王都周辺の散策
護衛任務終了から3日経ち、オーネストたち第3騎士団は通常業務に戻っていた。王族直属の部隊である第3騎士団は王族からの依頼がない場合、普段の仕事は第2騎士団と同じである。王都内のパトロールや王都周辺の警備、喧嘩の仲裁までなんでもやる。今日はオーネストと四人の部下で王都周辺のパトロールだった。東門の前に集合する予定で全員がオーネストよりも早く着いていた。
「まだ十分前なのに皆早いな」
「はい!当然です!」
元気に挨拶してくれたのは第3騎士団の中で一番若い10歳のリリィ・レーベルだ。本来ならまだ学生の年齢なのだが、学校に行くお金がなく病気の母のために悪い商人にコキ使われていたのをオーネストに救われ、とてつもない剣の才能を見出だされ子供ながら騎士団に入っている。オーネストのことは実の兄のように慕っている。
「団長より早く到着するのは当然であります!」
「本日は団長と仕事ができ、とても光栄に思っています!」
リリィに負けず劣らずの気合いで敬礼しているのはマリウス・ヴァーレとヴィオラ・アマリリスだ。二人ともオーネストの第2騎士団時代の部下で当時からオーネストを慕っていた。オーネストが新しい騎士団を設立すると聞き第2騎士団を抜けてまでオーネストの元にやってきた。マリウスは憧れとして、ヴィオラは想い人としてオーネストが大好きだった。
そんな二人を差し置いてオーネストの腕にすり寄る者が一人
「にゃ~ん♪キャミィ団長と一緒で嬉しいにゃ~」
頭に生える猫耳をピクピクと可愛らしく動かし尻尾の先をハート型にしてオーネストの腕に顔と体を擦り付けるのは猫の人獣人のキャミィ・パルネス。年はオーネストより4つ上の24歳だ。
「キャミィ、真面目にやれっていつもいってるだろう?」
キャミィの馴れ馴れしさに慣れているオーネストはキャミィを引き離す。
「にゃ~いけずぅ~」
しつこく抱きつこうとしたキャミィはいきなり真顔になり自分の身長くらいのジャンプをした。キャミィの膝があった場所をナイフの刃が通る。少し後ろに着地したキャミィは面倒そうな顔でナイフの持ち主を睨む。
「ヴィオラ~?ウィズのあなたがそんなものを持つのははしたなくてよ~?」
ヴィオラはやばい目付きでナイフを握りしめている。
「この淫乱ネコ…今日という今日は許せないわ」
「あらら~?街中で魔法は使えないにゃよ~?肉弾戦で私に勝てると思うのかにゃ~?」
挑発するキャミィに対して心の中で静かに黒い炎を燃やすヴィオラ。それを見てため息をつくオーネスト。そろそろ止めようとしたのをマリウスが止める。
「マリウス?君が止めるのか?」
「オーネスト団長」
真剣な眼差しでオーネストの目を真っ直ぐ見つめる。
「キャミィは一度耳か尻尾を切り落とされるべきです」
「何言ってんだ?」
マリウスはオーネストを心から慕っている。その愛の深さはヴィオラとは別のベクトルでかなり深い。故にキャミィの行動に対して同じく黒い炎を燃やしていた。オーネストは肩を掴む手をはずそうとするがものすごい力で苦戦する。その間にもキャミィとヴィオラが戦いを始めようとしていた。…が、それを止める者がいた。
「やめてくださーい!!」
リリィが自分の身長ほどもある大きな剣をまるでおもちゃのように振り回す。
「きゃっ!?」
「にゃっ!?」
キャミィとヴィオラは身を屈めたり転がって剣をかわした。身を起こした瞬間に二人の首にリリィの大剣の刃があてられた。二人はいつの間にか近づいていた。剣をあてているリリィは涙目だ。
「けんかはだめです!皆仲良くです!」
「お、落ち着いてリリィ?」
「そ、そうにゃ、とりあえずこの剣を…」
「仲良くです!!」
「…はい」
「…ごめんにゃ」
これ以上続けたら本気で殺されると感じ二人は仲直りした。それを見てリリィはニコッと笑った。
「よかったです」
それを見ていたオーネストがマリウスを思い切りつねりながらリリィの頭を撫でた。
「ありがとうリリィ、いつも助かるよ」
「えへへ、おまかせなのです」
幸せそうにされるがままのリリィ、それを見てキャミィとヴィオラは羨ましそうにため息をついた。
一悶着が収まり点呼をとり本日の仕事内容を確認したところでヴィオラが思い出したように全員を止める。
「そういえばソーレ王子から伝言を頼まれていました」
「なんだい?」
「『明日の任務に一人同行者を加えてほしいんだ。えーと…王宮の見習いの子なんだけど、お願いするよ』とのことです」
「見習いの同行?聞いてないなぁ、誰だろう?」
「この場所に来るそうです」
「にゃ?あれじゃにゃいかにゃ?」
キャミィが見た方向を見ると確かに誰かがこちらに走ってきているのが見えた。
「そうみたいだ…な…?」
