力
第三騎士団の活躍は朧月によってオーネストに報告されていた。
「皆頑張っているな」
団員の奮闘を喜ぶオーネスト。オーネスト、エミューリア、エレビア、ヴォルフの4人は村の門を目指していた。4人とも門の所に向かってくる“やばい気配”を感じていたからだ。
「村を囲むように気配を感じていたから心配してたけど問題なさそうだね、朧月はみんなのフォローをお願い」
「御意」
かき消えるように姿を消す朧月。門までもう少しという辺りでエミューリアが疑問を口にする。
「ねぇ、少し変じゃない?」
突然の問いだったが、他の3人も同じことを思っていた。
「確かに、朧月の話によると村を周囲からほぼ同時に襲撃しているよね?」
「意志も本能もあるかわからない“落ち果て”がここまでタイミングを合わせることができるものでしょうか?」
「しかも一番攻めこみやすい門の所が今は誰もいねぇんだろ?でも今はそこから一番やばい気配を感じてるよな?」
門を守っていたのはルディとシルビィだったが結界消失という事件を伝えるためにアルクィナの元へやってきた。本来はその後すぐに別の誰かがやって来るのだが、村の周りから迫ってきた敵への対応で誰も来ることができず今は誰もいない状態だ。
「状況だけで考えてみると村の周りを襲撃しているのが陽動で、門に来ているのが本命って感じかしら?」
「でも魔物や“落ち果て”にそんなことを考えて実行する頭なんてないよね?」
「そりゃそうだ」
「では、今回の事件は…」
「うん、裏で糸を引いてる“黒幕”がいる」
「一体誰がどんな手を使って?」
「詳しくはわからない。でも一つ確かなのはその“黒幕”が魔物や“落ち果て”を操っている可能性があるってこと」
4人が門の所に到着するとすでに門は破壊され大量の“落ち果て”が蠢いていた。
「遅かったか!」
「まだ門が壊されただけだ、ヴォルフとエレビアは魔石の位置わかる?」
「問題ありません、知ってしまえば視えます」
「臭いでなんとか判別できる。問題ねぇよ」
「私も…」
エミューリアも戦おうとするがオーネストが止める。
「エミューリア王女!あなたは自衛にのみ専念してください!」
「え、でも…」
「ここだけは譲りません!いいですね!」
「は、はい」
有無を言わせぬ剣幕でエミューリアをなんとか止まらせる事ができた。
「エレビア、エミューリア王女のことは任せたぞ」
「了解しました」
エレビアがエミューリアの前に立つ。オーネストとヴォルフの二人が並び立つ。目の前の大量の“落ち果て”を睨みながらヴォルフはため息をついた。
「全く、こんなトラブルに巻き込まれるなんてよ、なんか憑いてんじゃねぇのか団長?」
「本当にお前は僕に対して口が悪いなぁ…お前はどうなんだよ?」
「ふん、オレか?運がいいに決まってんだろ?」
ニヤリと笑ったヴォルフは空を見上げた。オーネストも空を見上げる。アルクィナの魔法で村の上空は霧がなく、空がはっきり見えていた。星がきらめき真ん丸なお月さまが出ている。
「あぁ、今日は“満月”か、確かに運がいいな」
「グウオオオオオオオオオオオ!!」
ヴォルフが月に向かって咆哮する。すると体毛が灰色から白色に変化し、体も倍くらい大きくなった。
「獣技“月狂”」
ヴォルフの獣技“月狂”。月を見ることで姿が変わりそれに応じて能力も変化する。今夜のように満月の夜は一番力が高まり強くなる。
「でも“落ち果て”の体は触れた物を溶かすんだ。大丈夫なのか?」
「問題ない。満月の夜、つまり今は“神獣化”してるからな」
“神獣化”、晴れた満月の夜にのみなれる状態で、前述のように体毛が美しい白銀に変わり、全ての能力が3倍にはねあがり、あらゆる特殊攻撃が効かなくなる。さらに嗅覚の能力が向上し、自分が嗅いだことのある臭いならとてつもない激臭の中でもその臭いだけをかぎ分けることができる。魔石の臭いは森の中での戦闘の時に覚えていた。
「まぁ、見てろ」
地を蹴ったヴォルフが“落ち果て”との数十メートルの距離を一瞬で移動する。そして鋭く尖った爪で“落ち果て”を切り裂き少し見えた魔石めがけて手を突っ込む。“落ち果て”の体液がヴォルフの腕にかかったが、神獣化したヴォルフの体毛が全てをはじく。
「掴んだぜ」
鉄よりも硬い魔石を握力で握りつぶす。同時に“落ち果て”が崩れ落ちる。ヴォルフは腕に残った“落ち果て”の残骸を振り払う。オーネストを振り返りニヤリと笑う。
「どうよ?」
「…天晴れだよ」
「うおおぁぁぁぁ!!」
雄叫びをあげながらヴォルフは次々と“落ち果て”の魔石を引き裂いたり、握りつぶしていった。ヴォルフの神獣化は話に聞いていただけのオーネスト、想像以上の強さに少し危機感を抱いていた。
(僕より派手なんじゃない?)
