防衛戦
今回の話の中に“共振周波数”という言葉が出てきます。原理を調べて自分なりに解釈し書きました。本来の現象と違う所もあるかもしれませんが、ご勘弁を!
朧月によって今起こっている異変は全員に伝えられていた。学習小屋で遊んでいた牛の人獣人メルグーとアルマジロの獣々人マジロムは村の中央に行こうとしたが、結界全体がなくなっているということを聞き、空から魔物化した鳥などが襲ってくる可能性も考えられ、村にある建物は魔物の襲来を想定して作られていることもあり、「下手に動くよりも中の方が安全」と判断しエルフの子供たち十数人と教師の大人のエルフ3人と共に学習小屋の中に避難していた。建物には認識阻害の魔法も付与されているので魔物には小屋そのものを認識できないらしく、森の方から現れる魔物は学習小屋に見向きもしていない。それでもやはり異変を察知している子供たちは怯えている。メルグーは子供たちを優しく撫でた。
「大丈夫よ~、お姉さんがついてるわ」
どんな状況でも自分のペースを崩さないメルグーを見て子供たちも徐々に落ち着きを取り戻していった。しかし窓から森の方を見ていたエルフの女の子が叫び声をあげ恐怖に震えだした。同じく窓の外を見た他のエルフたちも次々に恐怖に取り込まれる。メルグーたちも窓の外を見るとそこにはおぞましい光景が浮かんでいた。
「“落ち果て”!」
森の中から数十体を越える“落ち果て”が姿を現していた。
「きゃああああ!」
「うわあぁぁぁ!」
“落ち果て”の話はエルフ全員が知っているのでパニックに陥るエルフの子供たち、教師のエルフがなだめようとするが全く収拾がつかない。そんな中メルグーが立ち上がり小屋の隅に置いておいた自分の武器であるハンマーを持ち上げ一振りした。すると一陣の風が巻き起こりその風に驚いた子供たちは静かになった。それを見てメルグーは変わらぬ笑顔を子供たちに向ける。
「落ち着いたかしら~?」
泣いていた子供の涙を指で弾き頭を撫でる。
「マジロムちゃん、守りの方はまかせたわ~」
「任せてくれ姉御」
そう言うとメルグーは入り口に向かって歩いていく。メルグーの次の行動を察したエルフの教師か止めようとする。
「メルグーさん!?まさか外に行かれるのですか!?」
「“落ち果て”の性質についてはここに来るまでに見ました~、倒し方も把握しています~」
触れたものを蝕み壊す“落ち果て”。魔物と違って“意思”を持たないそれらは真っ直ぐ学習小屋に迫って来るだろう。もし“落ち果て”の体が学習小屋に触れればいずれ侵食されるだろう。
「だからって一人で行かれるのは危険です!私たち教師も一緒に…」
エルフの教師たちが立ち上がろうとするのをマジロムが止める。メルグーは笑顔を保ちながらゆっくりとした動作でハンマーを肩にかけた。肩にハンマーが乗った瞬間メルグーの足元が少しめり込んだ。
「先生たちはもしもの時のためにここにいてくださいね~、じゃあマジロムちゃん、改めて皆の守りはよろしくね~」
そう言い残すと今度こそメルグーは小屋の外に出ていった。
「マジロムさん!メルグーさんだけに行かせていいんですか?」
「今からでも私たちも…」
「ダメだ」
マジロムは誰も行かせまいと両手を広げる。
「それに問題ない」
「問題ない?なぜそう言いきれるんですか!?」
「姉御はああ見えて獣人部隊の中でも五本の指に入る実力者だ」
自信ありげにそう言われてもメルグーのおっとりした姿しか知らないエルフたちは戦士としてのメルグーが想像できず心配そうに外のメルグーを見守るしかなかった。
一方メルグーは第三騎士団の技術班に作ってもらった専用のハンマーのグリップをにぎにぎして感覚を馴染ませていた。
「とりあえずやってみましょうか~」
