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東方亜幻空 ~Fantasia of another sky  作者: とも
序章 「天空に座す秘神」
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プロローグ

 

 俺はどこにいるんだ?

 目覚めて最初に発した言葉がそれだった。

 一面何もない宇宙のような空間。所々に扉が浮いていて、扉の先には知らない景色が見える。

 一体ここは何だ?

 再び声を発する。しかし、自分の声は聞こえてこなかった。真空では声が聞こえないと言うが、まさかここは真空なのか?

 いや、それなら息が出来ずにもう死んでいる筈だ。

 では、自分は死んでいるのか? しかし、自分の記憶には事故の記憶も何も無い。死ぬような事は一切無いのだ。しかも、ここに自分の体は有る。手足、胴体まで何一つ不備の無い。

 だが、不思議な事に俺の手には一本の刀が握られていた。確か、俺の実家の倉にあった刀のはずだ。

 錆び一つ無い美しい刀身を眺めて、俺は思った。

 倉の刀はこんなに綺麗じゃない筈だ。もっと錆びだらけの刀で、鍔の部分も半分欠けていた筈だ。

 なのにここに有る刀は俺が見たそれとは別物かと思える程美しい。

 刀の柄部分に何か彫られている。

 「摩多羅」

 何だろうこれは?

 こんな言葉、俺は聞いたことも見たこともない。そう言えば、これが彫られている場所は錆びていたな。

 それにしても柄まで完全に鉄製か。少し鉄とは違う感じがするが、今はそれどころではない。

 この空間といい刀といい、不可解な事ばかりだ。

 ひょっとして、俺は一生このままなのか? 考えると俺の鼓動が早くなるのを感じる。

 そうだ。あの扉に入れば良いのではないか? そう考えた俺は必死にもがいて一番近くの扉に入ろうとした。しかし、俺の体は扉に近付くどころか遠ざかっていく。

 俺は焦った。更に必死になり近付こうともがくがそれが更に力を生み俺の体を扉から遠ざけていく。やがて、俺は動きを止めた。このままもがいていても無意味だと感じたからである。

 少しの時間の後、俺の体は完全に静止した。

 最初の扉からは大きく遠ざかった筈だが、周りには扉が浮かんでいる。良く覚えてはいないが、最初に見た幾つかの扉とは別物のようだ。

 さて、何をしようか。もがくのは無意味だと知った今、俺に出来る事は少ない。

 まず、俺は何でこんな場所に居るんだ?

 記憶をもう一回掘り返してみる。前とは違って、更に奥深くに手を伸ばす。

 確か、俺の名前は…………?

 おかしい。思い出せない。しかも、記憶の一部に靄が掛かったように殆どの記憶がブロックされている。

 最近の記憶も無い。困ったな。これでは、俺がここに来た直前の事も分からないではないか。

 だが、一部の事は思い出せる。俺の家、間取り。俺が勉強してきた知識。しかし、ここまで覚えているのに家族の事や友達の事も分からない。

 記憶喪失か? まあ、それが妥当だろう。こんな空間に来てしまったのだから記憶の一つぐらい失っていても不思議ではない。

 もしかして、夢だろうか。その可能性も否定は出来ない。しかし、頬をつねってみると痛い。信じたくないが、現実なのか。

 完全に手詰まりだ。俺に出来る事はもう無くなってしまった。俺は動きを止めて目を閉じた。

 うん? 少しの力を感じた。

 目を開けて見てみると、自分の体が少しずつではあるが動いている。動いている方向は、この空間の奥のようだ。もっとも、これが奥なのかは分からないが。

 流れに身を任せる。やがて、体の動きが止まった。

 動きが止まったということは、ここが最奥か。周りには扉が円のように浮かんでいる。

 ここは円の中心に近い。恐らく、ここは最奥ではなく中心部なのであろう。

 俺が考えを巡らせていると、突如声が聞こえてきた。


 「ここに客とは珍しいな」


 周りにある扉の一つから人影が見える。やがて、それは姿を現した。

 椅子に座った女。椅子の側面からオーラのような物が出ている。


 「お前は一体どこから?」


 俺は答えようと口を動かすがやはり声は出ない。

 それを見た女は首を傾げた。


 「ふむ…………」


 少しの沈黙の後、女は思い付いたように喋った。

 

 「そうか、お前は幻想郷からは来ていないな?」


 女の質問に俺は首を上下させた。

 まず、俺は幻想郷を知らない。

 

 「珍しいものだ、外からの客人は」

 「どれ、喋れるようにしてやろう」


 女の手が軽く俺の頭を叩く。

 

 「………喋れるのか?」

 「そうとも。私がそうしたからな」


 いつの間にか喋れるようになっている。

 これもこの女の力なのか?

