1 出会い
「じゃあな」
「行ってくるといい」
「ありがとよ」
摩多羅に礼を告げて扉に入る。
巨大な扉だ。扉の向こうには様々な景色が移り変わっていく。
俺は思いきって扉に飛び込んだ。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!?」
吸い込まれるような感覚。
だんだんと意識が遠のいていく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺が目を覚ましたのは、森の中だった。
周りには木が乱立している。手を加えられていない自然の森のようだ。
「そういや、この刀の切れ味はどうなんだ?」
俺の手に握られている刀。
切れ味を試してみたい。周りには手頃な木が沢山ある。
試すにはもってこいの場所だろう。
「さて、どうしたものか」
刀を鞘から抜いた。
摩多羅曰く、自分の名が彫られているらしい。
柄の部分に「摩多羅」と彫られているが、これであることは間違いない。
如何なる理由があって摩多羅の名前が彫られているのかは知らないが、摩多羅に縁のある俺には丁度良い刀だ。
しかし、この刀はどうやら片手用だ。両手で握るには柄が短すぎる。剣道を習っていたと言えど、剣道は基本的に両手で竹刀を持つ。片手で握る事は滅多にない。
これでは折角の記憶も使えない。
まずは適当に刀を握る。取り敢えず近くの木に振ってみる。
「せいっ!!」
木に刀が打ち付けられる。
それと同時に俺の腕も弾かれる。
どうやら刀身の腹で殴ってしまったようだ。
今も腕が痺れている。
しかし、肝心の刀は傷一つ無い。折れも曲がりもせず、俺の手の中にある。
硬い刀である事は俺にとって申し分ない。剣道を習っていたとしても、実剣を使うのは初めてだし、片手持ちにも慣れていない。
これから失敗を重ねても折れないのだから幾らでも練習できる。
さて、もう一回だ。
今度は刀に意識を向けて集中する。
「はあっ!!」
水平に軌道を描いた刀が木に吸い込まれていくように向かう。
刀が木に打ち付けられた瞬間、「ザシュッ」と音が立った。
その直後、俺の刀は斬った側とは反対方向に駆け抜けていた。
「斬れた、のか………?」
かなり大きな木だった筈だ。しかし今、その木は倒れようとしている。
"俺の方向"に。
「くそっ!」
俺は咄嗟に手を伸ばした。だが、人間の身体では倒れてくる木を支える事は出来ない。木が俺の手に触れれば、瞬時に大量の重量がな掛かって俺は押し潰されてしまう。
俺の人生、早く終わったな…………
そんな事を思ったと同時に、俺の手が倒れる木の幹と接触した。
俺は死を覚悟した。しかし、いつまで経っても痛みは無い。
俺は閉じていた目を開けた。
するとそこには、木を支える俺の腕が有るではないか。
「何故だ………?」
「そうか、摩多羅の加護………」
摩多羅の加護は、俺の身体能力をブーストしたのだろう。
現に、俺は木を支える事が出来ている。
試しに、俺は片手を離してみた。これで支える腕は片手だけ。当然、腕に掛かる重量も増えるはず。
しかし、俺の身体は全く動かない。片手でも十分すぎるほどに支えられているのだ。
「凄いな………」
俺は木を両手で掴んで持ち上げる。
当然のようにできてしまう事が恐ろしい。
そして俺は俺の反対側に木を投げ飛ばした。全く重さを感じなかった。
恐らく、1トンはあったであろう木を軽々と投げ飛ばしてしまったのだ。
多分、摩多羅の加護は全身に及んでいる。
刀を振ったときに慣れていないのに猛烈な速さで振れていたのは腕の力も強化されていたからだろう。
「はっ!!」
別の木に再び刀を振る。
同じように木は倒れていく。こちら側には倒れなかったが、例え倒れていたとしても支えられていただろう。
いつしか俺は斬ることに夢中になっていた。
俺が我を取り戻したのは丁度三十本の木を斬り倒した時だった。
「随分と倒したな………環境破壊のレベルじゃないか」
俺は鞘に刀をしまって歩き始めた。
今、道のような物が見えた。流石に日本の道路程整備されているわけではないが、石で道が形作られている。
近寄ってみると、一本道のようだった。
道の側には看板が立てられている。
「←この先博麗神社」
神社?
