食品成分表[増訂版]
「アンジェリカさんが戻るまで、街を見回って来てはいかがですか?よろしければ荷物をお預かりしますよ」
ブラウンさんの提案を受けてバッグを渡そうとすると、手が差し出されるより早くオリバーくんがバッグをひったくりました。あ、と思う間もなく、オリバーくんはテーブルの椅子に足を引っかけて転んでしまいました。
「オリバー、お客様のお荷物に何てことをするんだ。申し訳ありません、息子が粗相を致しまして」
「いえ、いいんです。たいしたものは入ってませんから…」
バッグの中身が床にばらまかれました。
「お姉ちゃん、これなに?」
大豆の袋と食品成分表を拾い上げました。これで三回目の説明をしました。
「へえ、畑の肉ですか…」
「あ、そうだ。近くに空いてる畑はありませんか?大豆を育ててみようと思いまして」
「それでしたら、うちの隣にある畑を使ってください。何度も野菜の栽培を試していますが、どうも私の育て方が下手で…。すぐに枯らしてしまうんです」
というわけで、街に出る前に大豆を植えることにしました。ブラウンさんに案内された畑は、畑と言うよりは家庭菜園や花壇を思わせる広さでした。触れてみると土は柔らかく、周囲に雑草一つありません。ブラウンさんは野菜をすぐに枯らせてしまうとおっしゃいましたが、丁寧に管理されているのがわかります。
しかし、ここで大事なことに気づきました。大豆ってどう育てればいいんだろう…。
ちょうどオリバーくんがわたしの食品成分表を胸に抱えて持ってきました。
「あら、どうしたの?」
「ぱーって光ったの。ぱーって」
オリバーくんは腕を大きく伸ばして説明してくれました。
食品成分表が光った?何を言っているのかわかりませんが、オリバーくんの顔は真面目です。疑問に思いつつぱらぱらとめくってみると、本の終わりにページが増えていました。
増えたページの見出しは「大豆の育て方」です。…食品成分表だよね?ですが、今まさに欲しかった情報です。
食品成分表が成長した…?
唐突に女神様の発言が思い起こされました。これも女神様の贈り物なのかもしれません。…園芸情報とは地味過ぎます。
まあいいです。気を取り直して読みましょう。えーと、なになに…?
大豆の土壌は酸性などの悪条件でなければだいたい平気…。
大豆は土壌から大量の窒素を吸収して育ち、窒素は根粒菌という細菌が生成する…。
ただし、ヨーロッパの土壌には根粒菌が存在しないので大豆は育たない…と。
…あれ?このヨーロッパっぽい世界に根粒菌は存在するのでしょうか?
まさか女神様の勘違いってことないでしょうね。もし根粒菌が存在しない場合、植えた種が全滅したら人生詰みます。なんとしてでも血圧を下げてもらわないと減塩生活に突入です。
ひとまず1/3だけ試してみて様子を見ることにしました。オリバーくんにも手伝ってもらって種まき完了です。