 正直、この女は人間には見えない。神か、悪魔か。どちらとも言えない圧迫感を感じる。


 「私は摩多羅隠岐奈。後戸の神であり障碍の神であり能楽の神であり宿神であり、星神であり幻想郷を創った賢者の一人でもある」

 「じゃあ、摩多羅でいいな」

 「一応神なのだが………(ボソボソ)」

 「何か言ったか?」

 「いや、何も無いぞ」


 さて、どうしたものか。摩多羅には聞きたいことが多い。

 

 「本来なら二童子が客の相手をするが、今日は居ないのでな。話を聞いてやろう」

 「摩多羅。実は俺、記憶を失ってるんだ。戻せないか?」


 ダメ元で頼んでみる。摩多羅は神と名乗っているし出来るだろうが、出来ないかもしれない。


 「ふむ…………やってみよう」


 そう言って俺の頭に触れる摩多羅。

 ちなみに、今も椅子に座ったままである。空中浮遊する椅子なんて、便利だろう。

 

 「一応記憶は戻せた」


 暫く経ってから摩多羅が話し掛けてくる。

 記憶が戻っている。

 俺は、元は剣道を習っていたようだ。そして、倉で刀を握ってから意識を失っている。つまり、この刀が原因か。全く、どういうことか。

 剣道を習っていたお陰で刀を握る手も十分に動く。

 刀を軽く振ってみる。

 空を切る音と共に腕に伝わる感触。すんなりと馴染む感触だ。


 「その刀、見せてみろ」

 「これか? 良いが………」


 言われるままに刀を手渡す。


 「ほう、これは…………」

 「私の名が彫られている。不思議なものだ、人間は殆ど私の名を知らない」

 「そうか、これは摩多羅の名前だったのか」

 「これも一つの縁だ。もう少し付き合ってやろう」

 「どういうことだ?」

 「聞いていれば分かる」


 少しの沈黙の後に摩多羅が言葉を発した。

 

 「………記憶を戻したと言ったが、名前は戻せなかったのだ」

 「名前だけだと?」

 「私の力を持ってしても戻せない記憶………完全に消えているようだ」

 「そうか…………」


 名前だけ消えてしまっているか。家族や友人の事は思い出せるのに自分の事だけ思い出せないか。


 「案ずることはない。名前が無いなら付ければ良いのだ」

 「名を付ける?」

 「そうだ。私が名を付けてやろう」

 「でもそれは………」

 「大丈夫。新たな人生の始まりだ」

 「もう地球には戻れないゆえに幻想郷に行くことになる」

 

 えっ?

 俺はそんなこと聞いてないぞ?

 つまり俺は戻れないのか。結構やり残した事は有るのだがな。まあ、良いだろう。摩多羅の言う通り新たな人生の始まりだ。

 それにしても名を付ける、か。摩多羅が言っていたのはこれの事かもしれない。


 「幻想郷は危険なのか?」 

 「まあまあ危険だな。妖怪もいるし神も幽霊もいる」

 「俺死ぬじゃん」

 「大丈夫だ。私が加護を授けてやろう」

 「よし決めた!」


 いきなり叫ぶ摩多羅を見て驚く俺。

 少し、摩多羅が神かどうか怪しく思えてきた。


 「お前の名は"摩天楼 辰"だ」


 摩天楼 辰か。中々の名前だ。

 摩多羅には感謝しないとな。記憶のみならず力も与えてくれた。


 「さて、もう行くといい。私の後ろの扉に入れば幻想郷に行けるだろう」

 「摩多羅、何で俺にそんなにしてくれるんだ?」

 「私が気に入った人間だからだ」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 「おお、よくぞ来られた」

 「お前が二童子の言っていた人間だな」

 「出てきたわ! お前が異変の首謀者ねー!」

 「異変?」

 「四季が狂っていた事ならそれは暴走した妖精の所為であり」

 「則ち自然現象である」

 「誰の責任でもない」

 「そんな言い訳なんて聞くつもりは無い! 行くよ!」

 「まあ待て」

 「どうせこの後お別れなんだ」

 「もっと話をしても良いじゃないか」

 「私は摩多羅隠岐奈。後戸の神であり障碍の神であり能楽の神であり宿神であり、星神であり幻想郷を創った賢者の一人でもある」

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