始まりは少女の家出(3)
「冷蔵庫にパンとかどういう事なの……」
ㅤ少々疑問を抱きつつも、パンとボトルに水を入れてバックへ。
ㅤそしてリビングのテーブルにあるメモ用紙に、置き手紙を書いて出て行くことにした。 いやぁ、家出でも一応…ね。
ㅤ内容は簡単に『自分の好きなように生きることにします』と。
「よし。これでオーケーね」
ㅤ置き手紙が飛ばされないように上にペン置いたけど、大丈夫かな?ㅤ……あ、窓が開いてなかった。いつもなら換気しているんだけどね。
ㅤ家を出るには、キッチンの勝手口から家を出ることに。だって玄関からだと店の入り口の隣だし、もしかしなくても見つかってしまう
ㅤ勝手口を開けては顔だけ出して左右を確認。たまに近所の子達が隠れんぼしてたりふるけど、今はお昼。
ㅤ子供達はお昼ご飯でも食べているとしたら、ふふふ……イケるわ。
ㅤそーっとドアを開けて、家の外へ。
ㅤ勝手口は家の裏路地に繋がっている。裏からだと道が狭い。スチールのゴミ箱が沢山置いてあるから蹴飛ばしちゃいそうだわ。
ㅤ家を出て右に進むと街の南口辺りに出るんだ。これまた、裏からだと近道なのよ。
ㅤでもほら、家と家の影で少し暗いしさ。たまに不良とか居そうで嫌なのよね。治安良いから居ないんだけど。
ㅤ家出っていうので、何かと勝手に足が小走りになる。店番はお母さんしか居ないけど近所のちびっ子達にでも出会ってみてよ。
「あー!ㅤサボりだサボりだー!」
ㅤとか喚き出すから。元気過ぎて困っちゃうって。
ㅤ裏道を抜ければ川がある。綺麗に澄んでいて、魚も泳いでいたり。何処から流れてきてるか知らないんだけどね。
ㅤこの川を渡るための南橋があって、その橋を渡っちゃえば街から出れるわけだ。
ㅤ……バレていないよね?ㅤつい来た道を振り返ってしまう。が、誰も居らず。
「ん?ㅤエルシィーじゃねぇか!」
ㅤ進んでいた方から聞き覚えのある声がした。驚いてバッと振り向く。
ㅤそこに立っていたのは、あたしの家の2つ隣に住んでいる幼馴染みだった。……やばい、1番厄介な奴に出会ってしまった。
「なーにしてんだエルシィー!ㅤどっか行くのかーっ?」
「うるさいうるさいっ!ㅤうるっさいわよ!ㅤあんたこそ何しているわけ……?」
ㅤあたしが小声で注意するも、
「俺かっ?ㅤ俺は家の手伝いのサボリだ!」
「だっかっら……うるさいって言ってるでしょ!?」
ㅤこいつの馬鹿でかい声が、あたしの家まで聞こえたらどうしよう。聞こえてなくても、近所の子達が来たりなんかしたら……。
ㅤこいつは近所の子達の、所謂『お兄さん』なんだ。この声を聞いた子供達は、何故か集まってくるんだ。狼かっての……っ。
「エルシィーもサボリなのか?」
「ち、違うわよ?ㅤお、おつかいを頼まれて……」
ㅤどうしよう。あたしってば誤魔化すのは得意じゃないんだった。
ㅤそれにしてもコイツってば、完全に道を塞いじゃってくれている。
ㅤ多分「急ぎだからどいて?」と言ったとしても、ついて来るに違いない。昔から、小さい頃からそんな仲なんだ。
だけど今は違う。あたしからしたら、すごく邪魔者。謂わば、敵。
ㅤこの厄介な大きい声が裏路地に響いて、子供達が集まったら、それこそもう終わりだ。計画丸潰し。
ㅤそんな事にならないようにするためには、そう。
「おつかいなら俺も――」
「ごめんっ!」
「ぐほぇ……!?」
ㅤ彼の腹に思いっきり拳を決め込む。重苦しい音に何だかわからない声。
ㅤそんなあたしの拳に耐えきれず、足元でもがき苦しんでいる。
「エルシィー、ぐっ……何……で?」
「ごめんね……じゃあ!ㅤまたっ」
ㅤ阻まれていた道を猛ダッシュで駆けていく。
ㅤだめ、本当に、あたしは旅に出るんだからっ。ここで終わらせてたまるもんですか。
ㅤでも、あいつを殴ってしまったのは申し訳ない。けどね、仕方ないの。
ㅤ正直、あそこで会ったのが幼馴染みで良かったと思ってる。そうじゃなきゃ、さっきみたいに乱暴してまで強行突破できなかっただろうし。
ㅤなんて色々考えつつも、走っていたら裏路地を抜けた。……最初から走っていたら、あんな事をしなくて済んだのかな。
いや、無駄な体力を消費したくなかったんだ……しちゃったけど。
ㅤ案の定、裏路地を抜けると川がある。そして、橋。
ㅤもう、さっさと渡ろう。そして、一刻も早くアーメリアを出てしまおう。
ㅤさっき腹を殴ってしまった幼馴染みは、馬鹿なんだ。馬鹿だから痛みがあっても、本能であたしを追いかけてくるかもしれない……。
ㅤ橋の手前で、再び後ろを振り返る。片側に川、片側に家しかないこの通りを歩いている人が少ない。
ㅤよし、渡ろう。さらば、アーメリア。
「エルシィ~姉~!」
「えぇっ!?」
ㅤ橋に足を踏み出そうとした瞬間後ろから声が掛かる。
ㅤああぁぁこれは近所の子だろう……絶対に。あたしの名前を知っているんだ。きっとそうに違いない。だ、誰だろう。
ㅤ恐る恐る声のする方に目を向けると、
「って……メリちゃんかぁ」
「どこお出掛け~?」
ㅤえへへ~とニコニコ笑っている女の子。
ㅤあたしはそれどころじゃなくて、ハラハラドキドキしている。
ㅤどうしよう、メリちゃん1人だけならいいんだ。大人しい方だから。
ㅤ男の子達来て見なさい……人の事からかうわ、うるさいわ。
ㅤと、とりあえず誤魔化さないと……。
「んっとねぇ……おつかい。そう!ㅤおつかい!ㅤ急いでるからねっまたね!」
「そうなの?ㅤがんばってね~?」
ㅤその場をダッシュで走り去るあたしに驚くものの、またニコニコと手を振って見送ってくれる。良かったぁ……いい子で。ㅤでも騙しちゃった事に関しては、少し罪悪感を覚える。
ㅤ季節は秋。それなのに日差しがポカポカしていて春みたいだ。
ㅤ肌寒いだろうと思って羽織ってきた上着も、さっきのダッシュで暑くて仕方ない。
「あれ、もう街出ちゃうのか」
ㅤ目の前はもう街の外を示す看板があった。振り返ってみると、南口は人があまりいない。
ㅤ家と家の間に洗濯物が連なっていて、風に揺られている。
ㅤ空は青く澄み渡っていて、旅立ちには最高のお天気だ。
「……またいつかね」
ㅤそう言ってみたけど、いつになるのかな?
ㅤま、そう簡単に旅を終わらせる気は無い。
ㅤお母さんに何も伝えずに家を出ちゃったのは、今さらになって少し罪悪感を覚える。でも聞いてくれないんだ。仕方ない。
ㅤ長年過ごしてきたこの街ともお別れ。
ㅤここから先は踏み入れた事のない、外の世界だ。魔物出たらどうしよう。
「あ、武器忘れた……」