妙な行き倒れ
予想外の代物にその場の全員が言葉を失った。オーネストが恐る恐るリリィに問いかける。
「リリィ?この男の人は?」
「はい!そこの城壁にもたれかかるように眠っていたので拾ってきました!」
「そんな犬猫じゃないんだから…」
「団長どうしますか?」
元の場所に捨ててきなさい、と言えるわけもなくオーネストがかついで北門に向かうことになった。その間エミューリアが妙に行き倒れの男の顔を見ていたのが気になったがとりあえず今は理由を聞かないことにした。
北門に到着すると案の定北門の門番は謎の男を担いだオーネストに怪しむような視線を向けながらもなんとか王都に入る手続きを終え、アルフォードのいる詰め所にパトロール完了の報告と行き倒れを保護したという報告をした。アルフォードも見た瞬間は驚いた顔をしたがすぐににやけ顔になりオーネストの肩を叩いた。
「お前も大変だな」
「はぁ、まぁ…」
このまま行き倒れの男を預かってくれるのかと思ったが、手続きの都合上第3騎士団で預かることになってしまった。寮まで男をおぶっていく途中リリィが申し訳なさそうにある提案をしてきた。
「ごめんなさいです団長さん、ちゃんとお世話と餌やりもしますです!」
「リリィ、これは犬や猫じゃないんだからね?」
やっとのことで第3騎士団の寮に着いたオーネストはブライアンに事情を説明し行き倒れを寮内の医務室に運んだ。リリィたちは別の仕事に向かった。エミューリアがお城に帰る前にオーネストと二人きりで話したいというのでオーネストの部屋で話すことにした。
「どうしたの?」
二人分のコーヒーを用意しながらオーネストは話を促す。
「さっきの行き倒れのことなんだけど」
「そういえばやけにまじまじと見てたよね?」
「あの人のことできるだけ手厚くもてなしてあげて」
「え?」
思わぬ言葉にエミューリアの顔を二度見してしまう。エミューリアの顔はさつきのままだが完全に仕事モードになっていた。
「あの行き倒れが誰か知ってるの?」
「うん、多分だけどね」
「誰なの?」
「それは言えないのよ、あの行き倒れの正体が私の予想通りなら絶対ね。だからそこには触れないで、少なくとも悪い人ではないわ」
「エミューリアがそう言うなら…」
「ありがと!あの人のことは私が何とかするわ、あと近々新しい任務をお願いするから楽しみにしておいてね」
意味深な言葉を残しエミューリアはお城に帰っていった。
その夜目を覚ました行き倒れの男は出される料理をものすごい勢いでたいらげた。その場の全員が唖然とその様子を見ていた。およそ30人前を食べたところで男は食べるのをやめた。
「ふぃーごちそうさまでした」
満足そうな顔でお腹をポンポンと叩く男。顔をよく見ると金色の髪に青い瞳、褐色の肌と健康的なイケメンだ。
(エミューリアが言っていたのはこういうことか?)
少しもやっとするオーネスト。男は頭を下げて感謝の言葉を述べた。
「いや、腹が減って死にそうなところを助けてもらっちゃって本当にありがとう」
「それはいいんだけど、なんで倒れてたの?」
「ある目的のために単身母国を出てきたんだけとな?金をなくしてしまって食えねぇわ帰れねぇわで今に至るわけよ」
要は無計画に行動した結果行き倒れたというわけだった。
「はぁ、とりあえず出身国と名前を教えてくれない?」
「ふむ、名前か…」
男は何故か少し考える仕草をしたあと答える。
「名前は“アース”だ出身国は『騎士国家マルス』だ」
「『マルス』!?そんな遠いところから無計画でよく来れたな」
「俺も不思議に思ってる。よく生きてたよ!わはは!」
笑い事ではない。騎士国家マルスは大陸から離れた島国である。とりあえずこの行き倒れを帰さなくてはならない。ブライアンに船の手続きを頼むと渋い顔をした。
「問題があるのか?」
「はい、アルバソルは内陸の国ですからまず他の国の港に行かなくてはなりません。出入国に関する手続きだけでもかなりかかりますし他にも色々」
「全部終わるのにどれくらいかかる?」
「少なく見積もっても3週間ですね」
「もっと短くならないの?」
「王族が手続きをしてくれるのなら3日で行けますが…」
「王族が手続き?」
オーネストの脳裏にさっきのエミューリアの言葉が浮かぶ。
『あの人のことは私が何とかするわ』
(この行き倒れはそこまで重要な人物なのか?)
