異変
オーネストとエミューリアの二人はデートと称した散歩を楽しんでいた。だがオーネストは、横を歩く笑顔のエミューリアの内にある笑顔とは真逆の感情を感じていた。
「エミューリア王女、もしかして怒ってますか?」
「オーネスト?」
オーネストの顔を見るエミューリア。その笑顔の奥には確かな苛立ちのようなものがあった。
「二人の時は敬語、ダメって前に言ったでしょ?」
「しかし、馬車の中ならともかく外は…いひゃい!」
突然オーネストのほっぺをつまみ捻るエミューリア痛がるオーネストを笑顔で見ながらもう一度、
「敬語はだめよ?」
「わ、わかりひゃひた…いでで!!わかっひやわかっひゃ!」
ようやく敬語をやめたようなのでほっぺから手を離す。オーネストは痛むほっぺを擦りながらもう一度同じ質問をする。
「で?なにか怒ってるの?」
「…」
敬語をやめたのにまだ不服そうな顔をしているエミューリア。笑顔をやめ少しすねたような表情をする。
「あのエレビアって子に手料理とか作ってもらってるんだ?」
「え?なんでそう思うの?」
「さっきあのエレビアって子の料理を誉めてたじゃない」
よく聞いてるなぁ、とオーネストは感心した。
「第三騎士団は同じ寮に住んでるからね、あの夜だっておにぎりを作ってきてくれたでしょ?」
「…ずるい」
「え?」
「ずるい!ずるい!私だってまことさん…オーネストに手料理を食べてもらいたい!」
「いやいや、なに言い出すの?君は王族でしかも継承権4位だよ?対して僕は騎士団長とはいえ平民なんだ」
「それが?」
「王女が平民に料理するなんて許されないって話だよ」
「むぅ~!」
痛いところをつかれたと唸るエミューリア。
「法律のことは知ってる。王族と平民の結婚が認められていないのも」
「…じゃあ」
「それでも私は諦めないよ!」
決意を込めた眼差しでオーネストを睨み付ける。
「法律がなんだ!そんなものは変えればいい!!」
「それ王族が言っちゃダメな気がするよ!?」
とんでもない発言に動揺するオーネスト。エミューリアは深呼吸して気持ちを整えた。
「…ねぇ、オーネスト私といるのは嫌?」
「きゅ、急にどうしたの?」
「私はあなたと一緒にいたいって思ってる」
真っ直ぐに真剣に、ストレートすぎる気持ちがオーネストに向けられる。
「桜が綺麗な公園で出会った時も、生まれ変わってもまた見つけてくれた時も私とっても嬉しかった!この世界に転生してからも、どれだけ忘れようとしてもまことさんのことが心から消えなかった!」
エミューリアの気持ちが高ぶり、言葉も叫ぶように口から溢れる。
「私はあなたが好き!この気持ちは変わらない!変えられない!!」
つかみかかってきそうな勢いでまくしたてるエミューリア、オーネストは圧倒されるばかりだった。
「でも、僕には婚約者が…」
無意識に耳たぶを触りだすオーネスト。ここまで気持ちをぶつけてもまだ足りない、そう思ったエミューリアは質問を変える。
「じゃあオーネスト、私の事は好き?嫌い?それだけ聞かせて?」
「…えっと」
「私は好きよ、前世のあなたも今のあなたも同じくらいね」
真っ直ぐにただ真っ直ぐに嘘をつかずに直球で気持ちを想いをぶつけるエミューリア。一方オーネストは嘘偽りで固めた自分の気持ちを恥じて苦しんでいた。しかしそれでも答えを変えることはできない。
「嫌いでは…ないよ、どちらかと言えば好きだけど、それは自分の主、上司としての好きであって、前世のような気持ちにはなれないよ」
「そう…わかったわ…」
今のままじゃあなたの“本当の気持ち”を聞けないことが
エミューリアはビシッとオーネストを指差した。その表情はあの夜と違い挑戦的に燃えている。
「なら、私は絶対にあなたを振り向かせて見せる!」
「えぇ!?」
思わぬ展開に声が裏返るオーネスト。
「いや、だから僕には婚約者が…」
「婚約者がいたとしても!オーネストには私の方を向いてもらうわ!」
「エミューリア…」
力強いエミューリアの言葉に何も言えなくなるオーネスト。エミューリアの方は言いたいことをハッキリ言って、恋の宣戦布告もできたのですっきりした顔をしている。
「さ!アルクィナのところに戻るわよ!」