美しいとさえ思える白銀の毛並み、その美しさと相反するような激しさ、どちらも自分にはないような気がしているオーネスト。普段は戦い方をどう見られても気にしないオーネストではあるが今は違った。
(エミューリア…さつきが見ている)
元妻だった女性に今の自分のかっこいいところを見てほしいと思ってしまうのは無理もない。しかもヴォルフの戦いを見たエミューリアの嬉しそうな表情を見てしまったから余計にだ。
(少しくらいいいか…非常時だしね)
オーネストは降り注ぐ月の光を身に浴びながら固有魔法を発動する。
「“魔装展開”」
辺りに満ちる魔素が体にまとわりつき鎧となる。
「“月の美鏡神”」
月の魔力が魔素に混ざり特殊な装備に変わる。白銀に輝く鎧が全身を包み、内側が鏡のようになった7枚の盾のような物がオーネストの周囲に浮かび右手には一振りの剣が握られている。
「展開!」
オーネストの言葉と同時に7枚の盾がランダムに飛び交い様々な角度で空中で静止する。
「あぁ?なにする気だ!?つぅか目障りだ!!」
ヴォルフの文句を聞き流し、オーネストは鏡の盾を魔力で操作し一枚の鏡面を月の方向に向ける。すると月の光がその鏡に一本の光の筋となって降り注ぐ、それが鏡面に反射し、別の鏡に反射する。反射を繰り返す度に鏡に込められたオーネストの魔力が月の光の魔力を増幅していく。十分に魔力が高まったのを確認しオーネストは7枚の内の一枚の角度を変える。するとそこに当たった月の光が“落ち果て”の体を貫き魔石を破壊した。
「ならしはうまくいった」
即座に鏡の盾の一枚を操り月の光を反射させその斜線上にいる“落ち果て”の魔石を破壊していく。この反射を繰り返し凄まじいスピードで“落ち果て”を薙ぎ払っていく。それを見たヴォルフが「ずりぃぞ!」と言って倒すスピードをあげていく。たった二人で次々に“落ち果て”を倒していくのを見ているエレビアはつまらなそうにしていた。
「…不謹慎だとは思いますが、もう少し出番がほしいです」
一方のエミューリアは目を輝かせて二人の戦いを観戦している。
(すごい!前世で見た白い狼男とか、星の鎧の戦士みたい!)
前世で見たアニメや漫画を思い出して興奮していた。さつきだった頃、絵本に小説、漫画に古文書まで読めるものならなんでも読んできた。その中でも異能力バトルものが大好きだった。故に目の前で繰り広げられる戦いはエミューリアの心を熱くさせた。そんなエミューリアとは裏腹にエレビアはぶすっとした顔になっていた。それに気づいたエミューリアがエレビアの顔を覗きこもうとする。
「機嫌悪いね、エレビア」
「そんなことはありませんが、色々準備していたことが無駄になりそうなので……!」
話の途中でエミューリアが自分の顔を覗こうとしていて、エレビアの眼鏡の下の裸眼と目が合いそうになった。思わずエミューリアの顔を抑え顔をそらす。その行動にエミューリアは驚いた。
「え?え?どうしたの?」
「あっ!ご、ごめんなさい!!私、なんてことを…」
「んーん!気にしてないから!私もごめんね?」
「…ごめんなさい…」
エレビアは目に見えて落ち込んでいる。「ここは話を変えた方がいい」と思ったので別の話をエレビアにふる。
「えっと、さっき準備がどうのって言ってたけどなにか用意していたの?」
「あっええ、万が一を想定して二重三重に特別な魔法を仕掛けておいたのですが…」
オーネストとヴォルフの方に視線を戻す。二人は勢いをさらに強め“落ち果て”を狩っていく。その様子を見て二回目のため息をつくエレビア。
「団長にあなたを守るように言われましたが“落ち果て”に関しては見ての通りですし、魔物に関しては…」
エレビアが空を見上げると爆発音とともに空から侵入しようとしていた魔物が地に落ちる。
「フェニーとネムが展開したこの魔法で十分にこと足りますしね」
「…確かにすることないね」
だけどそれだけ頼もしいということでもある。エミューリアはこのままこの騒動は収まるだろう確信していた。
「なんなんだよあいつら!!」