オーネストが行き倒れの正体をつかめずにいた頃、エミューリアはソーレ王子にあることを相談していた。
「ルーナモント皇国への入国許可とマルス行きの船の手配?」
いきなりの結構難しいお願いに驚くソーレ王子。『ルーナモント皇国』はアルバソル王国の同盟国でディニラビア帝国に侵略されていない国の一つだ。海に面している国でこの大陸では唯一安全に船を出せる国だ。だが、同盟国であっても国と国の移動にはパスポートのような証明書が必要になっている。一般人なら普通に発行できるのだが王族や貴族はそれぞれ専用の特別な通行書を現国王か現在国王に変わって政務をこなすソーレ王子かドラゴ王子に許可をもらわなければならない。大抵はソーレ王子に頼むことが多い。
「一応理由を聞いてもいいかな?」
「第3騎士団に拾われた男性がいるのは報告しましたよね?実はその男性がマルスの要人の可能性があるんです」
「それは本当かい?」
「絶対にそうとは言い切れませんが、男性の見た目がこの国にはいない見た目だったのと、その特徴がマルス人の特徴に酷似しているんです」
「それが本当ならぜひ関係を築きたいけど」
騎士国家マルスは完全に独立した国で交流はあるものの同盟や友好関係を築いている国はない。小国ながらかなりの力がある国だという噂もある。なのでもし同盟国になることができればアルバソル王国としても嬉しいことではある。
「わかったよ、でも3日は待ってね」
「ありがとう!お兄様!」
そのあともいくつか報告をして部屋を出た。オーネストに伝えに行こうとした時、後ろから呼び止められた。その声にエミューリアは肩をビクッと震わせた。恐る恐る後ろを振り返ると継承権第2位のドラゴが従者の女性を従え立っていた。
「エミューリア少し時間いいか?」
有無を言わさぬ雰囲気を感じとり少し離れた空き部屋に入った。入ったらすぐに話が始まった。
「エミューリア、お前最近やけに熱心に活動をしているようだな?」
「いえ、そんな…」
エミューリアはドラゴが少し苦手だった。ソーレとは別のベクトルで国を想っていて、国の利益のためなら冷酷な決断も簡単にしてしまうような人だった。
「さっきもルーナモンドとマルスへの入国許可をもらっていたな?」
「聞いてたんですか?」
「義兄上に用があって来たら中から声が聞こえてきたんだよ…今までは国益になるからお前の行動をある程度は見過ごしてきたが、今回はいつもよりリターンが少ないように見えるが?」
「そんなことありません!…多分…」
「エミューリア、王族たるもの国益を一番に考えろ。先程も言ったが今までは国益に繋がっていたから何も言わなかったが、王族としての自覚は常に持っていろ」
「は、はい」
「……まぁ、行くのなら気をつけていけよ」
最後にそう言い残すと従者を連れて先に部屋を出ていった。扉が閉まると同時にエミューリアは力が抜けてその場にへたりこんだ。
「はぁ~…、緊張した~、ドラゴ義兄様根は悪い人じゃ(多分)ないんだけど、圧が強いのよねぇ。それにいつも一緒にいる従者の人も表情がほとんど変わらなくて少し怖いんだよ~でも言ってることは正しいとは思うけどね」
少し気持ちを落ち着けてエミューリアは詳細をオーネストに伝えに行った。
3日後の出発の前にオーネストはアースと二人で王都内を散歩していた。
「ここは本当にいい場所だな」
串に刺さった団子を食べながら上機嫌のアース。二人は王都内の食べ物やさんを中心にまわっていた。その間ずっと周りからの視線を感じていた。アースの容姿はやはり目立つようだ。
「ん?」
道の先に人だかりができていた。近づいてみると嫌な光景が目に飛び込んできた。
「獣人風情が大通りを歩いてんじゃねぇよ」
「ギャハハハハ!やめとけよ!」
「や、やめてください」
