生徒会長と暢くん
夕方の生徒会室。
「おーっす、暢ちゃん」
「お疲れ様です、会長」
部屋に入ると、会長が先に来ていた。
「会長はいつ来たんですか」
「あたしもさっき来たとこだよ。それより暢ちゃん、また私のこと役職で呼んでる」
「あっ」
「名前でいいって言ったじゃん。そんなだったら私も役職で呼んじゃうよ、一年生生徒会代表書記係、端飼暢くん」
「すいません、金多さん」
「ん、以後気を付け給え」
会長はゆるいウエーブのかかった茶髪をかしかし掻くと、教職員がいるときのみ使うことが許されているコーヒーセットを戸棚から出した。
「暢ちゃんも飲む?」
「いえ、僕はいいです」
「んじゃ、欲しかったら勝手に飲んでね」
会長は議会用の長机にぐでっとしただらしない姿勢で座って、スマホを机の上に置いて操作しながら、適当にポットからお湯をそそいでコーヒーを作った。
「あ、粉入れすぎちった。にっがい」
そういいつつも会長は砂糖もクリームも追加せず、ゆっくりゆっくりカップの中身を空にしていく。
「ふわぁーあ……今日もあと半分くらいね。疲れたわねぇ」
肩に手を当ててゴキゴキと首を鳴らすと、生徒を代表する人間とは思えない大きな欠伸。そのあと、ネクタイを緩めて肘をついてまたスマホ操作。
その弛緩した様はまるで見物客の目線などまったく気にしていない動物園の動物のようだった。(まあ実際今日部屋にいるのは俺と会長だけなんだけど)
がさつとか、おっさんくさいと人によく言われるが、自分にとってそこは会長の長所であると思っている。臆病で人の目が気になってしょうがない自分のような人間からすれば、他人のことなど気にしない会長の態度はこちらも気を遣わなくて済むので精神的にとても助かるのだ。
「ん、なーにじっと見てんの? 好きなの?」
「いえ、ないです」
「あーそう、残念☆」
声のトーンを上げて少しだけ表情を崩した会長だったが、やっぱりスマホから目を離さずに会話をしていた。
……きっとワイルドな感じでモテるんじゃないかと思う。おもに女子に。
しばらくすると、会長はコーヒーセットを元に戻して、スマホを鞄の中に入れた。
「さて、そろそろ生徒会的なこともやりますか。暢くん、準備し給え」
「了解です。会ちょ……金多さん」
「うむ、よろしい☆」
俺は自分と会長のいる長机とは別の、校旗を背後の壁に掲げた生徒会長専用の机に向かった。そして上に積まれている書類を日付の古い順に並べ替えた後、引き出しの一番目の棚からペンと生徒会の角印を机の上に出した。
「準備できました」
「んじゃ、はじめますか」
会長は肩をぐるぐるまわすと、事務員のおじさんが袖によくつけている黒い筒みたいな布を両腕に付けて(腕貫きというものらしい)、縁のないメガネをかけて生徒会長の机に姿勢よく座った。
「……ふう」
一度だけ深呼吸。
会長は書類に静かに目を走らせていく。許可を認めるものには押印し、それ以外で議会に通すもの、論外で却下のものを浅い箱の中に入れて分別していく。
「…………」
「…………」
しばらく会長が書類をめくる音と、ブラスバンドが練習している金管楽器の音だけが聞こえていた。
(なんだろう、いつもとちょっと雰囲気が違う気がする)
大抵はさっさと読んで分別するところを、今日はいつになく真剣に目を通しているような気がした。議会がなく記録することがない書記係の自分は、とりあえず長机でじっとしているほかない。
「……よし、終了、と」
「お疲れ様です」
会長がすべての書類に目を通す頃には、窓の向こうがすっかり真っ暗になっていた。
「いやー、結構遅くなっちゃったね」
会長は席から離れると、おでこに手をかざして黒一色になった窓の外を眺めた。
「今日は金多さんらしからぬほど真剣に書類を見てましたね」
「ん、なんだ。いつもは適当にやってるみたいな言い方して」
会長はこちらに向き直ると頬を膨らませてわかりやすく怒っている表情を作った。
「だっていつもなら30分くらいで終わってるのに今日は2時間もかかってるじゃないですか。途中で寝ようかと思いましたよ」
「うん、ごめん」
会長は今度は外のほうをむいて言葉を発した。後ろ向きだったけど窓にばつの悪そうな表情が写っていた。
「なんか急に元気なくなりましたね」
「そんなことないって」
少し間をおいて、会長が言葉を出す。
「ね、暢ちゃん」
「何ですか」
「遅くなったお詫びにさ、ちょっとごはんでも食べて行かないかい? お金なら出すからさ」
「どうしたんです、急に」
「いいじゃん、たまにはさ。育ちざかりの暢ちゃんなら夜ご飯いくらでも食べられるでしょ?」
「(余計に遅くなっちゃうような気もするけど)まあ、別にいですよ。ただ、気が引けるんで割り勘にしてください」
「オッケー。じゃ、決まりだね。さっさと鍵かけて部屋を出よー」
会長はポケットの中から鍵を出して俺に渡すと、鞄をひっつかんでさっさと廊下のほうに出ていった。
「やれやれ」
俺は一応窓の戸締りを確認してから、生徒会室の鍵をかけた。