村が見渡せる高い木の上で歯軋りするフードの男。怒りが収まらないようで木を叩いたり葉っぱをむしったりしている。
「あれだけの戦力を用意したのに!あんな少人数で押さえ込まれるなんてぇ~!!くそぉ!!」
まるで子供のように怒り狂うフードの男。見た目は完全に成人男性だというのもあってその異様さが際立っている。ひとしきり悔しがったあと冷静さを取り戻したフードの男は村を睨み付ける。
「村を少しくらいは残してやろうと思っていたがやめだ。村を完全に破壊して、あの人以外全員殺して!心を痛めたあの人を俺の優しさで包み込む!!」
そのシーンを想像してフードの奥で男は下品な笑みを浮かべる。
「こんな森の中じゃ誰も来ないしなぁ?そのまま二人で…げひひ」
垂れてきたよだれをぬぐいながらフードの男は目をぎらつかせた。
「エルフどもの残骸は高く売れるから金にもなる!無駄がないなぁ!」
フードの男は空に印を刻んだ。刻まれた印は一瞬空中で赤く輝き消えていった。
順調に“落ち果て”の数を減らしていたオーネストは寒気を感じて手を止める。
「な、なんだ?」
攻撃を続けながら周りを確認する。するとヴォルフもなにかを探すかのようにキョロキョロしている。すると後ろからエレビアの声が響いた。
「気を付けてください!“なにかやばいの”が来ます!!」
オーネストとヴォルフは森の方を見た。そこにはいつの間に近づいたのか見上げるほど大きな“落ち果て”が佇んでいた。
「こ、これは…」
「いつの間に出てきやがった!」
「ヴォルフ!無闇に攻撃するな!」
オーネストが止めるのも聞かず巨大“落ち果て”の魔石の匂いをかぎ分けようとしたしかし、それはかなわなかった。
「おぐぉ!?」
足を止め鼻を抑えるヴォルフ。そこを襲ってきた“落ち果て”をオーネストが切り払う。
「ヴォルフ!大丈夫か!?」
「なんだこいつ?魔石の匂いが体全体に広がってるぞ!」
「そりゃあな」
オーネストは巨大“落ち果て”を見上げる。巨大“落ち果て”の体の中に百近い魔石が縁日のスーパーボールすくいのボールのプールみたいにぐるぐる回っているのを感じていた。
「あれは多分“落ち果て”の集合体だな」
「群れを作るのも珍しいと言っていたのに合体したというのですか?」
「あれを合体というかはわからないけど今も少しずつ周りの“落ち果て”を取り込んでる」
巨大“落ち果て”の足元を見ると接触した“落ち果て”が取り込まれているのが見えた。
「一つ取り込まれる度にアレの中の魔石が一つ増えていく、分担した方がいいな…では、その前に、エレビア!準備していたものを頼む!」
「了解しました」
エレビアが魔力を解き放つとオーネストたちがいる地面に魔法陣が浮かび上がる。
「問題ありませんね、正しく描けています」
エレビアに頼まれ戦いながら二人は魔法陣を地面に描いていた。
「よかった、ヴォルフ!!」
合図に合わせオーネストとヴォルフは陣から飛び退く。そして、そのすぐ後に魔法が発動し“落ち果て”の足元を氷が覆う。“落ち果て”の動きが止まる。
「今だ!僕がでかいのをやるからヴォルフは周りの小さいのを頼む!」
「チッ、それが一番か…!」
少し不満を感じながらもヴォルフは命令に従い周りの“落ち果て”に攻撃を始める。オーネストは鏡の盾を操り巨大な“落ち果て”の周囲に配置し先程の反射攻撃を行う。反射する度に巨大な“落ち果て”の体を貫通しその度に魔石を破壊していく。
「大きさに驚いたけどこれならすぐにけりがつくな」
鏡の盾をたくみに操り順調に魔石を減らしていく。もう少しで巨大な“落ち果て”を倒せそうになっていた時そこに割り込む影があった。
「!気を付けろ団長!」
「!!」
オーネストもその敵に気づいていたので咄嗟に自分の盾を一ヶ所に集めた。その盾の壁に何がが思い切り突っ込んできた。7枚のうち2枚が割れる。
「嘘だろ」
飛び退き距離を取る。残った盾を開くと目の前には得体の知れないなにかがいた。
「なんだ?魔物…なのか?」
