7 存在
「賢者に会いに行く………… まさか、戦うつもりか!」
俺の叫びを聞いて純狐が反応する。
「そう、賢者に戦いを挑むわ」
「あなた……… 自分が何を言っているのか分かっているの!?」
霊夢まで叫び出す。
「分かっているとも。だからこそ、あなたたちの協力を取り付けたい」
純狐が話す。
「地上は既に戦乱の渦にまみれている。そんなところで協力を願っても無視される。しかも、地上の妖怪達は本当に願いを叶えてくれると思っているわ」
「………分かったわよ。協力する」
俺が思うに、この異変の首謀者は紫だけではない。
霊夢の言う通り、一人でここまで大掛かりな異変を起こす理由が無いからだ。
それに純狐は「賢者」と言った。
俺が知る限り、「賢者」と名乗る人物は二人。
一人目が紫。
そして、二人目が______
摩多羅だ。
俺の脳裏に摩多羅の言葉が甦ってくる。
_____この幻想郷を創った「賢者」の一人でもある
つまり、摩多羅は賢者だ。
そして、同じ賢者である紫の計画を知っている筈だ。
霊夢から聞く限り、幻想郷の賢者は幻想郷の維持が行動の一つであるらしい。
つまり、紫達は幻想郷を崩壊させるような事は望んでいない筈だ。それは、紫が今回の異変を起こす事はそれに反した行動であるのだ。
賢者の立場を放棄したか、それとも_____
そうか、考え方が間違っている。
「異変を起こす理由」ではない。異変を起こす事は、幻想郷の治安を乱している。つまり、考え方は_____
「異変を起こさなければならない理由」だ。
異変を起こせば幻想郷の治安は乱れる。それを犯してまで異変を起こす理由。
幻想郷の維持に関わるような事があるとすれば、それは賢者達は放っておけないはず。
つまり、何らかの行動を起こす筈だ。
その行動が、「異変」だということになる。
賢者達の行動理念が仮に「幻想郷の維持」であれば、幻想郷を維持するために異変を起こした事になる。
では異変で何を食い止めようとしたのか?
残念だが、もう分からない。俺の脳ミソではここら辺が精一杯だ。
恐らく、純狐は既にこの段階まで見通していたのだろう。だからこそ、賢者達と「対話」そして最悪の場合は「戦闘」を行うことにしたのだ。
「ねえ、辰。どうするの?」
霊夢が話し掛けてくる。
さて、どうするか。
出来れば、俺の恩人である摩多羅とは戦いたくないが、そうも言っていられない。賢者達の意図を知るためにも、いつかは摩多羅と戦う日が来る筈だ。
「俺、行くよ。協力する」
「それは良かったわ。さあ、準備をしましょう」
純狐が微笑んでくる。
どこか摩多羅のようなオーラを感じる。
長い時を過ごしていると自然にこうなるのであろうか。
暫くの間立ち尽くしていた俺に純狐が話し掛けてくる。
「とても純粋な力……… そうだ、後でまたここに来ると良いわ」
一体何を言っているのであろうか。
俺はよくわからなかった。
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来るべき日に備えて準備を進める。
武器の手入れからルート確認まで。
俺たちの戦力は霊夢によると、俺、霊夢、純狐、永琳、永琳の部下二人であるらしい。たった六人の戦力で勝てるのであろうか。永琳によると、地上に残っている仲間もいるらしく、現時点ではこうなってしまうそうだ。
賢者に会う方法は、一つだけ。
賢者達の支配する空間に直接突入することだ。
摩多羅の場合は後戸の国といった具合にその空間へ直接行くことになる。
俺は後戸の国へと赴くことになった。
やはり、俺と摩多羅は因縁でもあるのだろうか。結局対立する運命にあるらしい。
俺には永琳が着いてきてくれるらしい。残りはと言うと、霊夢と純狐は紫の元へ、永琳の部下達は地上や月を守ってくれるらしい。
実質的に賢者と戦う勢力は四人しか居ない。
こんなので大丈夫なのだろうか。霊夢は摩多羅に勝ったらしいが、摩多羅曰く本気ではないとの事なので、俺が勝てるかどうか怪しい所だ。
今回は完全な殺し合いだ。弾幕ではない。これまで霊夢と模擬戦をしてきた甲斐があった。俺は、殺し合いでなら霊夢を上回っている。
それに、俺にはこの刀がある。
そう思いながら、俺は手に握る刀を撫でた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「来たぞ! 居るんだろう純狐」
準備作業の終了後、俺はまたホールに来ていた。
純狐に呼ばれたのだが、ホールには純狐の姿は見えない。
高さ20メートル程の天井には、ガラスと思わしきものが嵌められている。ガラスからは外の空が見えるが、ここに入る前の事と言い、どうやら外からは見えないようだ。
「ここにいる」
突如目の前に純狐が現れた。
初めて会った時と同じく、空を見上げている。
「私にも故郷はある」
「ここからも、それが見える」
そういいながら純狐は空に指を指した。
その先は、一つの星。地球のような、そうでないような…………
もっとも、俺は写真でも地球本来の姿を見たことがないので、分からないのだが。
「私は霊に近い存在………… 憎しみによってのみ存在するもの」
「なら、お前の本質はなんだ? 純粋な力の源泉は何だ?」
俺の力の本質か…………
正直、俺でも分からない。教えてもらって初めて使えた力もあるし、俺の力とは最早何の事かわからなくなってきた。
「そうか、分からないか」
「私は憎しみによって存在する」
「遥かな昔、もう微かにしか覚えては居ないが…………」
「私が彼女に憎しみを抱いたのは、我が子を殺されたときの事だった」
「それから、私はその憎しみで生きている」
純狐の頬を微かな涙が伝う。
昔の事を思い出しているのだろうか。
「だが、既に私の憎しみをぶつける相手はいない」
「都が爆破された今、彼女が生きているはずはないのだから」
「都から逃げ出せば私に殺される。都にいれば爆発に巻き込まれる」
「どちらを取っても、もう彼女は生きていないのだ」
「これで私の憎しみは行き場を失った」
「これまで彼女への憎しみで生きていた。ならこれから、誰を憎んで生きれば良いのだろうか」
憎しみ…………
純狐は憎しみの存在であると同時に、その力も憎しみなのか………
「何も、誰かを憎めば良いってものでじゃない」
「憎むよりも、他の何かをすれば良いだろう」
俺の問いかけに純狐はしばらく答えなかった。
暫く沈黙が続いていた。
「もう私は憎しみ以外に自分を保つ方法はない。今すぐにでも消滅してしまうかもしれない」
「残りは後一年もない………… そう兎が教えてくれた」
「自分の力が尽きれば、私も消滅する。それまでに、やりたいことはある」
なら、何を?
俺は更に問い掛けた。
「私の存在理念が無くなった以上、私にはやることも無くなった」
「なら私は、短い余生をせめて皆と共に生きようと思う」
「お前も協力してくれるのだろう?」
俺は頷いた。
「そうか、協力してくれるか」
「賢者の意図はなんにせよ、このままでは世界は崩壊する」
「地上は穢れに満ち、月までもが穢れに染まるだろう」
「別世界や、地獄までも………」
「私の友人に約束したのだ。私が消滅する前に、世界の崩壊を止めると………」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なんであの男を気に入ったの? 別に協力してあげる事もないじゃない」
「…………辰からかつての夫の面影を感じてな」
「気のせいじゃないの」
「そうだろうな………… 何度かこのような感触は抱いてきた」
「だが、今回は何かが違う………… 辰がどのような存在であれ私は協力することにした」
「私の未練はもう一つしか無いのだから…………」