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栄護士りぼん 異世界大豆生活  作者: 多胡真白
第2話 ゼロから始まるFラン生活
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女神様の診察室

 あの日の夜、わたしはバイト先の居酒屋チェーン店で、ピークタイムの真っ最中に前のめりに倒れました。ビールグラスが割れる音、お客様の悲鳴、バイト仲間がわたしの名前を必死に叫ぶ声、店長が電話口で救急車を呼ぶ声…急速に遠のく意識の中、6番テーブルの注文をキッチンに知らせなきゃと思ったのを覚えています。

「高橋りぼんさん」

 はっと目が覚めて顔を上げると、そこは病院の待合室でした。

(そうだ…わたしはバイト中に倒れて…)

 診察室の前で看護士さんがわたしを呼んでいます。慌てて診察室に入りました。

「高橋りぼんさんですね。こんにちは」

「こ、こんにちは…」

 優しい目をした女性の先生でした。先生の微笑みにほっと安心して緊張がほぐれました。

「高橋さん、倒れたときの状況は覚えていますか?」

「いえ、あまり…。しゃがんで注文を聞いてから立ったらめまいがして、目の前が真っ暗になって立っていられなくなりました」

「原因に心当たりはありますか?」

「うーん…働き過ぎとまでは言えないし…すいません、身に覚えがないです」

「ダウト」

「はい?」

 先生は手元のカルテを見て、わたしに問いを続けました。…今度は目が笑ってません。

「調査によれば、あなたは夏休みに入ると毎日昼過ぎまで惰眠を貪り、ミタネ屋を見ながら遅い昼食に大盛りのカップ焼きそばを食べてますね?」

「はい」

「夕方から居酒屋でアルバイトに精を出し、夕食は賄いで唐揚げを頬張り、家に帰ると地酒の比満自慢(ひまじまん)を飲みながらつまみにビーフジャーキーを一袋まるっと開けますね?」

「…はい」

 先生の剣幕にわたしは怖くなって、自分でだんだん背中が丸くなっていくのがわかりました。

「夜食に豚骨カップ麺をスープまで啜り、深夜までインターネットでウィンドウショッピングをしながらコーラをお供にポテトチップスを平らげ、コンビニに行ってハーケンダッツの新作アイスを物色してから寝るのが生活習慣になっていましたね?」

「…はい」

「これが何を意味するのか、あなたならわかりますね?」

「…カロリー過多、糖質過多、脂質過多、…塩分…過多」

「成人女性の一日あたりの塩分摂取量の目標値は何gですか?」

「7g…です」

「あなたの一日あたりの塩分摂取量は何gですか?」

「カップ焼きそば大盛り7.6g、唐揚げ味噌汁コールスローサラダ1g+1.5g+1.2g=3.7g、ビール0g、ビーフジャーキー容量40g x 塩分0.5g=2g、豚骨カップ麺7.4g、コーラ0g、ポテトチップス1g、アイス0.1g、締めて21.8g…です」

「塩分を摂り過ぎると体にどのような影響がありますか?」

 遂にわたしは、椅子から崩れ落ちてリノリウムの床に両手両膝をつきました。

「高・血・圧…」

「そうです。あなたは塩分の過剰摂取による高血圧が引き起こした脳貧血で倒れたのです。あなたは平均的な日本人の体質でアルコールに弱く、深夜の飲酒も高血圧を促進させました。おまけに運動不足ときています。この生活を続けると若くして生活習慣病になり、糖尿病や狭心症、心筋梗塞、くも膜下出血、脳梗塞の発症リスクが増大します」

 塩分の取り過ぎについては頭ではわかっていましたが、いざ自分が患者の立場になってみるとぞっとしました。

「さて」

 先生は椅子から立ち上がり、わたしを頭上から見下ろしました。

「高橋りぼんさん。あなたは今もアルバイト先の床で倒れています」

「…はい?」

「ここはあなたの世界でないどこか。あなたが倒れた時点で世界の時間は止まっています」

 この人は何を言っているんでしょう。でも、先生の顔は極めて真剣です。

「元の世界に戻れば救急車で病院に運ばれ、点滴を受けたのちに医者から猛烈な叱責を受け、緊急事態に駆けつけた両親からも涙ながらに怒鳴られて超凹みます。血圧が安定するまで半年間の減塩生活に突入し、塩分は1日6g未満、油ものは禁止、ノンアルコールビールも禁止、間食も禁止です。カップ焼きそばなど、もってのほか」

「ええ…わたしは何を楽しみに生きていけば…」

 健康診断に引っかかった無趣味の中年男性のような情けない声が出てしまいました。

「一度だけ、チャンスを与えましょう。あなたはこれから見知らぬ世界で目を覚まします。その世界で、あなたなりのやり方で一人でも多くの人を健康にしなさい。もちろん、あなた自身もです。さすれば、あなたの血圧を下げて帰してあげましょう。

 ハンデを埋めるために、わたしからのささやかな贈り物を用意してあります。活用してください。

 それでは、ごきげんよう。また会うその日を楽しみにしています」

 そしてわたしは森の中で目覚め、アンジェリカと出会いました。思い出してみれば、女神像はあの先生にそっくりです。まさか、わたしは恐れ多くもこの世界の女神様とお話ししたのでしょうか…。でも、そう考えると辻褄が合います。


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