11 奇跡
俺の体は動かない。
何も出来ず、ただ見ているしか出来ない。
「クソ…………」
自分の決意を突き通せないのが何が決意だ。
そんなものは決意じゃない。
「辰よ。見ているがいい」
「何だよ……」
倒れながら摩多羅の方を見る。
「さあ、儀式の始まりだ」
「"世の理よ、人の魂を此処に___"」
詠唱が始まっていく。
しかし、俺は何も出来ない。
刀に手を伸ばす事さえ。
「"理を越えし真の力を"」
「"今此処に"」
摩多羅がそう言った瞬間。
展開されていた方陣が広がり、消えた。
次の瞬間、白い光が現れる。それも、多数。
それらは、摩多羅の手の内に収まり、消えていく。
光が現れなくなった時、摩多羅が口を開いた。
「今、全ての魂がここにある」
「そして私は今完全な力を得た」
もう駄目なようだ。
もう敵わない。
俺が動けたとしても、指すら触れることは出来ないだろう。
「クソ…………」
俺は掠れた声で言った。
俺の力なんか遠く及ばない相手だ。
何でこんな事に…………
「世の理」とやらがそうさせたのか?
そうだろうな。俺は最初からこうなる運命だった、て事だ。
「そんなつまらねえ理なんか認めねえよ………」
圧倒的な力の前に弱者が平伏すのが理なのか?
人を一人も守れないのが理なのか?
そんなのが理だと言うのなら___
「そんな理なんか、ぶち壊してやる」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「まさか、今能力が発現するとは…………」
驚いたように笑う摩多羅を一目睨む。
もう俺は負けない。
いつの間にか、怪我も刀の傷もなくなっていた。
体の底から溢れる力が、俺の体を突き動かしている。
「理」なんかにはもう負けない。たとえそれを越えた力であっても、同じだ。
「さあ、後半戦だ!」
「お前の下らない理想なんか壊して、真の方法でみんなを救って見せる!」
「なるほど……… そう来たか」
「良かろう。しかし、この戦いは茶番に過ぎん」
「精々、足掻いて見せろ___?」
摩多羅が下を見る。
胸に、俺の刀が深々と突き刺さっている。
初めて明らかな焦りを見せた。これまで汗一つ掻かなかった摩多羅の額には、大粒の汗が浮き出ている。
俺は刀を抜いた。
その瞬間、摩多羅が後ずさる。
「何だと…………!?」
摩多羅が言った瞬間、摩多羅の周りから音もなくレーザーが飛来する。
俺は避けることもせずに立っている。
「摩多羅。なんで効いていないか分かるか?」
俺の周りでレーザーが受け止められている。摩多羅の使っていた結界と同種のものだ。
「今、俺は能力の全容を理解した」
「俺の能力、"理を越える程度の能力"をな」
「そうか……… お前もようやく能力を理解したのだな」
「私の負けだ。このまま戦えば、私は死ぬ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「それにしても、一体どうやって私の攻撃を防いだんだい?」
「……………随分と馴れ馴れしくなったもんだな」
「それとも、こちらの方が良いか?」
「…………どっちでも良い」
「なら、立場的にはこの方が良いだろう」
後戸の中央で俺達は座っていた。
実際、座るような地面は無いので椅子に座っている訳だが。
摩多羅の傷はもう既に完治した。このまま戦えば、もしかしたら死んでいたのは俺の方だったかもしれない。
俺は摩多羅の質問に答えた。
「"攻撃"の理を無視しただけだ」
「成る程……… 理を越える事は無視することと同じ、か」
「お前であれば、あの勢力にも立ち向かえるかもしれん」
「あの勢力?」
「そうだな、順を追って説明しよう」
「私達賢者が"それ"の存在に気付いたのは、丁度一ヶ月前だ」
「偶然にも、"それ"と対話した人間がこちらに流れてきた…………」
「その人間からその存在を知った」
「その存在を知った我々が下した結論が、徹底的な抗戦だった」
それにしても、さっきから出てきている"それ"って何だ?
「…………こことは別の世界に居る神々だよ」




