ゴブリンの村
アースを見送った後一日だけルーナモンド皇国に宿泊し、エミュ~リアの今回の任務の目的地に向かった。今回のメンバーはエミューリアを除いて他10名が参加している。メンバーは団長のオーネスト、副団長のブライアン・オーガス、騎士のアンソム・ソヴォルト、リーヴァ・クルセイユ、エレクト・バーム、猫の獣々人のキャシー・シーフス、ウィズのヴィオラ・アマリリス、イフ、忍の影無、朧月の10名だ。今回の目的地はかなり辺鄙なところにあるらしく険しい山道が続いていた。
「もうちょっとだから頑張って」
一番前を歩くエミューリアが振り返って激励する。かなり歩き慣れている様子からこの場所には何度も来ているようだった。だがこの場所は山道が険しいだけでなく環境もかなり厳しく魔物すらあまりいない場所だ。
「そんな場所なのに妙に歩き慣れてますね」
「定期的に来てるからね」
(「やっぱり…一人で来たりはしていませんよね?」
「さすがの私でもそれは無理よ、三年前くらいまでは私直属の騎士が二人いたんだけどある事情から今はいないの、そこから第3騎士団ができるまでは傭兵とかを雇っていたわ」
「傭兵?他の騎士団には頼まなかったんですか?」
エミューリアがピタリと止まる。再び振り返ったエミューリアの表情はさっきと違って妙な圧があった。
「今から行くところなんだけど、実はソーレお兄様も詳細は伝えてないの」
「え?どういうことですか?」
オーネストをはじめ第3騎士団のメンバーがざわめきはじめた。
「でも専属の騎士がいたって…」
「その二人にも黙ってもらっていたのよ」
「傭兵を雇っていたのもあまり情報を広げないため?でも傭兵を使ったのなら情報はが漏れる恐れがあるんじゃ?」
「それも大丈夫。毎回同じ信頼できる傭兵を雇っていたから」
「専属の傭兵?」
「初めてウィズダムに行った時に知り合った冒険者のパーティがいてね、それ以降たまに傭兵を頼んでいるのよ、かなり信頼できる三人なの」
「へぇー…」
やけに親密そうな雰囲気でしゃべるエミューリアに少しもやっとするオーネスト。そうこうしているうちに目的地に到着したらしいがそこはまだ山道の途中で周囲にはなんにもなかった。
「なんでここで止まったんですか?」
ブライアンが周りを見渡しながら怪訝な顔をする。騎士団の他の者も調べるが何もない。だがエミューリアは目的地が見えているようだった。
「入り口は隠してあるのよ、見てて」
エミューリアが何もない空中に手をかざす。何を呟くと空間が歪み空中に水面に石を投げ込んだ時にできるような波紋が浮かぶ。
「着いてきて」
そう言うとエミューリアが波紋の中に体を入れる。すると体が波紋の中に溶けるように消えていった。
「エミューリア王女!」
咄嗟に追いかけたオーネストの体も波紋の中に溶け込んでいく。思わず目を瞑ったオーネストが目を開けるとそこには予想だにしなかった光景が広がっていた。
「どうなってるんだ?」
目の前には森が広がっていた、さっきまでいた険しい山道が広がっているはずなのにそれがなくなっている。後から次々に入ってくる残りの団員も入ってくるなり固まっている。そこにエミューリアがやって来て説明してくれた。
「これはね、“空間連結魔法”なの」
「ん?」
ウィズの数人は理解したようだったが大半の団員はチンプンカンプンだった。
「簡単に説明すると、この場所と別の場所を繋げる魔法なの、某ロボットの便利なドアみたいなものかな?」
その説明でオーネストはピンと来た。
「つまり、二つの離れた場所を繋げたってこと?」
ヴィオラが想像を絶するレベルの魔法に目眩すら感じている。しかしエミューリアは本題はそこじゃないと言わんばかりに先へ進む。
「さあ!目的地までもう少しよ」
エミューリアが言った通りすぐに道が開けて広い場所に出た。
「ここは…村?」
言葉通りそこは村だった。ウィズタムよりも少し小さいが家一軒一軒は大きめだ。チラホラ住人とおぼしき姿も見えるがその姿に違和感を感じた。オーネストたちが警戒していると村の入り口から一人の少女が歩いてきた。
「エミューリア様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「ありがとう、久しぶりね、リリコット」
「お久しぶりです」
二つに結ばれた三つ編みをピョコンと揺らしてお辞儀したリリコットと呼ばれた少女がエミューリアたちを先導する。警戒をしながらそれについていくオーネストたち、エミューリアは知っているので気にせず進む。村の入り口には数人がエミューリアの到着を待っていた。
「お待ちしておりました!エミューリア様!」
「!?」
待っていた相手の姿にオーネストたちは反射的に攻撃の構えを取る。待っていたのは人間ではなかった。エルフでも獣人でも他の種族でもない、初めて目にする種族だった。
(なんだ?彼らは??)
