グリモア・アンジュルム
「それで?あなたたちは散歩?」
「市場を見回って食材をチェックしてたの。あ、そうだ。塩や調味料の量を計れる器具が欲しいんだけど、何か知らない?」
「そこら中にスプーンがあるじゃない。何か問題あるの?」
「普通のスプーンだとモノによって大きながまちまちでしょ?正確に量れないと料理の味付けが変わっちゃうのよ」
「正確に量りたいなら天秤にかけるのが一番ね。天秤で量れる最低の重さは100コール銀貨1枚よ」
うーん…。銀貨1枚の重さがグラム単位でわからなければ、小さじ1杯5gが量れません。
どうしよう…と頭を抱えると、突然頭が覚醒して、銀貨1枚のグラム数がわかりました。100コール銀貨1枚8gです。ということは、100コール銀貨5枚が40gになるので、8杯で釣り合うスプーンが小さじになります。
「どうしたの?猫がデコピンされたような目をしてるわよ」
「あ、うん…。8杯で5枚の銀貨と釣り合うスプーンを作ればよさそう」
「んん?根拠のわからない数字ね…。まあいいけど」
「…僕が作る」
「え?」
「僕がスプーンを作る。うちに天秤があるから大丈夫」
「あ、ありがとう。でもオリバーくん、お父さんのお手伝いで忙しいんじゃない?無理しないでいいよ?」
「本人がやりたいって言ってるんだからやらせとけばいいじゃない。簡単な計算もできないあなたが作るより、はるかにまともなスプーンを作ってくれるわよ」
お前はいちいち一言多いんだよ、とは言えない本当に不器用なわたし。素直にオリバーくんに任せましょう。
ブルーベル荘に戻ると、わたしの顔を見たブラウンさんが焦って言いました。なんと、食品成分表が光ったと言うのです。また?と本を確認すると、この世界の様々な物の長さや重さが書かれたページが追加されていました。
もしかして、さっき頭にピーンと来た数字はこれですか…?
「その本がどうかしたの?」
本が光って新しい知識が増えたこと、大豆を植えたときにも光ったことをアンジェリカに説明します。
「ふーん、成長する本ねえ…」
アンジェリカはまったく動じません。
「お、驚かないの?」
「珍しくないわよ。魔法がかかっている道具なら変化するものも多いし。
あ、そうだ。魔術書に見せかけたらどうかしら?曲がりなりにも伯父様直々に新しい職種を与えられたなら、その名誉にふさわしい身なりにしておきなさい」
なるほど、一理あります。どこの誰ともわからないわたしを信頼してくれた支部長さんの品位を落とさないためにも、アンジェリカの意見を受け入れました。
「でも、魔術書に見せかけろと言われても、何をしたらいいのかわからないよ」
「そうね…。仰々しい絵が描かれたカバーをして、適当な名前をつければいいでしょ。中身はりぼんしか読めないからごまかせるわ」
と言われても、やっぱりわかりません。
「適当な画家に描かせればいいわ。名前は…そうね、『アンジュルム』でどうかしら。隣の国の言葉で『天使の涙』よ。どう?素敵でしょう?」
アンジェリカはドヤ顔で胸を張りました。天使の涙…よくもまあぬけぬけと自分の名前を使ったものです。でも、アンジェリカが気に入ってつけた名前なら、今後の付き合いのハードルが下がるかもしれません。ここは下手に出といてやります。
こうして、わたしの食品成分表はうさんくさい魔術書にされたのでした。