決死の訴え
アークゴブリンの村を出てすぐにリリコットたち四人はフードの男が連れてきていた奇妙な魔物たちに遭遇した。リリコットたちを見るやいなや襲ってきた。リリコットたちは何とかその場を逃げられたが魔物は追ってきた。このままではダメだとライズとレフが魔物を挑発しリリコットとルッカと離れて囮になった。おかげでほとんどの魔物はライズとレフを追いかけていったが、一匹だけは追ってきていた。
「付加魔法、“ハイクイック”!“レジステア”!」
ルッカが速度アップと筋力強化の魔法をリリコットにかける。ルッカは体力があまりないのでリリコットに担がれている。魔物が体に生えた触手を伸ばして攻撃してきた。ルッカが攻撃魔法で対応するが得意ではないのでさばききれず肩にかすってしまう。
「きゃあ!?」
「ルッカさん!大丈夫ですか!?」
「えぇ、かすっただけです…はぁはぉ、大丈夫…ぐぅ」
リリコットに余計な心配をかけないために強がったが触手に毒が付着していたようで体に周りはじめていた。
(命を奪うほどではないみたいだけど、リリコットさんに当てるのはまずいわ)
ルッカはリリコットに囁いた。
「リリコットさん、私は今から私が使える最大の攻撃魔法を放ちます。もしかしたら気を失ってしまうかもしれませんのでその時はお願いします」
「無理はしないでくださいね!」
「わかっています」
そうも言ってられないけど、と心の中で呟いて詠唱して魔法を放つ。
「“エヴァーディストラクト”」
紫色の光が魔物を包み込んだ。そして叫び声をあげることなく消滅した。
「やりましたねルッカさん!」
「…」
「ルッカさん?」
答えが帰ってこない上に少し重くなったので見てみると気を失っていた。顔色が異常に悪い。
「ルッカさん!?」
「ごほっ」
「!!」
返事の代わりにルッカが吐血した。リリコットにかけられた魔法が解けかけているのを感じルッカが一刻を争う状態だということが嫌というほど感じる。
「急がなくちゃ…!」
すでに限界を越えている体を奮い立たせ王都へ急いだ。
丸一日走り続けやっと王都の門が見えてきた。門に辿り着くと門番をしていた第1騎士団一人と第2騎士団二人の計三人の騎士が警戒しながらリリコットたちに近づいてきた。
「何者だ?」
「エミューリア様にお伝えしたいことがあります!会わせてください!」
「は?なんだ?」
「お願いです!会わせてください!」
普段ならちゃんと順を追って説明するのだが今のリリコットは極度の披露と焦りで冷静な判断力がなくなっていた。騎士の一人にすがりついて懇願する。
「離せ、なんだお前は…!?」
騎士がリリコットを離そうとすると三人の騎士のリーダー格の騎士がリリコットの手をとった。
「ご無礼をお許しくださいお嬢さん。エミューリア王女の所に行きたいのですね?」
「は、はい!」
「では、着いてきてください、裏口からお連れします」
優しく笑顔を浮かべる騎士に安心しルッカを部下とおぼしき騎士の一人に預け着いていく。しばらく歩いたが裏口が中々見えてこない。周りは人気がなく明かりもどんどん少なくなっていく。しかも先頭の騎士は茂みの中に入っていく。不安になったリリコットは足を止めて騎士に尋ねる。
「あ、あの、裏口はまだでしょうか?」
「裏口?」
くるりと振り返った騎士の笑顔は先程までとはまるで違っていた。
「そんなの嘘に決まっているじゃないですか?」
「!!」
何度も見たことがある人が人を陥れようとする時の醜悪で欲望にまみれたおぞましい顔。警戒するべきだった。
「くっ!」
「おっと逃げないでくださいよ」
騎士が変わらない笑顔でリリコットの腕を掴んで引き寄せる。普段のリリコットなら振りほどけるのだが、一日走り続けた今のリリコットにはその体力はない。騎士は躊躇なくリリコットの体に腕をまわし抱き締める。
「あなた、少し臭いますが可愛い顔をしていますね、体つきもとても好みだ」
リリコットの体をなめまわすように見る騎士。抵抗しようとしているとその目の前で付き添っていた騎士がルッカを乱暴に地面におろし服を脱がし始めた。
「なにやってるのですか!?」
「おっと」
助けにいこうとするリリコットを力ずくで引き戻し近くの木に押し付けた。