オーネストに背を向け先に歩いていくエミューリア。その背中がいつもより広く、そして強く見えたオーネスト。その背中に手を伸ばそうとしたがすぐに引っ込める。エミューリアに聞こえないように、自分にしっかり言い聞かせるように囁いた。
「…僕も君が好きだよ…法律を犯してでも、異世界でもまた君と一緒にいれたらと思ってる…君も同じ気持ちでいてくれていることもわかってる…でも」
はるか先を行くエミューリアを見て苦しげに顔を歪める。
「君の願いを聞き入れることが本当に君のためになるのか?僕は君を幸せにできるのか?そんなことばかり考えてしまうんだ」
前世で君を守れなかったから…
オーネストの頭に前世の記憶がまるで呪いのようにまとわりつく。初めて出会った時に見た桜、付き合い始めた時の微妙な気恥ずかしさ、プロポーズした時の弾けるような笑顔、そして目の前で撥ね飛ばされた瞬間…
「ぐっ、…うぐっ」
かなり鮮明に頭にその時の情景が浮かび吐き気に襲われるオーネスト。なんとか飲み込みふらつきながら立ち上がる。
「仮に僕たちが運命の恋人同士だったとしても…一緒になるのが必ずしも正しいとは限らないと思ってしまう」
また同じ過ちだけは繰り返してはならない、絶対に!そのエミューリアに対する強い想いがオーネストとエミューリアの心の距離を広げていた。
アルクィナの家に戻るとアルクィナがエミューリアを抱き締めていた。
「むぉー!寂しかったぞ~エミィたん!」
「ちょっ、痛いってアルクィナ!」
「一時間も離れとったんじゃあ!寂しくもなるわぁ!」
「たった一時間でしょうが!ていうか私がいなかった約一ヶ月はどうしてたのよ!」
「一日一枚エミィたんの似顔絵を描いてまぎらわしていた」
「さっき描いてもらった似顔絵がやけにうまいと思ったらそんな理由があったのか!!」
「…」
元気に戯れる二人を見ていると幾分か心が軽くなった。とりあえず今はソーレ王子に賜った任務を完遂することに集中することにした。
オーネストが二人を引き剥がそうとするとアルクィナはものすごく抵抗した。引き剥がされまいとオーネストの顔を思い切り掴んできた。
「あいだだだだだ!ちょっ、離してください!そして離れてください!」
「嫌じゃ!邪魔するな!!」
「落ち着いて二人とも!!」
こんな感じに三人でもみくちゃしていると急にアルクィナが二人を離した。
「わぁ!?」
「きゃっ!?」
二人は勢い余って転んでしまった。アルクィナを見ると空を見上げ驚愕と焦りが混ざった表情をしていた。
「これは…どういうことじゃ?」
何が起こったかわからない、といった様子をしていた。オーネストとエミューリアはアルクィナの様子に妙な胸騒ぎを感じた。
「どうしたんですか?村長?」
アルクィナが二人に理由を言うよりも先にそこに走ってくる人影があった。
「アルクィナ様~!!」
「大変ですー!」
ルディとシルヴィが息を切らせて走ってくる。その顔は青ざめていた。三人の近くまで来ると息を整え“大変なこと”を伝えようとした。しかしそれよりも先にアルクィナがその内容を言った。
「結界が壊れたのじゃな?」
「え!?」
オーネストとエミューリアはお互いに顔を見合せ、ルディとシルヴィは何度も首肯した。
「そうです!そうです!」
「いつも通り見張りをしていたら“バリーン”って音がして」
「ガラスが砕けるみたいになくなったんです!!」
身ぶり手振りを交えて説明するルディとシルヴィ、二人の慌てようから今起こっていることがどれ程の事態かが伺い知れる。オーネストはいくつか気になることがあった。
「アルクィナ様、結界がなくなったら森の魔素が入ってくるのですか?」
「いや、魔素をこの場に入れない魔法は別のものじゃ、必要な土地に魔法陣を描き外の魔素と反応させることで無害にしておる。まぁ、半永久的に自動発動できるようにしておるぞ」
「それってつまり『永久機関魔法』…?」
エミューリアは目眩を感じた。永久機関魔法とはアルクィナの説明通り、特定の条件を満たすことで半永久的に動き続けることができる魔法だ。王都でも理論はあるが成功した者はいないそうだ。
エミューリアはもっと聞きたそうだったが、今はそんな場合ではないので我慢した。オーネストはもう一つの質問をぶつける。
