5 異変発生
「シッ!」
「はあっ!」
金属音が鳴り響く。
「中々よ辰」
「いや、霊夢ほどじゃない」
今は模擬戦の最中だ。
霊夢に「本当の戦闘を学びなさい」と言われ、試しに模擬戦を行っていた訳である。
両者ただの鉄棒で打ち合っていたが、俺は何度か折らしてしまった。
「さて、そろそろ昼御飯よ」
「ああ、もうそんな時間か」
一通りの模擬戦を終えて食事を取る。
「いつになったら辰の能力は発現するのかしら」
「もう6日目だしなぁ」
本当に、いつになったら発現するのか。
摩多羅は「今発現してもおかしくない」と言っていたが、本当だろうか。
実際、摩多羅や霊夢は幻想郷の住人で、あまり外の世界の人間とは関わりがない筈だ。霊夢も俺と会ったのが初めてだと言っていたし、良くは知らないのかもしれない。
「さて、そろそろ行くわよ」
「行くって、何処に」
「何言ってるの? まだ模擬戦は続けるわよ」
「まじかぁ」
食事を終え再び外に出る。
「さあ、もう一度よ!」
「分かった。だが、本当にこれでいいのか?」
手に握られた刀を見ながら言う。次は実剣でやるらしい。
霊夢いわく、怪我は殆ど大丈夫だとのこと。
なんでも、有能な医者が幻想郷には居るらしい。
「変だな………空が暗い」
「そうね。天気雨かしら」
空が暗くなっている。それだけの事だったので、俺達は模擬戦を始めようとした。
とその時、異変は起こった。
「幻想郷の民よ、聞こえるか」
空から聞こえる声。
俺の知る誰よりも異質だ。
まるで、ボイスチェンジャーに掛けたような声だ。
「私は八雲紫」
空から聞こえる声は辺りに響いている。
それにしても、八雲紫………
誰だ?
「皆のものよ、今こそ殲滅の時だ」
「他の勢力を潰し、浄化するのだ」
「さあ、今こそ異世界の民を殲滅せよ!」
「貢献したものには願いを叶えてやろう!」
馬鹿な…………
こんなもの、戦争じゃないか。
願いを叶える? そんなもの、人々を煽り戦乱を加速させる物としか思えない。
「霊夢?」
「そ、そんな………」
霊夢の方を見ると、明らかに青ざめている。
「辰。こっちへ来て」
霊夢が神社の中へ駆け込んで手招いてくる。
「おい、一体何を………」
「静かに!」
霊夢が箪笥をずらし始める。
すると、中からは扉が出てきたではないか。
「入って」
霊夢が中に入り、俺も続く。
そこは、通路だった。いつにこんな物を作っていたのだろうか。
そんな事を思っていると霊夢は箪笥を戻して扉を閉める。そのまま鍵でロックした。
「これで大丈夫よ。さあ、行きましょう」
霊夢が通路を進み始める。
俺は霊夢の後ろ姿を追いかけた。
「………もう来たわ」
「来たって、何が?」
「敵よ。私達を殺しに来たのだわ」
すると霊夢は右手を振った。
すると、背後から爆発音。まさか、神社が爆発したのか?
「なあ、今のは?」
「神社を倒壊させた。これで時間を稼ぐわ」
そうか…………
さっきの話が本当なら、逃げなくてはいけない。
「信じられない。紫がこんな事を起こすなんて」
「俺は誰か知らないけどな」
「そうね。簡単に言うと、賢者よ」
通路を進みながら話す。
「霊夢はこれが本当だと思うか?」
「少なくとも、願いは叶えないと思うわ。紫にそんな力は無いもの。けれど、それ以外は…………」
「では、目的は?」
俺が聞くと、霊夢は一瞬考える素振りをした。
「そうね。考えられるとしたら、エネルギー集めね」
「エネルギー?」
「そう、エネルギー。紫は外の世界の人間を殺せと言っていた」
「多分だけど、外の世界の人間を殺してエネルギーを集めて、それで何かをしようとしてるのかしら」
「意図的に虐殺を起こさなければならなかったのでないか?」
「それもそうね。だけど、それなら別に私達幻想郷の住人まで範囲に入れる必要もない」
俺達は唸った。
何が起こっているのかが分からない。
紫と名乗る人物。
なんなんだ、この状況は。
唯一分かるのは、既に俺達は狙われてる事だ。つまり、俺達は非常に危険だ。
「なあ、なんでこんな早く襲われたんだ?」
「そうね。理由としては、戦力が少ないからじゃないかしら」
「私個人なら強大だけど、数で押せば問題ない。そう考えた奴等が居ると思うの」
「そうか。つまり、俺達が全勢力の中で最も狙いやすい訳か」
「そうね。取り敢えず、月へ向かうわ」
「月? なんでそんな所に………」
「月の都の住人は、幻想郷の勢力とは別。それに、頭が良い奴なら、もう意味がない戦争だと気付いているでしょう」
「そうか、ここには月に都が有るのか。御伽の中ばかりだと思っていた」
「さあ、もうすぐよ。取り敢えず、月に付いたら話し合いをするようにしましょう」
「待った。どうやって月に行くんだ?」
「これよ」
いつの間にか通路が途絶えている。そして、そこには謎の裂け目がある。
「これに入って近道で行くわ」
「分かった」
「さあ、飛んで! 全速力で月に向かうわよ!」
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「不気味だな………… ここは一体?」
「夢の世界よ」
「夢、ねえ」
夢の世界か。全く、不思議な物だ。一体、どんな仕組みで動いているのか。
「さあ、出口よ」
出口と言われて裂け目に飛び込む。
そこで真っ先に見えたのは、瓦礫の山だった。
「これが、月の都か? 思ってたのと違うな」
「まさか、もう侵略されたの?」
そうか。幻想郷からも一応行ける筈だった。つまり、既にここの戦力は滅ぼされたのか。
「おかしい………」
「どうかしたか?」
「月の勢力は、こんなに早く攻め落とされる程やわじゃない。どうやって………」
「神がやったとか?」
「あり得ないわ。神でも、こんなに早くには不可能よ」
「それか、世界を支配するような………」
「紫………… 紫が滅ぼしたの?」
「紫、か。確か賢者だったな」
俺達はもう迷ってなどいなかった。
既に俺達は飛んで生存者を探していたのだ。