10 秘神
「もうここまで来てしまったか」
「お前の力も侮れなくなってきた」
「そうだろうな。俺が来ること自体が予想外だっただろう」
後戸の中心で俺と摩多羅は向かい合っていた。
何も聞こえない静寂の中、俺達の声だけが響く。
「この異変は何か意味があるんだろ? 何か、重大な」
俺の言葉を聞いて摩多羅が目を見開く。
「もうそこまで知ったか…………」
「確かに、この異変には意味がある」
「異世界の民を殺し、その時放出されるエネルギーを集める」
「そうしなければ、幻想郷は崩壊する」
崩壊…………
確かに、理由としては罷り通る。しかし、それの為に大勢の死人を出す必要はないはずだ………
「力が集まれば、我々は完璧な力を持つことになる。そうすれば、死んだ者達を生き返らせる事など容易い」
そんな馬鹿な…………
人を蘇らせるなど神でなければ出来ないような事じゃないか。
否、摩多羅も神だ。つまり、神でも出来ないような事なのだ。
しかも、いくら蘇らせる事が出来るとは言えそこまでどれだけの苦しみが世界に満ちるか…………
それに、このまま人を殺し続ければ「穢れ」とやらが世界を包み込むらしい。それだけは阻止しなければならない。
「…………悪いな。俺はそれを止めさせて貰う」
「愚かな……… この手段を用いなければ、彼の者達には対抗出来ぬのに」
今、俺の知らない事が出てきた。
しかし、俺はそんな事は気にせず刀を構えた。
「問おう。私達に協力する気はあるか?」
「いいや、無いね!」
「そうか………… 残念だ。お前なら協力してくれると思っていたのに」
「では、お前は始末させて貰おう。我々に仇なす者は、例え加護を与えた者であろうと容赦はせん」
「望むところだ! 掛かってこい、摩多羅!」
俺は叫んだ。
今、最後の戦いが始まる。
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「シッ!!」
容赦なく刀を振るう。
これは遊びじゃない。"殺し合い"だ。
少しでも気を抜けば殺られる。
「無駄だ」
摩多羅が手を翳す。
その途端、見えない壁に阻まれる。
「流石、秘神………… 結界位お手のものか」
「お前では私には勝てん。諦めろ」
「いいや、諦めない!」
俺は更に力を込めた。
「ほう」
やった!
結界の破壊に成功した。
今なら、僅かな隙を突いて摩多羅に攻撃を通すことが出来る筈だ。
「今だ!」
俺は摩多羅の胴を狙って力強く刀を振るった。
隙を突いた筈だが、流石の動きで摩多羅は回避する。
しかし、簡単には避けられない。
俺の刀は摩多羅の左腕を斬り飛ばし、そのまま俺の手元に収まった。
腕が飛ぶ。何も無い空間に、鮮血が飛び散る。
「流石だ。辰。私が見込んだだけはある」
「なら、私もこの力を使わせて貰おう」
何を始める気だ?
俺は咄嗟にそう思っていた。
これまで単純に結界を作り防いでいただけの摩多羅が、今初めて能力を使おうとしている。
「もう結構な数の人間が死んだ。それが何を意味するか分かるか?」
「まさか、エネルギーを___」
俺が言い終わるよりもそれは早かった。
一瞬の内に扉が俺を囲むように出現し、大量のレーザーを発射し始めたのだ。
「ぐっ…………」
完全に避けきったつもりだった。
しかし、俺の足は貫かれた。
弾速が舞のものとは遥かに違う。
それの二倍以上の速さで迫ってくるものを、俺は避けれる筈はなかった。
「刀が…………」
まさかとは思った。しかし、俺の目に写りこんだそれは、現実であった。
刀が傷付いていた。これまでどんな攻撃にも傷ひとつ付かなかった刀が、傷付いていた。
摩多羅の力を痛感した。正直、舐めきっていた。どんな攻撃でも、この刀は傷付かないと、そう信じていた。
「どうだ? これがこの世の理、戒律、法を越えた力だ」
「へっ……… 人の命のエネルギー、か。そりゃあ強いわけだ…………」
しかし、俺の決意は揺るがない。
どんな事があっても、摩多羅だけは倒す。
そう心に決めて永琳と別れた。
「まだだ。まだ終わってない」
「これを見て尚も足掻き続けるか、辰…………」
俺は更に斬りかかった。
痛みなどとうに忘れ、消え去っていた。
もう俺には純粋な闘志が沸き上がっていた。摩多羅を倒す。
それに理由は要らない。俺がそうする、それが理由。
「無駄だと言っただろう?」
更に強化された結界が俺の刀を阻む。
結界に打ち付けられた刀に傷が更に付いていく。
「まだだ!」
俺の刀は更に速くなる。
結界に何度も何度も打ち付けられ、刀は更に傷だらけになる。
「諦めろ。それがお前に出来る最善だ…………」
刀を振るうことに夢中になっていた俺は、気づかなかった。
俺の手を狙って放たれたレーザーに。
「ぐはっ………」
俺の手から刀が滑り落ちた。
もう刀を握ることも叶わないほどボロボロになった俺は地面に突っ伏した。
「…………そこで見ているがいい。この儀式が終わるのを」
摩多羅を中心に円が描かれた。
そこから幾科学的模様が張り巡らされ、ぼんやりと光り出す。
「何をする気だ…………」
俺は小さく呟いた。
「全ての者の魂を奪う禁呪……… これさえ終われば、全てを元通りにした上で幻想郷を救うことができる」
俺は止めようとした。
しかし、俺の体は動かない。
俺自身が憎かった。
霊夢も、純狐も、永琳も。そして、それ以外の者も誰も助けれない俺が。
俺の体は動かなかった。
しかし、禁呪は紡がれていく。