体型は人型に近く。獣人のように身体中に毛が生えているわけではない。だが体の色は緑や灰色で下顎から二本の鋭い牙が上に生えている者もいる。耳はエルフのように長くとがっていた。出迎えてくれた相手は体は灰色がかっていて一際立派な牙も生えていた。そんな見た目に反して表情はかなり優しそうだった。
「お供の皆様もお疲れ様です」
「オークか…?いや、匂いが清潔すぎる」
ブライアンが匂いで相手を分析しようとするが全くわからないようだった。構えたまま近づこうとした時、さっきの少女リリコットが襲ってきた。
「!!」
咄嗟に攻撃を受けるオーネスト。部下たちが警戒を強めようとした時エミューリアが止めに入った。
「はーい、ストップ!!みんなそこまで」
「え、え?」
オーネストたちが困惑していると入り口で待っていた男がリリコットを引き離す。
「やめなさいリリコット!」
「ですが!」
「誰だって私たちの姿を初めて見れば警戒します!エミューリア様、ご説明がまだのようでしたら村に入る前にした方がよろしいかと思いますよ」
「はぁ、家の中に入ってからの方が休めるかと思ったけど仕方ないわね。みんな、この人たちは見ての通り人間じゃないわ。エルフでも獣人でもないの」
「では一体?会話がここまで成立する種族でこの見た目は出会ったことがありません」
ざわめく第3騎士団の面々を見渡しエミューリアは彼らの正体を教える。
「彼らはね、“ゴブリン”よ」
「…は?」
オーネストたちは信じられないといった表情で目の前の男を見る。この世界には魔物以外にも害獣とされる存在が何種類かいてその一つがゴブリンである。見た目はゲームや漫画によく見る醜悪な見た目で、知能が低くいが欲が強く大変好戦的である。一匹一匹の強さはそれほどでもないが基本群れで行動しており近くの村や町を襲い家畜を殺して喰らったり、女子供を巣までさらって壊れるまで弄んだ後にやはり殺して喰らう、そんなおぞましい存在だ。
「ゴブリンですって?姫様、ご冗談はおやめくださいまし」
ヴィオラが嫌悪感むき出しの声をあげる。
「冗談ではないわヴィオラ、彼らはれっきとしたゴブリンよ。ただ種類が違うけれどね」
ゴブリンには大きく分けて二つの種類が存在している。一つは“アーミーゴブリン”と呼ばれる種類で先に説明したゴブリン像そのものでサイズは大きくても子供ぐらい、力は青年くらいあるが知能はちょっと賢い猿ぐらいだ。
もう一つは“ホブゴブリン”で、アーミーゴブリンに比べると数は少ないが一匹でアーミーゴブリン100匹くらいの強さを持っている。知能も高く道具を使うこともできる。アーミーゴブリンを手下に使って色んなものを奪わせてくる。
「でも、どっちでもないような?」
目の前のゴブリンは明らかにどちらとも違う。何より他のゴブリンではあり得ない『会話』が成立している。そんな疑問を抱いていると感じたエミューリアはちゃんと説明してくれた。
「この人たちはそのどっちとも違うの、この人たちは第3のゴブリンなのよ」
「第3の…」
「彼らはね私が新しく見つけたゴブリンで、“アークゴブリン”というの」
「“アークゴブリン”?」
「私が命名したんだけどね。姿形は人間とほぼ同じ、知能も同じくらいでコミュニケーションも可能、なにより他のゴブリンにはない“心”があるわ」
「そ、そこまで言われると恥ずかしいです」
アークゴブリンと呼ばれたゴブリンが頬を染めて照れている。リリコットはどや顔でオーネストたちを見ている。とにかく無害であることはわかったのでオーネストは警戒の構えを解いた。
「失礼しました。私は第3騎士団団長のオーネスト・ファーレンです」
「ご丁寧にありがとうございます。私はこの村の村長のアリベルトと申します。この名前はエミューリア様につけていただきました」
「そうですか、いい名前ですね」
オーネストを皮切りに他の騎士たちも少しずつ警戒を解いていったが、ゴブリンを本の中でしか知らないヴィオラや故郷で被害にあったことがあるリーヴァは警戒を続けている。
「団長、アークゴブリンなんて聞いたこともありません。信用はできませんわ」
「アタシも信用するには早いと思います。相手はゴブリンです」
「なんですって?」
アリベルトを否定する二人の言葉にリリコットが怒りの感情を示す。しかしそのリリコットを指差してヴィオラが疑問をぶつける。
「それにそこの女の子、人間ですわよね?見たところまだ子供と言ってもいいくらいの年齢に見えますけどどこかからさらってきたのではなくて?」
「っ!お前ぇ!!」
「やめなさいリリコット!!」
激昂し襲いかかろうとしたリリコットをアリベルトが慌てて止める。少女のあまりの剣幕に怯むヴィオラとリーヴァ、申し訳なさそうにアリベルトが謝る。
「申し訳ありません、この子は確かに人間ですがある事情から私たちと共にいるのです」
リリコットはアリベルトの腕の中で大人しくなったが、人を殺せそうな眼力でまだ二人を睨んでいる。
「このままでは話すこともままなりませんね、まだ私たちの事を信用できないということは理解できますがどうか私の家で話をさせてください。お願いします」
頭を下げるアリベルト。それを見て血が滲むくらい下唇を噛みしめリリコットも頭を下げる。そこまでされてはさすがのヴィオラ、リーヴァも折れざるをえなかった。
「わかりました。ですが警戒はさせていただきますわ」
「構いません。では中に」
「はぁー、やっと入れるのね」
ずっと待っていたエミューリアは大きくのびをした。