二人の男が猫の獣々人と人獣人の親子を暴行していた。それを囲むように人だかりができている。人たがりの中には同族の獣人もいるのだが助けようとしない。その理由は明白だった。
(あの二人貴族か)
男二人の着ている服には貴族の紋章がこれみよがしに輝いていた。貴族は強い権力を持っている。故に下手に手を出すと理不尽な理由で罪を被せられ奴隷にされるか最悪殺されることもある。
(だからといってあの二人を見過ごすことはできない)
オーネストは王族の後ろ盾がある。あまり乱用はしたくないがこの場合仕方ない。
「アース、少し離れて…あれ?アース?」
さっきまで隣にいたアースがいなくなっている。辺りを探していると人だかりの向こうからアースの声が聞こえてきた。
「やめないかお前たち!!」
「まさか…」
人を掻き分け一番前に出ると予想通りのあまり良くない光景が飛び込んできた。
「これ以上やったら死んでしまうだろうが!」
「なんだお前は?」
ガラの悪い二人の貴族の前にアースが立ちふさがっている。
「お前この国の人間じゃないな?」
「俺たちが誰だかわかってるのか?」
「お前たちが誰かなんて関係ない!この親子がお前たちに何をしたのかはわからんがどう考えてもやりすぎだ!!一体何をされたんだ!?」
獣人の親子に暴行を加えた理由を問いただす。貴族の二人は面食らいながらもにやつきながら理由を答える。
「何もされていないぞ」
「なに?」
「聞こえなかったのか?俺たちはこいつらに何もされていない、と言ったんだ」
「は…?なんだと?ならば何故この親子にここまでのことをした?」
呆然とするアース。その表情を見た貴族はゲラゲラ笑う。
「他所からきた浮浪者にはわからんか?」
「何が言いたい?」
「俺たちがこいつらを殴ったりしていたのはな?なんとなくイライラしていたからだ」
「??何をいっている?」
「むしゃくしゃしてたから憂さ晴らしで殴ってたんだよ」
あまりに心ない言葉に言葉を失うアース。
「…同じ人間だぞ?」
「は!?同じ?人間??はははははは!」
「こいつらは“獣”だぞ?獣風情が俺たちの目の前に現れたのが悪いんだよ!!」
そういって親子を蹴る。
「…」
子供をかばう親は声をあげる元気もすでになくなっている。
「やめろ!」
アースが貴族二人を押し退けて獣人の親子の前に立つ。アースの後ろでは重症を負っている母親の名前を泣きながら叫ぶ子供がいる。
「お前、獣を庇うのか?」
笑う貴族。アースの怒りが頂点に達した。
「ふざけるな貴様らぁ!!」
「!!」
気圧される二人。アースの怒りは止まらない。
「姿が違うだけで人間ではないだと?そう考えている貴様らの方が人間とは思えん。この二人の姿を見て何も感じないのか?そうなのであれば貴様らは人間ではない!」
「…」
「…」
押し黙る二人、やがて一人が口を開く。
「そうだな、俺たちは…こんなことをする俺たちは人間じゃないかもな…」
(まさか、身勝手な貴族にアースの言葉が届いたのか!?)
助けるタイミングを見計らっていたオーネストは驚いた。しかし、そんなわけはなかった。
「そう!俺たちは人間じゃねぇ!」
「俺たちは“貴族”だ!“神”に近い存在なんだよぉ!」
この国だけではないが強大な権力を持った彼らは自分達を“神”にも等しい存在であると思い込んでいる奴が多い。それを疑わないからさらに始末が悪い。
「だから何しても許されるんだよ!わかったらそこをどけ!それともお前も一緒にやられてぇのか?」
「…最早話が通じんか」
アースが腰に手を当てた。オーネストはそこにナイフが隠されているのを見た。その瞬間とてつもない殺気が辺りに満ちた。あまりに強い殺気に泣いていた獣人の子供も泣き止み、オーネストは強い悪寒を感じた。
(まずい!!)
