想い出の焼きりんご
お金なら、支部長さんから当座の費用としていただいた金銀貨がありました。この街の貨幣と物価は現代日本に近く、金貨が日本円にして1000円から10000円、銀貨が100円から500円、銅貨が1円から50円のようです。硬貨に描かれた模様によって金額が変わってきます。たぶん女神様がわたしの経済感覚をこの街に合わせてくれたのだと思います。ちなみに通貨単位はコールです。
焼きりんごの串は1本で200コール。2本で400コールを支払って、少しでも大きそうな1本をオリバーくんに渡しました。わたしたちは広場の噴水に移動して縁に座って一息つきました。
シナモンがほどよくかかった焼きりんごの匂いが疲れを癒します。一口かじれば、温かくてとろけたりんごの甘みが体中に広がりました。特産品だけあってリーズナブルに食べられるのが最高です。また食べよう。そうしよう。
「ん〜、美味しいね」
オリバーくんはこくんとうなずきました。
「オリバーくんはよく食べるの?」
一瞬迷ったあと、ふるふると首を振りました。あれ、本当はあまり好きじゃないのかな?わたしに気を使ってる?
「…お母さんが…好きだった…」
『だった』って…過去形?…やっべ、地雷を踏んだか?
「そ、そう。甘くて美味しいもんね」
「お母さん…僕がここに座って焼きりんごを食べてる間にどっか行っちゃった」
…やばいよやばいよ。オリバーくん沈んできちゃったよ。
「お母さんが屋台で焼きりんごを買ってたとき、隣の男の人と何か話してた…。お父さんが僕を迎えに来て、お母さんが帰ってこないって言ったら、用事を済ませたら帰ってくるよって言ったけど、まだ帰ってこない…」
もう限界です。強引に方向を変えました。
「オ、オリバーくんはお父さんのお手伝いをして偉いねえ。お姉ちゃん、今日はほんと助かっちゃった」
「お父さん、お母さんがいなくなってからすごく忙しくなって毎日疲れてるから…」
重い話なのに、不覚にもきゅん死するかと思いました。偉いなあ…。塩分過多で死にかけたどこぞの女に爪の垢を煎じて飲ませたいです。
しかしそこで気づきましたが、オリバーくんの背中が丸まっているのは、彼が疲れているせいだけではなさそうです。腕と足がほっそりと痩せていて、栄養状態の悪さが見てとれます。街で見かける子供の多くも痩せ型でしたが、オリバーくんは元々の体も丈夫でないのだと思います。
「あら、あなたたちも休憩?」
この子にも何かしてあげられないかな…と考えていたら、アンジェリカが焼きりんごの串を手にして立っていました。よいしょ、と少々ババくさい声をかけてオリバーの隣に座りました。
「不本意だけど、りぼんはわたしの部屋で一緒に住むしかなくなったわ。こういうときの伯父様は強情で困るのよ」
「伯父様?」
「あなたも会ったでしょ?ギルドの支部長よ。わたしの父の兄、つまり伯父なの。何かと言うとわたしのクエストの邪魔をするんだから」
「なるほど、だからアンジェリカに付けと。でも、アンジェリカとルームシェアか…。めんどくさそうだなあ」
「こっちこそ静かな生活が台無しよ。ま、家賃ゼロと世話係に免じて譲ってあげるわ、メ・イ・ド・さん」
ああ言えばこう言う。今からめんどくさいガキです。まさかメイド服を着させられたりしないでしょうね…。