メルグーは球を打つ前のバッターのようにハンマーを構え振り抜いた。“落ち果て”との距離は百メートルほどあったが、柄の部分が大きく伸び“落ち果て”をなぎはらいまるでヨーヨーのように元の長さに戻った。
この武器は第三騎士団技術班のドワーフによって作られたもので柄の部分が伸ばせたり頭の部分を大きくしたりできる。
「お~さすがドワーフの技術ね~、でも」
なぎ払われ体の一部が吹き飛んだ“落ち果て”はすぐに再生して動き始める。メルグーは「うーん」と考える。
「横なぎだと一度に多くの敵を攻撃できるけど~肝心の魔石が破壊できないわね~どうしようかしら?」
敵を目の前に目を閉じて考え出すメルグー。小屋の中にいる子供たちの方がドキドキしていた。それをよそにメルグーはピカリと閃いた。
「そうだわ~!頭から押し潰せば絶対に魔石も壊せるんじゃないかしら~!!」
思い付いたら即実践!メルグーはハンマーを握り直すと“落ち果て”の一体に近づきハンマーを振り下ろす。
「くっ」
命中したがハンマーが下まで降りず止まってしまう。メルグーは慌ててハンマーを引き抜いた。ハンマーの頭の部分は溶けてはいなかった。
「さすがうちの技術班の仕事ね~すっごいわ~。でもあんな柔らかそうな見た目なのにこんなに固いのね~団長さんは本当にすごいわ~」
あくまでペースを崩さないメルグー、一見何も考えていなさそうだが次の手は考えていた。
「わたしも本気でいかなきゃね~」
ハンマーを地面に立て置き胸の前で拳を合わせる。
「獣技、“筋力強化”」
メルグーの体全体の筋肉が膨張する。その分体も大きくなった。だが笑顔だけは変わっていない。
「いくわよ~?」
再びハンマーを“落ち果て”に振り下ろした。今度は泥の中を押し沈んでいくかのような感覚とともに“落ち果て”は完全にハンマーの下敷きになった。その際、何か固いものに当たり割ったのを感じハンマーを持ち上げると“落ち果て”は蒸発するように消えていった。
「どうやらいけそうね~」
メルグーは再びハンマーを振り上げる。今度は柄についているスイッチを押してみた。するとハンマーの頭の部分が数十倍に広がり幅30メートル程になった。メルグーはそのハンマーをバランスを崩すことなく振り上げる。
「そ~れ~」
喋りのスピードとは裏腹に勢いよくハンマーを振り下ろし、森の木々を巻き込みながら地面に叩きつける。巻き込まれた“落ち果て”は魔石を破壊され溶け消える。その光景にメルグーはゆったり笑った。
「子供たちには絶対に近づかせないわ~」
元のサイズに戻ったハンマーを肩にかけたメルグーの勇ましい後ろ姿に小屋の中では歓声が起こっていた。メルグーは一度だけ振り返り変わらない笑顔を向けた後攻撃を再開した。
辺りはどんどん暗くなり夜の気配が近づく中、別の場所でも迫る魔物と“落ち果て”と戦っている。魔物は容易く倒せているが“落ち果て”に対しては四、五人でかかってやっと一体倒せるかどうかの状況だった。この場には10人エルフの戦士がいるが徐々に押され始めている。
「くそぉ!援軍は来ないのか!?」
「この様子だと他の場所も同じ状況だろうからな」
「援軍は期待しない方がいいだろう」
「しかしこのままでは…」
“落ち果て”は数を増やし魔物も数を増している。エルフたちは魔法を駆使し迎え撃つが魔石まで攻撃が届かない。この場を放棄、撤退を考えているとその場にそぐわない陽気な声が聞こえてきた。
「やぁ皆さん!!お困りのようですね!」
エルフたちが振り返ると暗闇の中から二人の男が姿を現した。
「あんたは!昼に土の中に埋めるように頼んできた変なやつ!」
指差された男の一人は軽く会釈する。
「その節はありがとうございました。おかげさまで元気です。改めて自己紹介などさせていただきますね。私は“ドラキー・グリザイユ”こうもりの半獣人です」
「ボクは“狼牙”。オオカミの半獣人」
「え?その生っ白いヒョロガリも獣人だったのか?」
