6 月の基地
「見つかった?」
「いや、いない」
「困ったわね………… これ、本当に全滅しているかも」
月の都で生存者を探しているが、一向に見つからない。
辺りからは音すら聞こえなくなっている。
「なあ、霊夢。これ、何かが爆発したように見えるぞ」
「えっ………? 言われてみれば、そうね」
地面の瓦礫が綺麗に円を描いている。
しかも、それだけではない。肌が焼き付くような痛み、ピリピリするような痛みを先程から感じている。
これが爆発だとすれば、もしかして核爆発かも知れない。この痛みの原因が放射線になるのだから。だが、この幻想郷にそんな物が有るのであろうか。見たところ余り化学は発達していないように見えるし、どちらかというと幻想郷はファンタジー寄りの世界だ。
「まさかね……… そんな筈は」
「どうかしたか? 霊夢」
「いいえ……… 行きましょう」
俺と霊夢は更に都を進んだ。
「そろそろ、"静かの海"ね」
「静かの海? 月には海は無いだろう」
「地名だけよ」
「それよりも、静かの海なら生存者が居るかもしれない」
「私の知人が居るの、あそこに」
霊夢の知人か………
霊夢の知人と言えば、ろくなものが思い付かない。俺の知っている範囲では、紫位だろう。しかし、今はその紫が異変の首謀者。既に月の都は襲撃されているし、地上でも戦乱の渦が巻き起こっているだろう。
それにしても、「願いを叶える」か。霊夢いわく、「紫にそんな力はない」との事だが、それで皆が騙されるなら如何に高名な人物であったかが伺える。
「静かの海はもうすぐよ。辰、気を付けて。ここには妖精も居るわ」
ごつごつとした岩肌が見えてくる。月の都とは違い、岩で構成された無骨な大地だ。
霊夢は気を付けてと言っていたが、霊夢の言う「妖精」なるものが出てくる気配は全くない。いつもなら出てくるのであろうか。
「変ね……… いつもならここも、妖精が大量にいるはずよ」
「月の都が襲われたから逃げた?」
「いいえ。月の都が襲われでもしたら、それに乗じて月の都を追い討ちするに決まってるわ。だから、逃げてるのではないのよ」
「では一体何が起こっている? それにしても、霊夢の知人は月の都と敵対しているのか」
「敵対してるわよ。だけど、私が休戦条約を結ばせたからね。襲っては来ないはずよ」
「もし、あっちの拠点が襲われでもしたら、妖精たちも逃げるでしょう」
そうか…………
つまり、既にその知人の拠点は襲撃されていることになる。そして、それは同時にその知人が死んでいる可能性もある事と同義である。
「あいつは滅多な事じゃ死なないわよ。それに、霊みたいな物だし」
「そうなのか」
幻想郷には霊も居るんだな。人間、神、妖怪と来ていたが、霊も居たか。
「あれ? あれは………」
「何か見えたか?」
霊夢が指差す先には小さな扉が見えている。
「ちょっと、入ってみましょう」
扉の中に入る。コンクリートのような壁で作られ、天井には灯りが灯されている。
「止まれ!」
まさか、敵の基地だったのか!?
「貴方達は一体? 敵なら容赦はしない」
「永琳なの? 待って。敵じゃないわ」
まさか、霊夢の知人か?
振り向くと、弓を持った女性が立っている。霊夢の言葉によると、永琳だったか。
「霊夢? 一体何で………」
「こっちが聞きたいわよ、永琳」
「取り敢えず、来なさい」
永琳に連れられて通路の奥の方へ行く。
突き当たりを曲がり、部屋の中へ入る。
「少し、待ってて」
永琳が出ていく。
「なあ、霊夢。彼女は?」
「永琳よ。元月の住民ね」
「じゃあ、彼女もここに逃げてきたのか?」
「そうみたいね…………」
やがて、永琳が戻ってくる。
「お待たせ。あら、そっちの人は?」
「ああ、彼? 辰よ」
「外の人間………… 丁度良い参考人ね」
「いや、俺は何も知らないんだが…………」
「あら、そうなの。残念ね」
「永琳、彼の戦闘能力は保証するわ。私と同等よ」
「へえ、霊夢と同等…………」
暫く考え込んでから、永琳は言葉を出した。
「取り敢えず、来て」
「またなの?」
「まあ、いいから」
永琳に連れられてさらに奥の通路を進む。
やがて、大きく開けた場所に出た。
「客人?」
ホールのガラスから空を見ていた女が口を開く。
「純狐? 何であなたが」
「さて、話そうではないか」
「丁度、外の人間の居るようだ」
純狐と呼ばれた女が振り替える。
そのまま、辺りを歩きながら話を始めた。
「あの賢者の言葉を聞いていた」
「そして、その36分後、爆発が起こった」
「クラウンピースに見に行かせたところ、月の都が壊滅していた」
「そこで私達は、丁度こちらに来ていた永琳達と共にここに隠れた訳だ」
「で、何で永琳達がここに?」
霊夢が割り込んで話す。
「その事については私から説明しましょう」
「私達の戦力は、最早無いに等しい。だから、私達は月に逃げてきました」
「昔のよしみで亡命を許してくれるかと思いましたが、その前に都が壊滅してしまった為に、こちらへ逃げてきました」
なるほど。
理にかなった判断と言える。
確かに、元都の住民であれば月に逃げていくのもおかしくない。
しかし、霊夢によると、永琳は月との縁はもう無かったのではないか?
恐らくだが、最初からこの基地に来るつもりで、都に寄ろうとしたのは状況確認などの為だろう。勿論、亡命を取り付けに来たのかもしれないが。
それにしても、この純狐という女は凄いな。時間まで正確に把握している。
ただ、それにしては早すぎる。俺達は最速でここまで逃げて一時間は掛かった。俺の飛ぶ速さが遅いのも問題だろうが………
「さて、我々はこの異変について、無駄だと思っています」
「そうね。外の人間を殺しても何の得もないはずよ」
「我々は、エネルギーを集めていると推測しました」
永琳が言う。
やはり、霊夢と同じ意見か。
「私もそう思っていたわ。意図的に虐殺を起こし、解放された生命エネルギーを使用する……… どう?」
「悪くない考えだ。しかし、それはもう明らかだ」
「何故なの? 純狐」
「私達の戦力は無いに等しいと言いました。私達の傘下にある異世界の民は全て滅ぼされました。しかしそれは今日ではなく昨日。まだ賢者による開戦が行われていないとき」
「これまで、私達はただの反抗勢力によるものだと思っていました。異世界の民は滅ぼせても私達は滅ぼせない。だから私達との戦闘を避けたのだとこれまで思っていました」
「ですが、今日の話でそれが仕組まれたものだと気付きました。我々は大量の戦力を保持していた。だから意図的に殺されたのだと」
「命のエネルギーを集めるなら、いつでも良いのですから」
永琳が話す。
もしかして、これは意図的に起こされた計画的な"異変"なのだろうか。
それに、不自然な時間帯。俺達が襲われたのは話が終わった十分後。月の都が爆破されたのは36分後。
月の都の戦力は危険らしいが、そんなに急いで滅ぼす必要もない筈だ。
それに、いくら霊夢が強くても所詮は人間。俺と同じレベルなのだ。つまり、意図的に差し向けられた物だったのか。
「我々はこの異変に疑問を持っている」
「だから直接賢者に会いに行くのだ」