「あまり騒がないでください」
「な、なぜこんなことを…!」
「なぜ?私たちも色々たまっているのですよ。発散したくても中々できなくて困ってたんですが、ちょうどあなたがやって来ました」
こんな状況でも優しさが残っているその笑顔を見てゾッとするリリコット。騎士の手がリリコットの衣服の中に伸びる。しかし、他の二人の部下の騎士がなにやら喧嘩を始めたのでリーダーの騎士が呆れて止める。
「順番にヤりなさい。あなたは見張りをしてください」
言われた一人がしぶしぶ見張りに向かい、残った一人は舌なめずりしながら半裸状態のルッカの上にまたがった。
「やめてっ、やめなさい!」
「うるさいですよ」
静かな態度を崩さないままリーダーの騎士がリリコットのお腹を殴る。
「ぐっあっ…」
「おとなしくなりましたね、では」
リーダーの騎士は待ちきれないというようにリリコットの衣服を引き裂いた。
「ひっ…」
腹部の痛みと恐怖で完全に頭の中が真っ白になる。それでもルッカだけは助けようと声を振り絞る。
「…お願い…します。あのエルフの人だけは、助け…てください。彼女は今、毒に犯されているんです…お願いします」
「ほぅ」
リーダー騎士は部下に声をかけた。
「ですって、どうしますか?」
「冗談でしょう?毒に犯された女をヤれるなんて最高じゃないですか!」
「だそうです。終わったあと生きていれば解毒してあげますよ」
「…!!外道が…」
怒りと悔しさで涙が出てくるリリコット。リーダー騎士の手が自分の体に触れ嫌な感覚が体に広がってきたその時、
「ぐわああぁ!?」
見張りをしていたもう一人の部下が吹き飛んできた。騎士二人が手を止めそちらを見る。飛んできた部下は髪が焦げていた。もう一人の部下がルッカを置いて吹き飛んできた部下を抱える。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、が、く、る」
「何が来るんだ?おい!」
「あなたたちなにやってるの?? 」
その場の誰のものでもない声が聞こえた。その声が誰のものかリリコットにはわかった。
「ふっうぅ」
安心したリリコットは泣き始める。部下の騎士を吹き飛ばした人物が現れた。
「門番が門から離れるとは当然それだけの理由があるんでしょうね」
「その男は答えないで攻撃してきたんだけど」
「ヴィオラ…リーヴァ…」
そこに現れたのは見回りをしていた第3騎士団のヴィオラ・アマリリスとリーヴァ・クルセイユの二人だった。
「全く、こんな仕事もできませんの?あら…?」
なんとなく茂みの中をを見たヴィオラの顔がそこで起こっている状況を認識し真っ青になった。
「リリコットにルッカさん!?なぜここに??いえ、それよりも」
「何で二人とも半裸なのかな?」
「でぇあ!」
答えるより先に攻撃する部下の騎士。問題なく受け流すリーヴァ。リーダー騎士が二人に命令した。
「見られてしまった以上ここで殺してしまいましょう、いえ、喋れなくしてしまいましょうか?」
「あなたは!スーゲ・ベルグゾースですか!?」
「ヴィオラ?知っているの?」
「えぇ、第1騎士団の騎士で上級貴族の一人息子なのですが、甘いマスクとは裏腹に女を見境なく食らうド変態なんですの!」
「変態とは失礼ですね」
リーダー騎士、スーゲ・ベルグゾースはリリコットを木の幹に縛り付けルッカもそのそばに放り投げた。
「第1から第3に堕ちた憐れなメス豚さん」
「誰がメス豚ですの!?」
「楽しみましょう」
スーゲが懐から出した瓶に入っている液体を倒れている部下にかけた。すると、その部下の傷が治り立ち上がった。
「私がいかなくても大丈夫ですね?」
「任せてください、さっきは不意打ちを食らってしまいましたけどもう油断しません」
部下の二人も剣を抜きリーヴァとヴィオラに向ける。
「あなたたちは第2騎士団なのね」
「そうとも」
「なんであんな奴に従ってるの?」
「はぁ?そんなの決まってるじゃねぇか」
信じられない、とジェスチャーで示した二人はニヤリと笑う。
「甘い汁を吸えるからさ!」
戦いが始まった。スーゲは少し離れて戦いを傍観している。部下の二人は同時にリーヴァに切りかかる。女一人に男二人で戦いを挑むのは騎士の恥だが二人はそんなこと気にもしない。リーヴァは真正面から剣を受け止めた。同時にヴィオラの詠唱が完了する。
