューリアを影で見ていた者がそっとその場を後にした。。
エミューリアからの言葉をキャシーから聞いたオーネストはすぐに編成を整えた。戦闘員は全員参加し、エミューリアとの連絡係として獣人のキャシー、忍の白月、技術班のリーダーキュクロスの三人が残った。本当は技術班の残り二人ドワーフのドリラグドとメリッサも居残り組のはずだったがどうしても行きたいと聞かないので参加させることになった。出発しようとした時リリコットが立ち上がった。
「私も行かせてください!」
「いや、それはさすがに無理だよ」
「お願いします!アリベルト様が大変なのにじっとしていられません!!」
「しかし…」
「オーネスト団長、連れていきましょう」
提案してきたのはヴィオラだった。
「私が面倒を見ますわ」
「私も一緒に見ます。ですから私からもお願いします」
リーヴァもお願いしてきた。このまま残していけば逆に危ないかもしれないので連れていくことにした。
「すぐに人数分の馬車を用意を…」
「その必要はないぜ団長」
「キシシ…もっといいものがあるよ」
ニヤニヤ笑い話に入ってきたのは先程無理についていくと言った技術班のドワーフの二人だった。
「僕らが作った最高の乗り物がある」
「ねー、ついてきてー」
ニヤニヤ笑いながら先に部屋を出ていく二人。オーネストたちも続けて出ようとするとキュクロスがオーネストを止める。
「団長」
「なに?」
「死ぬことはないでしょうが気を付けてください」
「…怖いこと言わないで?」
半端じゃない不安を胸に遅れて部屋を出ていった。許可証を門番に見せ門を出るとドワーフ兄妹が先頭を歩いていくので他の全員がついていく。しばらく歩くと古びた倉庫が見えてきた。
「なんだここは?」
「さっき言った乗り物がある場所だよ」
「ねー」
二人に促され中に入った。中は結構広く中央に窓がついた黒くて大きな箱があった。
「さぁ、中に入って」
ドワーフ兄妹が作った乗り物は魔力で動く飛行機のようなものだった。第3騎士団のウィズのエレビア、ヴィオラ、イフの三人が魔力を込めたことでとんでもない早さ速さでぶっ飛び、普通の馬車で4.5日かかるところをたった三時間で移動できた。墜落に近い形で着陸し外へ出てみるとアークゴブリンの村の入り口がある山の前に来ていた。そして目の前にはリリコットの言った通り魔物の群れが向かってきていた。少しフラつく頭を整えオーネストは開戦を宣言した。
「総員戦闘配備!」
オーネストの号令と共に第3騎士団全員が持ち場に着いた。
少し時間は戻りオーネストが王都を出発した直後、王宮内にあるドラゴの執務室。書類整理をしているドラゴの机にコーヒーが置かれた。
「…彼らは出発したか?」
相手を見ずに問いかけるドラゴ。
「はい」
コーヒーを置いた人物、ドラゴの一番の側近であるアルプスが答える。
「先程出発したばかりです…止めなくてよかったのですか?」
「何の話だ?」
「恐らく彼らは魔物の討伐に向かったように思われますが」
エミューリアしか知らない情報を何故か知っているアルプス。
「好きにさせておけばいいさ」
当然のように知っているドラゴ。
「本当によろしいのですか?」
「今日はやけに食いついてくるじゃないか?」
「今回のエミューリア様の行動はあまりメリットがないように思います」
「それはそうだな」
「ではなぜ?」
「見極めるためだよ」
「見極める?」
「あの力がどれ程のものか、俺が探していたものなのか…ね」
「しかし、あの男は信用できません」
「俺だって信用していないさ、今回の件も第3騎士団の式典の前の事件に関しても事後報告だったしな」
「なにが目的なのでしょうか?」
「さあ?だがあいつは我が義妹に御執心らしいからな。それをうまく利用できれば国益にも繋がるだろう」
処理が終わった書類をまとめアルプスに手渡しながらドラゴはほくそえむ。
「全てはこの国のため、だ」