近づくにつれてハッキリしていく相手の容姿を見たオーネストは絶句した。セミロングの黒髪にこの国では珍しい黒い瞳、そしてこの国ではあまり見ないデザインの眼鏡をかけている。この世界では初めて見る顔だったがオーネストはその顔をとてもよく知っている。
「さつき…?」
呆然としているとその女性が目の前までやってきた。息を整えてからビシッと構える。
「遅くなってごめんなさい、今回同行させていただきます“さつき・小日向”と言います」
「…!!?」
話し方や声まで前世の妻小日向さつきと瓜二つだった。というかオーネストは大体の事態を察した。
「こっちへ来て」
さつきの腕をいきなり掴むと強引に引っ張る。その様子を見て部下は驚きの声をあげた。
「団長!?」
「どうされたのですか!?」
普段のオーネストではあまり見ない強引さに驚く部下たち、オーネストは気にせず部下に待機を命じさつきを建物と建物の間に引っ張り周りに防音の魔法をかけた。そして目の前のさつきに問いかける。
「君、エミューリア王女だね?」
「!!………さすがに気づくわよね」
さつきが指を鳴らすと一瞬で黒髪が桃色に変わり瞳の色も同じ桃色になった。肌の色も白っぽくなり最後に眼鏡を外した。完全にエミューリア王女の姿になった状態でニコッと微笑む。だがオーネストはそれどころではない。
「なんでその姿なの!?」
「変装してるのよ、この姿なら絶対にばれないでしょ?」
そう言って再び“さつき”の姿に戻り下を向きながら。
「…それに、この姿でいたらあなたにまた“妻”って言ってもらえるかもしれないし…」
と小さい声で呟いた。
「なに?」
「な、なんでもない!あなたはこの姿は嫌?」
「嫌ではないけど、複雑な気持ちではあるよ」
“あの光景”を思い出すから。しばらく沈黙が続くがオーネストから沈黙を破る。
「その姿の件がなくてもなんで僕たちに同行するの?前の護衛依頼に比べたら危険性は少ないかもしれないけど全くないって訳じゃないんだよ?」
「今回の同行はお兄様のためでもあるの」
「ソーレ王子のため?」
「最近王都の周辺で事件が多いでしょ?その件でお兄様が困っているの、私もお兄様の力になりたいの!」
「…」
小日向さつきの時は兄弟はいなかった。それゆえに初めてできた“兄”という存在はかなり大きなものになっているようだ。
「…だとしても他にやり方が…いや、君は“論より証拠”…いや、“論と証拠”かな?考ええながら行動するような人だもんね」
「その通り!」
「どや顔しないで、でも行動するにしても第2騎士団とか第1騎士団に頼んだほうがいいんじゃないの?」
「それは…」
口ごもるエミューリア、しかし意を決して真っ直ぐに想いを言葉にする。
「それは、あなたに守ってもらいたいから!」
「な…ぅぅ」
その言葉はオーネストの胸を貫いた。前世で守れなかった相手に守ってほしいとお願いされた。オーネストにとって何よりも嬉しいことだった。そこまで言われて「嫌だ、ダメだ」とは言えない。それにこの世界では絶対に守ると誓った。
「……わかったよ、でも無茶な事はしないでね」
「うん!そんなことするわけないじゃん?」
「………そうだね」
エミューリア(さつき)が無茶をするところをいくつか思い出して少し不安になるオーネストだった。
部下たちの所に戻ると真っ先にキャミィが詰め寄ってきた。
「ちょっと団長!?この女は団長のなんにゃ!?」
噛みつかんばかりの勢いでまくし立てつつ体を必要以上に密着させてくるキャミィ、それをヴィオラが引き剥がす。
「キャミィ!場をわきまえなさい!!」
「ありがとうヴィオラ」
「いえ、ところでどうなんですか?」
「なにが?」
ヴィオラの目を見ると「私も知りたい」という言葉が声よりもハッキリと伝わってきた。マリウスも同様でリリィだけはキョトンとしている。そんなリリィに癒されつつ、オーネストは全員にさつきに変装したエミューリアのことを幼馴染みだと説明した。そんなこんなで時間ギリギリで門番の所に着いた。門には第2騎士団騎士団長のアルフォードもいた。
「よぉ、ごくろうさん」
「お久しぶりです」
元第2騎士団のヴィオラとマリウスはすぐに頭を下げ、慌ててリリィも頭を下げる。オーネストも敬礼する。キャミィは爪をいじりながらあくびをする。エミューリアも丁寧にお辞儀をする。
「第3騎士団が五人と研修付き添いが一人…よしじゃあ説明するぞ」
今回は王都周辺のパトロールが任務だ。王都は周りすべてが壁で覆われておりその東西南北に入り口の門がある。徒歩で一周しようとするとほぼ一日かかってしまうくらいの広さだ。
「お前たちはこの東門から北門までパトロールしてもらう。知ってると思うがここ最近やたら盗賊やら追い剥ぎやらが多くてな、そういった奴等は王都周辺の植物に隠れてたり、壁を登ろうとしたりするから怪しい奴がいないか調べてほしいんだ」