この世界における魔物は動物が魔素の取り込みすぎで変化した存在だ。それ故に正常だった頃の特徴を残すので「元はなんだったのか?」というのは見たらわかる。だが、今オーネストたちの前にいるそれは異様な姿をしていた。カンガルーのような足にゴリラのような体、かと思えば顔は肉食獣とまるで見たことがない生物だった。その謎の魔物はドラミングしながら吠えた。
「うごおおおおぉぉぉ!」
あまりの迫力に攻撃への反応が遅れてしまうオーネスト。しかしヴォルフが間に入り攻撃を受け止める。
「こいつはやばい!俺が引き受ける!!」
「任せる!エレビア!ヴォルフの代わりに“落ち果て”の相手を頼む!」
「わかりました」
エレビアは詠唱を行い大地を隆起させ“落ち果て”の魔石を破壊し始める。
「魔法陣は使わないの?」
「はい、というかもう使えないんです」
魔法陣の利点は陣に魔法の情報が描かれているので詠唱の手間が省けるのと魔力さえあれば誰にでも上級魔法が使えるというところにある。逆に悪い点は描くのに手間がかかるのと少しでも消えると成立しなくなるという点だ。
「地面を掘る形で描いたのでしかたありません」
言いながら“落ち果て”を攻撃する。数はまだ多いが確実に減ってはいる。
「こちらはなんとかなりそうです…」
「え?」
エミューリアの目の前からエレビアが姿を消した。少しして激突音とともに地面に何かが落ちる音、そして目の前には大きな黒い影。
「ぐるるるる…」
「……っ」
それは割り込んできた謎の魔物だった。よだれを滴しながらエミューリアを睨み付ける。恐る恐る視線を横に流すと小屋の一つが中破し木材の中にエレビアが倒れていた。
「エミューリア!」
気づいたオーネストが攻撃を中断しエミューリアの元へ走る。謎の魔物に一瞬の隙をつかれたヴォルフは自分のふがいなさに腹をたてながら謎の魔物に向かう。
(こ、攻撃しなきゃ!)
エミューリアは詠唱しようとするがパニックで呪文が出てこない。謎の魔物がじっとエミューリアを見る。次の瞬間謎の魔物はエミューリアから視線を外しヴォルフに突っ込んでいった。
「へ?」
襲われると思っていたエミューリアは拍子抜けして間の抜けた声を出しその場にへたりこんだ。
「エミューリア!」
心配のあまり呼び捨てにしていることに気づかないオーネスト。エミューリアは震えていた。
「オーネスト、エレビア…エレビアが!」
「…だい、じょうぶ…です」
「!!」
体にかかった木材を押し退けエレビアが体を持ち上げた。
「エレビア!」
エミューリアとオーネストが駆け寄る。
「油断…しました…ですが、防御壁をはっていたので…なんとか…」
苦しそうにしていたが外傷はない、しかし、殺しきれなかった衝撃が体の中にダメージを与えたようだった。咳き込むと血が出てくる。
「すぐに後退しなきゃ…」
「大丈夫です」
エレビアは懐から琥珀色の液体が入った瓶を取り出し中身を飲み干す。するとみるみる顔色が良くなっていった。
「回復薬を飲みました。ですのでもう安心…」
「だが、その薬は…」
「団長!」
オーネストの声をかき消すようにエレビアが叫ぶ。エレビアの顔を見てオーネストは頭をかいた。
「…限界を感じたらすぐに退け!それが条件だ!」
「わかっています」
「エミューリア王女、すいませんがエレビアをお願いします」
「私が…?」
正直怖かった。さっきの攻撃も全く反応できていなかった次に攻撃がきたら自分が死ぬかもしれない…でも!
「わかった」
大好きな人の頼みだから…そしてそれ以上に…
(私は王女、国民を守り導くのが私の使命だから!)
決意したエミューリアの顔を見て少し安心したオーネストは放置していた“落ち果て”の方に走った。二人をほっていくのは不安は残るが、大丈夫だろうと思う理由があった。
(さっきあの魔物、エミューリアを攻撃しなかった。というよりも初めから攻撃する気がなかったように見えた)
あの位置ならすぐにでも殺せた。だがそうしなかった。あの魔物に意思は感じられない、ならばなぜエミューリアだけを攻撃対象に認識しないのか?
(わからない、だけど、この状況をうまく使わなくちゃな!)
鏡の盾を再展開し“落ち果て”に攻撃を再開した。




