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栄護士りぼん 異世界大豆生活  作者: 多胡真白
第2話 ゼロから始まるFラン生活
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明るく元気なハローワーク

 体力のないひ弱なわたしがぜえぜえ言いながらやっとたどり着いた先は、テレビや小説で誰かしらどこかしらで見たような、何となく想像つける石造りの街でした。

 門をくぐるとすぐ右手に焼きりんごの屋台があり、きつめのシナモンの香りがお腹を直撃します。アンジェリカによれば、フロレンスはりんごが特産品だそうです。黄金色に輝くとろけたりんごの串焼きに目を奪われていると、先を行くアンジェリカに叱られました。

「あとにしなさい。それと、よだれを拭きなさい。だらしないわよ」

「は、はい」

 なんかもう、完全にアンジェリカの立場が上です。

 それにしても、すれ違う人、人が外国人らしき人ばかりです。日本生まれ日本育ちかもしれないので断定はできませんが、この街そのものが映画の撮影所だと考えると不思議でもありません。きょろきょろと行き交う人々を観察していたら、またもアンジェリカに早く歩きなさいと叱られました。

 ギルドは大通りに面したシンプルでそつのないデザインの建物でした。聞きなじみのないギルドという場所に初めて足を踏み入れたわたしは、市場とも酒場とも違う不思議な活気に目を見張りました。思い思いのファッションに身を包んだ老若男女のグループが一堂に集い、幅10メートルはありそうな掲示板の前で熱意も露わに拳を握る姿があちこちに見られます。ロビーの中央にある掲示板には所狭しと書類が貼られ、何かを決意したグループはメンバーの誰かが書類を剥ぎ取り、受付に持ち込みます。ギルドの入口兼出口は、期待に胸を膨らませたグループと意気揚々と出て行くグループがひっきりなしに入れ替わります。道中アンジェリカに聞いた話だとギルドは仕事を斡旋する施設だそうで、実際に目の当たりにした第一印象は「明るく元気なハローワーク」でした。

 一直線に受付に向かうアンジェリカについて行くと、そこで見たのは、受付と言えばこれ!といった感じの綺麗な女性でした。

 つやつやした黒髪、切れ長で色っぽい目、長いまつげ。それでいて雰囲気は柔らかく、どことなく日本人に近くて親近感が湧きました。絶対顔で選ばれてますね、これは。

 彼女はアンジェリカに気づくと親しそうに声をかけました。

「あらアンジェリカ、お帰りなさい。怪我はなかった?」

「子供扱いしないでよ、アオイ。わたしがヘマするわけないでしょ」

 アオイ…?顔も日本人ぽければ名前も日本人ぽいです。

「でも、もう子供とは言わせないわよ。こいつを仕留めてやったんだからね」

 アンジェリカがあの兎の角をテーブルに置くと、アオイさんの顔がさっと青ざめました。

「まさか…これが目的だったの?」

「ええそうよ。引き受けさせてくれないから、勝手に駆除してきたわ」

 今度はみるみるうちに赤くなりました。忙しない人です。

「たった一人で危ないでしょ!何かあったらどうするの!」

 アオイさんの大声と迫力に、ロビーが静まり返りました。しかしアンジェリカは一歩も引かずに言い返します。

「落ち着きなさいよ。たかがオオウサギ一匹、たいしたことなかったわ。こうして無事に戻ったんだからいいじゃない」

 あれ?仕留めたのも怪我がなかったのも運がよかっただけで、しかも空腹で倒れてましたよね。

「たいしたことないはずないでしょう!何人も大怪我してるからCランクに上げたクエストなのよ?しかも薬草集めに行くだけだから安全だと嘘までついて!」

「結果よければすべてよし。ほら、あなたたちは散った散った」

 アオイさんの剣幕に動じず、アンジェリカは平然として、しっしっと野次馬を払います。

「あとで支部長に厳重注意してもらいます。当然、ペナルティを覚悟しておきなさい」

「はいはい。それでアオイ、森で彼女と会ったんだけど、この街の住人か調べてもらえる?」

 アンジェリカとアオイさんの視線がわたしに注がれます。わたしの化けの皮を剥がそうとするアンジェリカのにやついた顔が憎いです。

「ど、どうも…」

「森で迷ったらしいの。商人にも冒険者にも見えないし、地元の人間なら無計画に森に入らないでしょ。うさんくさいと思わない?」

 アオイさんは腕を組み、手のひらを頬に当ててわたしを凝視します。その姿はとても絵になっていて、学生時代はカースト上位層だったんだろうなと思わせます。わたしとはずっと縁のなかった人種です。

「もしかして、日本人?」

「え?そうですけど…」

「ほんと?嬉しいわ、日本人と会うのは数年振り。初めまして、小日向葵です。葵と呼んでね」

 差し出された手を恐る恐る握ります。見た目通りの細くて綺麗な指でした。お母様、人生はときに残酷です。

 ところで、数年振りとはどういうことでしょうか…。特定地域型鎖国ってありなんですか。

 隣のアンジェリカが心底驚いた顔をしていました。

「あなたたち、同郷だったの?」

「ええ、わたしも彼女もニホンという国の出身なの。彼女の身元はわたしが保証するわ」

「そう。アオイが言うなら信じるわ。運がよかったわね」

 飢え死にしかけたところを助けてあげたのにえらい違いです。

「それで、あなたのお名前を教えて頂けるかしら?」

 うっ…。一瞬まごついたら、すかさずアンジェリカが答えました。

「リボン。タカハシ・リボンだそうよ」

「あ、あらそう…。かわいらしくて素敵な名前ね、漢字もきっとかわいいわよね!」

「いえ、ひらがなで『りぼん』が正解です…。今から就活が楽しみで、はは、あはは…」

 うう、葵さんの声のトーンがだだ下がりです。お互いに乾いた笑いしか出てきませんでした。


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