「北門についたら交代して報告すればいいんですね?」
「あぁ、俺は第2騎士団の詰所にいるから」
「了解しました。では出発しま…」
「ちょっと待てオーネスト」
「はい?」
「気をつけて行ってこいよ!」
「はい、行ってきます」
アルフォードに見送られオーネストたちは出発した。外壁に沿って不審者や不審物がないか注意深く見ていく。リリィとヴィオラ、マリウスは真面目にやっているのだがキャミィは相変わらずオーネストにすり寄る。
「にゃ~ん♪団長~」
ベタベタしてくるキャミィに対してオーネストは対応に困っていた。以前あまりにもしつこくしてきたので少し強めに怒ったら三日くらい涙目で少し離れた場所から見られ続けたことがあった。以外に繊細なので扱いに困っているのだ。そんな感じでされるがままになっているとエミューリアが黙っていなかった。
「さっきからくっつきすぎじゃないですか?」
「にゃ?」
思わぬ横やりにキャミィが目を真ん丸にしてエミューリアを見る。
「あなたには関係ないにゃ」
「私は王子より騎士団の仕事を学ぶように言われているのですよ?それはすなわち報告の義務があるということですよ?」
チクるぞ?と静かに脅す。さすがのキャミぃもオーネストから体を離す。そしてポケットから鉄の玉を取り出した。
「?」
エミューリアがいぶかしげに見ていると、耳をピクピクと動かしながら辺りを探りある一点を見極める。
「そこにゃ」
ほとんど体を動かさず鉄球を弾き飛ばした。すると「あいだぁ!」という声と共になにもない空間から一人の男が現れ倒れた。それを見て驚くエミューリアにどや顔をする。
「ちゃ~んと、はぁたらいてるにゃ~」
「ぐむむ…」
悔しがるエミューリア。オーネストはそんな二人よりも気になるものを見つけていた。貴族でもあるマリウスと話し合っている。
「この布、“目隠しの魔法”が縫い込んである」
「魔法の道具ですね、粗悪品だけどかなりの値段しますよ」
「どこかで奪ってきて、それを使ってさらに盗もうとしたのか?」
「見る限りではそうですね、どうしますか?」
「信号弾をあげて回収してもらおう」
「了解しました」
マリウスが信号弾を打ち上げる。するとすぐに第2騎士団の騎士が数人やって来て男を連行していった。先に進もうとしたがまだエミューリアとキャミィが言い争っていた。
「お前らいい加減にしておけ」
オーネストが割って入って二人を引き離す。さすがに二人はケンカをやめた。
「キャミィ、周囲の気配に敏感で戦いにも慣れているのはわかっているけどもしもの時に支障が出るかもしれないから離れて歩けって言っただろう」
「みゃうぅ…」
怒られしょげるキャミィ。
「エミュ…さつきもあまりムキになって噛みつかないでくださ…くれ」
「ごめんなさい…」
下を向きしおらしくするエミューリア、と思いきやオーネストにだけ聞こえる小さな低い声でポツリと呟いた。
「でも女の子にデレデレしていた“まことさん”も悪いんだよ?」
「っっ!!」
あまりの圧に冷や汗が噴き出すオーネスト。それに気づいたマリウスが心配して声をかける。
「団長?汗がすごいですけど大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫、大丈夫…ん?リリィはどこ行った?」
いつの間にか最年少騎士のリリィがいなくなっている。
「あれ?そういえばいませんね」
「どこ行ったんだ?」
普段は勝手な行動をとらない上に騎士といってもまだまだ小さい女の子、この世界には奴隷の文化も残っているし王都の周りは最近事件が多く先程の盗賊のような妙な奴もいる。
「まさかさらわれたんじゃ!」
「みなさん!」
元気な声が聞こえて近くの茂みからリリィが顔を出した。それを見て安心する。
「ダメじゃないか、王都周辺は今危険なんだから」
注意されたリリィは目をキュッとして謝る。
「ごめんなさいです、でもでも理由があるんです」
「理由?」
「はいです!少しお待ちください」
茂みの奥に引っ込むリリィ。それを見たマリウスがオーネストに耳打ちする。
「このパターン以前にもありました。犬や猫、時には魔物の子供を拾ってきた時の流れです」
「犬や猫なら里親を探したりできるけど限度はあるからね、とにかく見てみないことにはわからないよ」
「お待たせしましたー!」
リリィが戻ってくるなにかを引きずっているようだ。
(やっぱりなにか見つけたのか)
場合によっては注意が必要だと思いながらリリィが持ってきたものを出すのを待つ。
「こんなのを見つけましたです!」
そう言ってリリィがオーネストたちの前に出したものに全員が目を丸くした。リリィが見つけてきたのは一人の男だった。