つまり、人の建造物か。聞いたこともない神社だが、そもそもこの幻想郷が地球ではない事は明らかだ。
「取り敢えず、行ってみるか」
俺は矢印の方向に歩き始めた。
ここは俺にとっては未開の地。神社であれば人が一人は居るだろうし、ここら辺の道も聞くことが出来る。
やがて階段が見えてきた。神社や寺では長い階段は普通に有るが、この階段はその中でも長い部類に入るだろう。見上げても鳥居がやっと見える程度。
「これを登るのかよ………」
こんなに長い階段ではあまり人は来ないだろうが、果たして人は居るのだろうか。
何分か登ったが、まだ半分だ。
これでは登りきるのに何分掛かるか分からない。
しかも、手すりすら付いていない。足を踏み外したら一気に一番したまで転げ落ちるだろう。身体能力的に俺は疲れないが、それでも大量に時間が掛かる。
そうだ、この身体能力で何とか出来ないか?
足が強化されているなら高速で階段を駆け上がる事も可能なはずだ。
一気に駆け上る。
おお、速い。これまでとは比べ物にならない程速い。
何十秒かで階段を登りきった。
「さて、誰か居ないかな………」
鳥居の先の神社を見る。
おっと、誰か居る。
あれは…………巫女か?
神社の境内を掃除している少女を見付けた。
「ちょっとあんた、良いか?」
俺の呼ぶ声に応じて少女が振り替える。
それにしても摩多羅といいこの少女といい、この世界には美形しかいないのか?
不思議に思えるほど顔立ちが整っている。
「何よ、今掃除しているのよ?」
その次の瞬間、俺の姿を見た少女が飛び付いて来た。
「あ、あなた、外の世界の人間ね!?」
「ああ、そうだが………」
それを聞いた少女が嬉しそうに跳び跳ねる。
「やったわ! これで私も仲間入りよ!」
「えっと、話の意図が読めないのだが」
「何だ、知らないのね」
「知るわけないだろ、今日来たばかりだからな」
俺の言葉を聞いて少女は更に嬉しそうになる。
「なら、ここで暮らして行かない?」
「いや、何故そうなる」
「ううんと…………今、幻想郷に沢山外の世界の人間が来ているわけ。分かる?」
「ああ」
「外の世界の人間は、皆強いのよ。だから皆保護して戦力を高めようと言う訳」
「ああ、分かった。しかし、ここには誰も居ないようだが………」
「あなたが初めてなのよ」
つまり、最初の予想通りここに来る人々は少なかった訳か。
それにしても俺が最初とは…………一体どれだけ寂れているのか。
「戦力を高めて何になるんだ?」
「アピールよ。戦力が高ければ他の行動を抑止出来るもの」
「ちょっと待て、戦争でもしてるのか!?」
「違うわよ。軽く乱闘は起こってるけど、保護すれば一種のステータスになるのよ」
「よくわからんが、つまり威張りたいわけか」
「………そうね」
一瞬黙り混む少女。しかし、直ぐに沈黙は破られた。
「さあ、行きましょ」
そう言って俺の手を掴む少女。そのまま引っ張られるが、突如として少女の動きが止まった。
「ま、まさか」
急に俺の手を離し飛びすさる少女。
そのまま腰に差されている棒を抜いて俺の方に構えた。
「おい、一体何を………」
俺の言葉が終わらない内に少女は俺との間合いを詰めて手に持つ棒で殴りかかってきた。
咄嗟の反応で俺は刀を抜いて棒を防ぐ。見たところ棒は木のようだが、鉄である刀に斬られていない。木のように見えるだけの鉄であろうか。
更に少女の猛攻は続く。
俺はそれを防いで打ち返しているが、それがやっとだ。俺の身体能力に追い付けるだけの速さがこの少女には有るのだろう。
「騙したわね!」
「おい、何を言ってるんだ!」
「問答無用!」
少女の攻撃の激しさが更に激しくなる。
駄目だ、防ぐだけで手一杯だ。攻撃に転ずる事も出来ない。
「おい、さっきから何を言ってるんだ!」
「あなたのその力はここに今日来た人間の力じゃない!」
「しかもその力は"アイツ"の力を感じる!」
「誤解だ!」
「俺は加護を貰っただけの人間だ!」
俺の反論を聞いて少女の攻撃がピタッと止まる。
どうしたのだろうか。
「加護………納得したわ」
「ああ、加護だ」
「どうしてかしらね…………アイツが加護を与えたのは」
"アイツ"とは摩多羅の事だろう。
それにしても、この少女は触っただけで力の本質を見抜く事が出来るのか。
「俺の事を気に入ったと言っていた」
「ふうん………まあ、良いわ。アイツらの手先じゃないだけで良いわよ」
「で、ここに居るの?」
「泊めてくれるなら有り難いが…………」
「じゃあ、決定ね!」
「私は霊夢。ねえ、名前教えて」
「ああ、俺か。辰だ」
「シン、ね。いい名前だわ」
「付けてくれたのは摩多羅だがな」
「…………アイツが名前を付けたのね」
「記憶を失ってたからな」
こうして俺は博麗神社で世話になることになった。
因みに、霊夢と摩多羅の再会はまだ先の話である。