32 反撃:壱
「行くわよ、私達は奴等に止めをさせない……………」
「摩多羅に止めは任せるわ」
霊夢の言葉を聞いて、摩多羅が小さく頷いた。
「…………………」
木が揺れる音に混ざり、目の前の女の息が聞こえる。
微かではあったが、息の音が聞こえるのだ。
「……………………!!」
霊夢が動こうとした瞬間、女も動いた。
「やっぱり…………… 身体能力がバカみたいに高い」
霊夢が何とか斧の一撃を回避する。
霊夢も薄々気付いてはいた。この女を人間の感覚で見ていてはいけない。
今の斧は、最早目に追える速さではなかった。
霊夢の鍛えられた視力でも、見ることは叶わなかった。
「霊夢、下がってろ!」
魔理沙が霊夢を押し退けるようにして前にでる。
手にミニ八ヶ炉を構え、そこから弾幕を放つ。
「マスタースパーク!」
魔理沙の放ったマスタースパークにより、女は全身を包まれた。
本来、これを受けて立ち上がれる生物はそうそういない。
それこそ、妖怪や神の中でもかなりの力を持たなければ。
しかし、女は軽々と耐えて見せた。
土煙の中から現れた体は、傷一つ負っていなかったのだ。
「隙アリッ!!」
土煙に紛れて接近した妖夢が女に刀を振る。
しかし、有り得ない反応速度でその刀は防がれる。
女の持つ斧の柄が壁となったのだ。
妖夢は困惑していた。
何故、防がれたのか。
目に見える時間は、ゼロに近いのに…………
これを現代の科学者が見れば、一つの答えに辿り着くだろう。
そう、脳まで情報が辿り着くまでの遅延、0.1秒。
妖夢はいくら半分霊だと言えど、半分は人間である。
脳まで情報が辿り着くまでの遅延は存在する。
しかし、相手は人間ではない。
そもそも、生物かすら怪しい。
そんな奴等に遅延はない筈だ。だから簡単に止められてしまう。
霊夢は、空間を把握していると予想した。そして、摩多羅も同じような予想を。
その予想は当たっていた。
空間を直接把握する事で遅延のない動きが実現するのだと。
そして、体の動きにも遅延は存在しないだろう。
「行くぞ!」
摩多羅の叫びと同時に弾幕が放たれる。
異界の神を殺すための、神殺しの槍。
形は竹槍でも、その能力は神殺し。
当たれば人溜まりもない。
「うぉぉぉおおおお」
初めて女が声を出した。
しかし、その声はおぞましく、意識ある者のようには感じなかった。
女の体を槍が貫く。
本来なら致命傷だった。
しかし、これも理不尽ではあるが死にはしていないのだ。
こいつらには致命的な弱点はない。
急所ですら、存在しないのだ。
霊夢の予想では、奴等は人間の姿を模倣しただけであって、急所も関係ない。
そう予想していた。
実際、急所の概念はない。
頭に突き刺さっていようと、心臓が貫かれていようと、関係ないようにこちらに迫ってくる。
「せい」
摩多羅が軽く声を出して槍を放つ。
再び大量に突き刺さる。しかし、女の動きは鈍くすらならない。
不死身……………
霊夢の心の中には一種の畏怖の感情が芽生えていた。まるで蓬莱人。不老不死の禁忌を犯した者。
槍が既に30本は刺さっている。
しかし、全く動きは止まらない。
手に持った斧を振りかざし、こちらに向かってくる様は狂気としか言いようがない。
合間を縫い、魔理沙達も攻撃している。
しかし、勿論攻撃は通らない。
この中で唯一まともに神相手にダメージを与えられるのは摩多羅だけ。その攻撃が効かないのなら、勿論他の攻撃が効く筈がない。
「奴、まさか」
摩多羅が呟いた。
その時、霊夢も摩多羅の考えていたことに気付いた。
これは、人形だ。
精巧に作られた、戦闘人形。
だからこそ、動きは鈍くならない。痛みを感じないのだから。
神でないのだから、神殺しも効く筈がない。
効くのは、少ない攻撃だけ。
ここにアリスが居れば、と魔理沙は思った。
彼女は人形使い、人形相手の戦闘は得意な筈だ。
しかし、アリスはここには居ない。
純狐の攻撃すら効かないのだ。
どのような製法で作られているのか知りたいが、どうせおぞましい方法だろう。
特に、魂を奪うような。
前に摩多羅が使っていた儀式は、元々は異界の神の力。
それを摩多羅が改造し、使用したのだ。
難解な術式を解読し、再構築する。その難易度は、通常の比ではない。通常は、難解ではないのだ。いたって単純である筈だ。
もっとも、今はそんな術式も無い。
それこそ、今自分達に出来る事はこのまま攻撃を当て続けるだけだ。
しかし、それが続けばいつかは倒せる。
人形はエネルギーを使い果たせば崩れ落ちるようになっているのだから。