「言いましたよ?」
「いや、ひ弱過ぎて信じてなかった。それにどう見ても獣の要素がなかったし」
「我々“半”獣人は特定の条件下でなければ普通の人間と変わらないですからね、ですが今私たち二人はその条件下にいます!」
二人が月明かりの下に出てくる。ドラキーは耳が逆立ちこうもりのような羽が生え牙も鋭く尖った。狼牙は人型を残したまま体全体が白い毛で覆われた姿になった。エルフたちはその変化に驚いた。
「私ドラキーは『夜になる』で、狼牙は『月明かりの下に出る』が条件なのです」
「だ、だが変身したからと言って“落ち果て”を倒せるとは限らんだろう?」
「四、五人でやっと一体倒せるかってところなんだぞ!?」
まだ不安がっているエルフたちがその不安を言葉にしてぶつけてくる。ドラキーはキザっぽく人差し指を振りながらエルフたちの前に出る。
「まぁ見ていてください」
「おい!」
エルフの一人が止めようとしたがそれを狼牙を止める。
「とりあえず任せてみてください。あとこれを皆さんつけてください」
そう言ってその場の全員に耳栓を渡す。エルフたちは怪訝な顔をしながらも耳栓をつける。全員がつけたのを確認してそれをドラキーに伝える。ドラキーは頷き“落ち果て”の方を向きそして大きく息を吸い込み大きく口を開け口から超音波を発した。超音波は“落ち果て”に届いたが特に変化はなく向かってくる。
「何やってんだあいつ?」
「やっぱり無理だ!」
しびれを切らし動こうとした瞬間、先頭の“落ち果て”が動きを止めると急に崩れ落ちた。それを皮切りに次々に“落ち果て”が崩れ落ちる。
「何が起こってるんだ?」
一通り“落ち果て”を倒した倒したドラキーが喉の調子を整えながら説明する。
「“共振”というものを利用したんです。“落ち果て”の魔石は魔力の結晶、つまり形ある物体です。そしてあらゆる物体には“共振周波数”というものがありましてね、その周波数と同じ周波数の音波をぶつければ割れてしまうというわけです。すごいでしょ?フフン」
ドヤ顔をするドラキー。あれだけ苦労していた“落ち果て”を一瞬で倒したのはすごいと思いつつもどこか素直に誉められないエルフたち、するとドラキーの背後に犬の魔物が牙を剥いて飛びかかってきた。エルフたちは気づいていたが「“落ち果て”を倒したのだから大丈夫だろう」と見ていると犬の魔物がドラキーに噛みついた。
「あだーだだだだだだ!!?」
すぐに反撃するのかと思いきや為すすべなく襲われるドラキー、「そろそろ反撃するのか?」とただただ見守るエルフたち、だがドラキーは反撃せず噛まれまくっている。「さすがにおかしいぞ?」とエルフたちが思い始めた時、急にドラキーを襲っていた魔物が細切れになった。
「!!?!?」
立て続けに予想を越えた事が起こりすぎて理解とリアクションが追い付かないエルフたち。いつの間にか剣を抜いた狼牙がドラキーのマントをつかんでいた。
「全く、油断するなっていつも言っているでしょう」
「いや、すぐに助けろよ!なに少し食われるのを眺めてんの!?」
「…ドヤ顔がムカついたので」
「なにおぅ!?」
「!!お前ら危ないぞ!」
ドラキーと狼牙が喧嘩している隙をつき別の魔物が5匹飛びかかってきた。しかしまたもや一瞬のうちに細切れになった。狼牙の持つ剣を見てみると少し魔物の血がついていた。
狼牙の獣技は“神速”。文字通りとてつもない速さで動く事ができ、本人には時間が止まったように見えるほどだ。なので当然常人には見えない。
「な、なにが起こっているんだ?」
エルフたちはけんかしながら魔物と“落ち果て”を倒していく二人の半獣人を驚きの顔でただただ眺めるしかなかった。
すると急に空で爆発が起こった。
「な、なんだ!?」
「空から攻撃されたのか!?」
エルフたちが騒ぎだすが、ドラキーと狼牙はその正体がわかっていた。