アースがナイフを抜こうとしたその瞬間オーネストが割り込んだ。
「はいはい!そこまでです!」
その場の全員の視線がオーネストに集まる。アースはナイフを腰に戻した。
「お前は、成り上がりのヘボ団長か!」
(むかつくな、だが今はこの事態の収拾が最優先だ)
グッとこらえて話を進めるオーネスト。
「第3騎士団の団長のオーネスト・ファーレンです。この場はこのくらいで引き上げてくれませんか?」
「何を言ってるオーネスト!こいつらは…」
手を挙げアースを黙らせるオーネスト。改めて貴族二人に向き直る。
「いかがでしょうか?」
「このまま引き差がれだと?なめられたまま下がれるわけないだろうが!」
「その通りだ!」
「そうですか…でもその場合ソーレ王子に報告しなければならなくなりますが?」
「ぐっ…貴様…!?」
さすがの貴族も王族の名前を出されると強く出れない。歯軋りをしオーネストとアースを何度も見比べた貴族二人はしぶしぶその場を後にすることにした。
「だがその前に、イモ団長こっちに来い」
「はい」
素直に従いそばによるオーネスト。貴族のすぐ側まで近づいた瞬間思い切り殴り飛ばされた。オーネストは吹き飛び近くの木箱の山に突っ込んだ。
「オーネスト!」
「ふん、これで勘弁してやるよ」
「貴様ァ…」
アースが再び殺気を放ち始めたのでオーネストが慌てて立ち上がる。
「ありがとうございます」
口の中を切り木箱の破片が顔に刺さりながらも痛がる素振りを見せずに頭を下げる。そんなオーネストを複雑な表情で見るアース。貴族二人は鼻をならしながらその場を去っていった。完全に見えなくなったところでオーネストは部下の名前を呼んだ。
「影無」
「は」
すぐにオーネストの隣に第3騎士団の忍部隊の隊長影無が音もなく現れた。
「この親子を第3騎士団の寮の医務室に連れていって治療してくれ」
「は」
オーネストが獣人の親子の側に膝をつく。
「さっきのこともあって人間を信用できないかもしれないけど僕たちと一緒に来てくれる?」
獣人の子供は少し戸惑った後にポケットからハンカチを取り出してオーネストに差し出す。
「助けてくれてありがとう、傷大丈夫?」
オーネストは少し驚いた後ハンカチを受け取り微笑み頭を撫でる。
「ありがとう、君はとても優しいんだね」
撫でられた子供は恥ずかしそうに頬を染める。獣人は次にアースの方を向いた。
「お兄ちゃんもありがとう」
「いや、俺ば何もしていない」
「そんなことないよ、私たちのためにあそこまで怒ってくれたの嬉しかったよ」
「…そうか、うん」
その後すぐに影無は近くにいた第3騎士団のライノスにも手伝ってもらい親子を第3騎士団の寮へと運んでいった。姿が見えなくなると同時にアースはオーネストに疑問を投げかけた。
「なんで止めたんだ悪いのはあいつらだろう」
「僕もそう思うよでもこれが一番なんだ」
「あの二人が罰せられず君が傷つくのがか!?」
「アースは本当にいい人だね」
「話をそらすな!」
「あの時もし君があの二人を殺さないまでも傷つけていたら必ず報復に戻ってくる。その時には君はいないだろうからその矛先はどこに向くと思う?」
少し考えたアースは一つの答えに気がついた。
「あの親子か?」
「それも正解だけど、もしかしたら近くに住んでるかもしれない獣人も報復を受けるかもしれない、それだけじゃなくここに住んでいる人たちも何かされるかもしれない」
「…」
「僕が最後に殴られたのも意味はあるよ。あのままただ帰るだけじゃ貴族のメンツが潰れるかもしれない、だからそれなりの地位を持つ僕が無抵抗で殴られることで最低限のメンツを保ったことになるんだよ」
「そこまで考えていたのか、すまない、俺が勝手に行動したせいで…」
「君の行動を責めるつもりはない、むしろ誇らしいよ。君は素晴らしい考えを持ってるんだね」
「オーネスト…ありがとう」
「さて、僕たちも戻ろうかそろそろ痛くなってきた」
「そういえば早くその傷を治療しないと!ほら行くぞ!」
「あっで!痛い痛い!ゆっくりで頼むよ!」
その二日後、エミューリアの新たな任務のため選抜メンバーと共に王都を出発し、そのついでにアースを隣国ルーナモンド皇国の港に連れていった。エミューリアはルーナモンド皇国の天皇と話すために一緒に来れなかったのでオーネストと今回のメンバーでアースを見送った。
「最後まで世話になったな、オーネスト」
「少しの時間だったけど楽しかったよ」
「俺もだ。この大陸に来てよかったよ」
船の汽笛が鳴る。
「それじゃ行くよ」
「また会えたらいいな」
「あぁ」
船が港を離れる。アースはオーネストたちが見えなくなるまで手を振っていた。船が完全に港を離れたところでアースの背後に一人の男が跪いた。
「アーサー王、ご無事で何よりです」
「来てたのか」
「当然です。あなたが身勝手な行動をしてくれたお陰でマルスは少し混乱しています。いい加減『考える』ということを覚えてください、バカヤロー」
「相変わらず口が悪いな」
部下の暴言に苦笑するアース、本名アーサー・マルステア。騎士国家マルスの若き王様だ。部下がアーサーの隣に並び立ちもう見えなくなった大陸の方を見る。
「で?大陸の方はどうなっていました?」
「帝国の侵攻は想像以上に進んでいたよ、大陸の7割は帝国に食われていた」
「そこまでですか…」
「だが“希望”もあったぞ」
「“希望”ですか?」
「あぁ」
アーサーはオーネストたちの顔を思い浮かべる。
「いずれまた必ず再会できるさ、その時は共に戦おう」
爽やかな潮風が二人の間を吹き抜けていった。