「では、森にいる魔物や“落ち果て”は?」
アルクィナは苦い顔をしながらオーネストが思った通りの答えを返す。
「そいつらは入ってくる。くそ!対処を急がねば」
と、そこへ第三騎士団のヴォルフと朧月が同じく異変を察知しやってきた。
「団長!なんかやべぇぞ!!」
「団長殿!」
オーネストはすでに次に取るべき行動を考えていた。
「アルクィナ様、結界の再構築にはどれくらい必要ですか!?」
「む、一時しのぎの応急結界なら20分位じゃ」
「よし、朧月!この村の結界が何故か破壊された!原因は不明だ。魔物や“落ち果て”が襲来してくるだろう、今ちょうど騎士団は村中に散らばっている。応急処置には20分ほどかかる!お前はすぐに村中の団員にこの事を伝達しろ!その際、二人一組を作り戦うように指示もしてくれ!」
「は!」
朧月はその場から消えるように行動を開始した。それと入れ違いにエレビアがオーネストの元に到着した。
「団長、結界が…」
「わかってる、今対応中だ。しかし、ナイスタイミングだ。僕とエレビア、ヴォルフは村の門に向かう」
「団長も感じておられるのですか?」
「あぁ、“大きな気配”が門のところに近づいてる」
「それだけじゃねぇ、村の周りが囲まれてるぜ」
鼻をひくつかせながら辺りを鋭く見渡す。
「多分“落ち果て”の臭いだ。かなりの数がいるぞ」
「群れを作っていたというのは本当じゃったか…」
「団長、ここの守りはどうしましょうか?」
「妾の事なら気にするでない、ルディとシルヴィもおるから大丈夫じゃ」
ルディとシルヴィはアルクィナの服をぎゅっと握り頷いた。その場はルディとシルヴィに任せることにしオーネストはエレビア、ヴォルフと三人で門に向かおうとしたが、オーネストの腕をエミューリアが掴んだ。
「ちょっ、エミューリア王女!?」
「私も行く」
「は?いや、ダメにきまってるでしょ!」
「私も“神に祝福されし者”よ、魔法を使えるし体術だって」
「命を失うかもしれないんですよ!?そんなところに連れていけません!!」
「そうです!エミューリア王女!私も反対です」
「足手まといにしかならねぇだろ!」
「エミィたん、妾もこやつらと同感じゃ」
全員が止めようとするがエミューリアは譲らない。
「私は誰かに守られる王女じゃなくて誰かを守る王女になりたいの!」
この言葉を聞いたオーネストの脳裏にさつきが自分をかばった瞬間の映像が浮かぶ。
(君は変わらないんだね)
オーネストは決心した。
「連れていこう」
「あぁ!?何いってんだ団長!」
「そうですよ!危険です!!」
二人が猛反対するが、オーネストは譲らない。
「王女の性格を考えてみろ、やると言ったらやってしまう人だ。もしこのまま置いていったら確実に一人で行動する」
さつきだった時もそうだった。やると決めたら止まらない人だ。
「それなら、目の届く範囲にいてくれた方がいいだろう?」
エレビアとヴォルフはまずエミューリアを見て、オーネストを見て、最後にアルクィナを見る。アルクィナはため息をついた。
「悔しいが団長さんの言う通りじゃの、この子はそうするじゃろう、まぁ、そこも可愛いんじゃがな?」
「というわけで私も行くわよ!“立場を考えろ”って言葉はもう受け付けないから!」
「はぁ…エレビア、ヴォルフ必ずお守りするぞ」
「り、りょうかいです」
「チッ、わかったよ」
エミューリアのやる気に若干の不安を感じつつ、四人は門のところへ急いだ。
森の中、エルフの村ウィズダムが見渡せる高い木の上に“落ち果て”を操るフードの男がいた。
「さっきは数が少ないからダメだったんだな」
木の下ではたくさんの“落ち果て”が蠢きウィズダムへ向かっている。
「この森のほとんどのあの気持ち悪いのをあの村に向かわせればさすがに対処しきれないだろう。そんで、あいつがピンチに陥ったところですかさず俺が助けに入り救いだす!そうすりゃ絶対俺に惚れる!!」
何を想像しているのかフードに隠れた顔がいやらしい笑顔になる。
「まあ、その過程で何人か死ぬだろうが…些細な犠牲だわなぁ!?ぎゃははははははぁ!!」
あまりにも自分本意な悪意が大きな驚異となってオーネストたちを飲み込もうとしていた。