「大丈夫ですよ。あれはうちの団員の仕業です」
村の中央部、フェニーとネムが巨大な魔法陣を展開していた。
「あぅぐぅ…爆発の威力が強すぎんなぁ」
「調整する」
ネムが魔法陣の一部を書き換える。その様子を周りにいるエルフが感心して見ていた。
「ここまでの魔法陣を一瞬で描くなんてすごいです!」
「せやろ?」
誉められて一瞬気を緩めるとまた上空で大きな爆発が起こる。
「あふぅぅ」
「…気を抜くな」
「ご、ごめん」
謝り魔法に集中する。二人が展開している魔法陣は“迎撃魔法”、魔法の膜のようなものを広範囲に展開し膜に触れた敵を爆破魔法で攻撃するという魔法だ。展開にはかなりの魔力を必要とするため普通は10人以上のウィズが集まる必要があるのだが、フェニーとネムはその必要はなかった。
魔法を使う時、ウィズもエルフも体の中の魔力を使うのだが、一度に外に出せる魔力の量には上限がある。これは魔力の欠乏による致命傷を防ぐために脳が無意識に実行している制御装置だ。しかしハーフエルフにはこの制御装置がなく魔法を使う時意識しないと際限なく魔力を出してしまう。そのため本来人数がいる魔法も少人数でできるというわけだ。だが、細かいところまで調整ができず先程のように爆破魔法の威力が大きすぎ余計に魔力を消費してしまったりする。そこはネムがフォローすることでなんとか魔法が使えているというわけだ。
しかし二人の予想以上に魔物の数が多くどんどん魔力が削られていく。ネムもハーフエルフなので一つの調整に必要以上の魔力を使ってしまう。しかも一つの調整に精神力もかなり必要になるので疲労が溜まるスピードが早く、魔力の大量消費も合わさって意識が朦朧とし始める。
(このままじゃもたない…)
ふらつき倒れそうになるネムを村のエルフが力強く支える。
「大丈夫!?」
「うん…少し魔力を使いすぎたかもしれないけど…大丈夫…」
支えてくれているエルフの肩を借りながら立とうとするネム、だがよほど魔力を消費したのか足元がおぼつかない。それを見かねた肩を貸してくれたエルフがネムと手を繋いだ。
「!?なにを…?」
「私たちも手伝うわ!」
肩を貸してくれたエルフが魔力を練り始める。それを皮切りに他のエルフたちも加勢する。
「僕も手伝う!」
「私も!」
「この魔方陣の構成はどうなってるの?」
「私たちはフェニーちゃんの魔力の消費を外から調整しましょ!」
次々と魔法が使えるエルフたちが加勢し、魔方陣の書き換えをネムの代わりに行ったり、余計に漏れ出るフェニーの魔力を外側から制御したりと色々フォローしてくれた。膜に触れた敵に対する爆発の威力もずいぶんと抑えられた。
「ありがとう、大分楽になったわ」
「どういたしまして…て、あなたこんな負荷が大きい魔法をたった二人で維持するつもりだったの!?」
加勢に入ったエルフたちが魔方陣維持のエネルギーの大きさにびっくりする。
「うーん、いつもこういうわけじゃないんやけど、今の仲間ができるまではずっと三人やったから少人数でやることが当たり前になっとったかな?」
「無茶苦茶ね」
「それが当たり前やったから」
昔を思い出し少し寂しそうな笑顔を浮かべるフェニー。その背中を一人のエルフがバシンと叩く。
「いったぁ!?」
「昔はどうだったか知らないけど、今はちゃんと私たちを頼りなさいね!!」
「…うん、ありがとうな」
今まで安住の地を求めてたくさんのエルフの住む土地を巡ってきた。しかしその全てでハーフエルフであるフェニーとネムは拒絶され続けてきた。
(ここはええ村やな…ホンマ)
第三騎士団以外で初めて自分たちを認めてくれる場所が見つかった。そのことがフェニーとネムの心を勇気づけた。
「なんか力沸いてきたわ!なぁネム!」
「…あぁ!」
心の底から不思議な力が沸き上がってくるのを感じフェニーとネムは再び立ち上がった。