栄護士りぼん爆誕
支部長さんは続けます。
「りぼん君はうちのギルドの職種について説明を受けたかい?」
「一応葵さんから聞きましたが、すみません、あまり理解できてないです」
「構わないよ。ギルドに所属する冒険者は、必ず何かしらの職種に就くんだ。クエストによっては職種に制限があるし、パーティーを組む際のメンバー選びの参考にもなる。
職種は大きく分けて二つある。一つは武器や魔法で戦う戦闘系。魔物の討伐を担当する花形の職種だな。言ってみれば、1を0にする仕事だ。魔物の脅威を減らす、もしくは無くして安全を確保する。
もう一つは支援系。魔法や道具で前線を補佐する職種だ。メンバーの力を増強したり、傷や毒を治療する。1を2に伸ばす仕事、もしくは0に近づいた1を元に戻す仕事と言える。
これらの仕事には共通する前提条件がある。何だと思うかね?クリス君」
「いえ、皆目見当がつきません」
「おいおい、考える素ぶりくらい見せても罰は当たらんぞ?」
「支部長のもったいぶりにもいささか飽きましたので。どうぞお続けください」
「つれないねえ。正解は『1が1であること』だ。体調不良、怪我、病気などでパフォーマンスの出せない人間は想定していない。つまり、万全のコンディションで仕事に臨め、ということだな」
「至極当然ではないでしょうか?冒険者たるもの、体調管理ができなければ勤まりません」
「正論だ。だがね、人間、自分にはどうしても甘くなるものだ。焼きたてのバゲットを持ち帰る途中でついつい平らげてしまう朝もあれば、記憶が飛ぶまで飲みたい夜もある。
結果の見えにくい食事の選択は特に甘くなる。誰だって美味い飯が食いたいし、美味い飯ほど体に悪いときてるのに、だ。健康的な食事とは素人が思うほど簡単ではない。栄養バランスを考えて、などと口で言うのはたやすいが、実際には確証のない単なる勘と、因果関係の怪しい経験則に頼らざるを得ない。私も含めて、皆、健康になった『つもり』でいるのさ」
支部長さんはケーキをフォークで半分に切って、大口を開けて一口で食べました。もう半分も一口で食べ、コーヒーもぐいとあおって飲み干しました。
「そこで当ギルドでは、本日より新しい職種を設立する。仕事内容は栄養管理による冒険者の生活の援護、その名も『栄護士』である。りぼん君には栄護士の第一号になってもらいたい。安心したまえ、拒否権は一切ないぞ」
支部長さんの目が鋭くギラつきます。とんだ圧迫面接です。
「む、無理ですよ。たかが学生のわたしにそんな大それた仕事できるはずがありません」
「何もいきなり冒険者全員の面倒をみろとは言わんし、たった一人でやらせんよ。君にはまず、ある少女の冒険者の世話を頼みたい。この街に来て間もない君でも知っている人物だ」
「…アンジェリカ…ですか?」
「ああ。君も彼女に会ったならわかるだろう。痩せ気味で体力もなく、少食の上に偏食なんだ。肉も苦手で口にできない。まったく困ったお嬢さんだ」
クリスさんから紙を受け取った支部長さんは、胸の内ポケットから取り出した万年筆をさらさらと流れるように動かし、封筒に入れてわたしに差し出しました。
「この通りの先にブルーベルという下宿屋がある。この手紙を主人に渡してくれ。君の当面の生活費をこちらで負担する旨が書いてある。今日は疲れただろうからゆっくり休むといい」
わたしが手紙を受け取ると、支部長さんは深く頭を下げられました。
「彼女を、太らせてくれ」
支部長さんとクリスさんが席を立ってから、わたしはぱさついてしまったケーキをしばらく突っつき回していました。
(大変な仕事を押しつけられちゃったなあ…)
ため息が出ました。少食で、肉は食べられないし、小生意気ときてます。不特定多数より特定の一人のほうがずっと難しそうです。
ケーキをコーヒーで一気に流し込んで、もう一度ため息をつきました。