「“レジステア”!」
リーヴァの筋力げ強化され、男二人の攻撃を切り返した。しかし腐っても相手は騎士、すぐに後退し距離を開けようとするが、それよりも早くリーヴァが距離をつめてくる。
「くらえ!」
部下の一人が小さな瓶を割る、すると紫の煙がリーヴァを包んだ。
「ぐっ!?」
すぐに目を閉じたが左目に煙が入り片目が痛みで開かなくなった。
「“ウィンドゲイル”!」
すぐにヴィオラが風の魔法で吹き飛ばす。無事な右目を開けるとすぐ目の前に拳があった。
「くっ!」
なんとかかわすが死角となった左側からの攻撃に反応できなかった。
「かっ…」
口の中に血の味が広がり、体勢を崩す。部下の二人が連続で攻撃してくる。右からの攻撃は防げるが左からの攻撃は防げていない。ヴィオラも回復と補助で手一杯になってきた。部下の二人も左からの攻撃をメインにするようになっていき、とうとうリーヴァが膝をついた。
「これで最後だぁ!」
リーヴァの左側で部下二人が剣を振り下ろした。だが次の瞬間、剣は弾かれていた。
「え?」
困惑し動きが止まってしまった部下二人を腰の鞘で二人の顎を殴り付けた。
「ぐぉ!」
「み、見えてなかったんじゃ…」
バタリと倒れてのびてしまった二人。
「見えてはいないわ、でもフリをすればあなたたちは攻撃を左に集中するでしょう?そうすれば対応は簡単なの」
次に剣先をスーゲに向ける。
「おとなしく降参するならこれ以上は何もしないけど?」
「…フッ」
剣先を向けられたスーゲは初め驚いた顔をしたが急に笑い出した。
「ハハハハ!」
「なに笑ってるの?」
「これは失敬!しかしまさか私を倒す気でいるとは思わなかったものですから」
「状況わかってる?2対1よ?」
「フフフ…部下二人を倒したのは正直驚きでしたが、あなたの剣はまだまだ未熟とお見受けしました」
「なんですって?」
「言葉の通りです」
「口だけは達者ね!」
リーヴァが切りかかるが、スーゲはそれらをすべていなし一発をあえて刃で受けながらできた一瞬の隙でリーヴァの腹を蹴飛ばした。
「かはっ…」
「リーヴァ!燃えさかれ…」
「させませんよ」
スーゲが持っていた金貨を投げつけた。
「あうっ」
手に当たり杖を落としてしまう。
「少しおとなしくしていてください、あなたもね」
「ぐ!!」
背後から切りかかったリーヴァの剣を後ろ向きで受け止めた。
「なっ…強い!」
「あなたが、私のような貴族をどう思っているかは知りませんが、私たちが『努力』をしていないとでも思っているのですか?あなた方と違い私は幼少の頃からずっと剣を磨き続けてきたのです。質も量も遥かに違うのですよ」
右手の剣で攻撃を止めながら空いている左手で黒い玉を投げつけた。黒い玉はリーヴァの近くで弾け電流が走った。
「きゃああ!?」
体が痺れ剣を落とす。スーゲは地面に落ちた剣を蹴り飛ばし膝をついたリーヴァの髪をつかんで無理矢理立たせる。
「あなた、平民の割にいい顔をしていますね。どうです?私の所有物になりませんか?」
「だ、れが…」
「そうですか?彼女も一緒ですよ?」
「かの、じょ?」
「や、離しなさい!」
ヴィオラの悲鳴が聞こえ、見てみると先程倒したはずな部下二人がヴィオラを押さえつけている。
「な、なんで!?」
「お金をたくさん持っているというのも立派な武器ですよ」
スーゲが空になった瓶を見せる。
「先程部下の一人に使った高級ポーションです。かなり高価ではありますが私の財力をもってすればいくつも準備できます。今使った黒い玉もそうですがお金があるからこそできることが増えるのですよ」
「スーゲさん!もういいですか!?」
「おや、色々と限界のようですね」
「なにをする気?」
「『喋れなく』なっていただくだけですよ」
スーゲが合図すると部下二人はヴィオラの服を剥がしにかかる。
「や、やめ…いや!」
「やめろ!やめろぉ!」
振りほどこうとするがさっきの攻撃で体が痺れうまく動かずそれをスーゲが押さえつける。
「あなたのような人は初めてですよ、さぁ、“夜”を楽しみましょうか」
「ヴィオラさん!リーヴァさん!」
