本物の野菜ってやつを食わせてやるよ
ここの野菜には野性味があります。現代の野菜は洗練されて甘く、こちらと比べると格段に美味しいのは間違いありません。ここの野菜は現代と同じ種類でも雑味が強く、くせもあります。しかし、それが現代の野菜にない美味しさにつながっているとわたしは思います。だからこそアンジェリカの偏食もわかる気がします。
「あら、意外と美味しい。ダイズも食べやすいじゃない」
「『意外と』は余計だ。でもよかった」
大豆に限らず豆料理は苦手な人が多いので不安でしたが、アンジェリカの偏食から逃れられたようでほっとしました。できればにんじんも食べて欲しいと、しっかり入れておきました。
嬉しいことに、オリバーくんは一生懸命にスプーンを口に運んでいました。フランツさんがナプキンでオリバーくんの口や手元を拭いているのを見て、自然と頬がほころびます、こちらも受け入れてくれたようで何よりです。じーんと来ました。
アンジェリカはかぶをすくい上げて見つめ、呆れたように言いました。
「りぼん、あなた本当に不器用なのね。野菜の切り方がばらばらじゃない。見た目も不細工だし、一口で食べられるぎりぎりの大きさよ。それに皮も剥いてない」
「これは『ごろごろ野菜』というれっきとした切り方ですぅ。野菜の栄養は皮にも隠れてるんですぅ。これが本物の野菜の味ってやつですぅ」
「あーあ、アオイの料理は繊細で美しかったのに、あなたときたら。同郷なのにこうも違うなんて、少しでも期待したわたしがバカだったわ。一日でもいいからアオイがうちに戻ってきてくれないかしら」
「ちょっと待って。葵さんってアンジェリカの家にいたの?」
「ええ、去年までね。三年前だったかしら、アオイはうちの会社の取引先の納品責任者としてフロレンスに来たの。これまでの責任者と違う交渉と事務の強さにお父様が感心して引き抜いたのよ。アオイもあなたと同じで身元不明だったけど、お父様は遠い親戚ということにして身元保証人になったわ。アオイは秘書としてしばらくうちに住み込みで働いてから、伯父様たっての要望で去年にギルドの総務に就いたのよ。お父様も伯父様もアオイの能力を高く評価してるわ。あなたも見習いなさい」
葵さん…身一つでこの世界に放り込まれたのに、実力者にヘッドハントさせるほど仕事ができるとは…。デキる女のオーラは伊達じゃありませんでした。
ん?葵さんはなぜこの世界に来たのでしょう?今度聞いてみますか。
予想通りと言いますか、アンジェリカのお皿にはしっかりとにんじんが残りました。
「一つでいいから食べてみない?」
「嫌よ」
被せるような即答です。
「先っちょだけでいいから。ね?」
「嫌よ」
取りつく島もありません。無理に勧めて意固地になられても困りますから諦めます。
デザートはりんごです。二人とも焼きりんごが好きなのはわかっていたので、頻繁に出しても大丈夫でしょう。ただ、一人でりんご半分は少し多かったようです。アンジェリカは半分(1/4です)残しました。
初めての夕食にしては上々でした。ごろごろ野菜でも食べてもらえましたし、全粒粉のパンにも特別不満はなさそうでした。何よりスープの具としての大豆が受け入れられたのは大きいです。
食事を終えて食器を片づけようとしたら、ブラウンさんに止められました。食事をご馳走になった上に、お客さんにそこまでさせられませんと言われ、素直にお任せです。
テーブルの食器を熱心にキッチンに運ぶオリバーくんがかわいいです。本当にお父さんの役に立ちたいんですね。仲のいい親子で、ここに来てよかったと思いました。
オリバーくんがキッチンで食器を水桶につけて洗い始めたタイミングで、ブラウンさんが小声で言いました。
「りぼんさんにご相談があるのですが、少しお時間をいただけますでしょうか」
アンジェリカは、話が済んだら部屋にお湯とティーセットを持ってきてと、こちらも見ずに言って部屋を出ていきました。
はて、何の相談でしょう?