リリコットが必死に拘束を解こうとする。スーゲの手がリーヴァの鎧を取り外しリーヴァへと近付いていく。遠くで聞こえるヴィオラの悲鳴がさらにリーヴァの心を追い詰めていった。そして、すがるようにある人物の名前を口にした。
「助けてください、オーネスト団長…!」
「それでは戴くとしま…ん!?」
スーゲの動きが止まり慌てて振り返ると向こうから一人の人影が歩いてきた。距離はかなりあるが身を切るようや殺気がどんどん広がっていく。抵抗するヴィオラを襲っている二人は気づいていない。
「二人とも!警戒を…」
人影がゆらりと瞬いた。同時に部下二人のそばに一瞬で近づく。部下二人もさすがにその人影に気づいたが顔を向ける前に人影の一撃を受け、二人の成人男性がまるで紙のようにふき飛んだ。
「ぎゃあ!」
「ぶひっ!?」
部下二人は地面を何度もバウンドし気を失った。人影は腰を下ろしヴィオラを助け起こす。
「大丈夫か?」
その声はとても優しい声だった。
「は、はい、ぐすっ、大丈夫ですわ」
「ギリギリ間に合ったみたいで安心したよ。これを羽織って」
そう言って人影、オーネスト・ファーレンが自分の上着をヴィオラに被せる。
「団長!」
リーヴァの顔にも喜びが溢れた。オーネストは周りを見渡した。側でうっすら涙を浮かべるヴィオラ、騎士団の制服をまとった男に押し倒されるリーヴァ、近くの茂みには半裸のルッカと半裸で両手を挙げた状態で手枷をされ木に縛られたリリコット、オーネストの中で怒りが弾けた。
「…お前、僕の部下と友人に何をしている?」
とてつもない殺気を発しているのだが、スーゲは全く動じない。
「ご覧の通り少し遊ぼうとしていただけですよ?」
「遊んでいた?そうは見えないが?」
「遊びですよ、ほら」
スーゲはリーヴァを無理矢理立たせ、抵抗できないのをいいことに後ろから抱きつき露になっている胸を鷲掴み首筋を舐めた。想像を絶する屈辱に歯を食い縛り涙を流すリーヴァ。その姿にオーネストの堪忍袋の尾が切れた。
「“魔装展開”!」
夜の闇の魔素と怒りの感情が混ざり合い赤と黒の装甲に変わる。そしてスーゲに突っ込んでいく。
(予定通りですね)
ほくそえむスーゲ、実はすでに罠を仕掛けていた。自分のすぐ前に仕掛けられたそれは先程リーヴァに使った物よりもさらに強力なアイテムで上を通過した瞬間魔法で創られた魔獣の牙が現れ対象者を噛み砕くという罠だ。しかも魔力を強く持つものには特に強く作用する。
(もう少し)
スーゲが数歩下がった。罠の上にオーネストの指がかかった瞬間罠が発動し地面から魔力の口が現れた。
「ははは!死になさい!」
「ふっ」
オーネストが横に一回転すると牙が一瞬で切り消える。
「は?」
「リーヴァを放せ」
オーネストはスーゲの顔面に拳を遠慮なく叩き込んだ。
「ぷぎっ!」
豚のような鳴き声を出し後方へ吹き飛んだ。その拍子にリーヴァを放したのでオーネストが受け止める。
「けがはない?」
「…はい」
「遅くなってごめん」
きゅっと抱きしめマントを羽織らせる。
「下がってて、後は僕の仕事だ」
「お気をつけて」
オーネストの手をきゅっと握るとリーヴァはヴィオラの所に走っていった。それを見送ったオーネストはスーゲが飛んでいった場所を睨んだ。目線の先にはゆっくりと立ち上がるスーゲの姿があった。スーゲは顔面に一撃を食らったのに鼻血を少し流しただけだった。スーゲは鼻血を拭き取ると乱れた髪をかきあげた。
「いやはや、まさか罠を突破されるとは思ってもみませんでした」
「部下にした数々の仕打ち、身をもって償わせてやる」
「…はぁ、あなた勘違いしてますよ?」
「なに?」
この期に及んで意味不明な事を言うスーゲはニヤリといやらしく笑う。
「女は男の隷属物なんですよぉ!?しかも相手は堕ちた貴族に平民に浮浪者、何を償う事があるんですか?これはただの遊びなんですよ?私からすれば何で怒っているのかの方がわかりませんよ!“おもちゃ”を使われたのが嫌だったのですかぁ?」
「黙れ!」
オーネストの纏う鎧がさらに強くなる。
「これ以上女性を、二人を蔑む発言は許さない」
「ならどうしますか?」
スーゲは剣を構えている。オーネストの答えはわかっているようだ。オーネストも剣を生成し構えた。
「その根性叩き潰す!」