008 同棲生活の始まり
あの壮絶な夜から一夜明けて、俺はいつも通りの煎餅布団の上で目が覚めたようだ。あれから恢飢の猫と精神世界で使い魔契約して以来の記憶が曖昧になっているが、どうやら無事家路に着いた模様で安心した。
俺は起き上がろうと四肢を動かそうとするも、身体が重くて起き上がれない。昨日今日の激しい運動で予想以上に疲労が蓄積してしまったのだろうか?
それにしても漬け物石が乗っているのかと思うぐらい身体に圧力が掛かっている。
(金縛りか? 嫌、そんな馬鹿な。ありえない)
満を持して瞼を開こうとしたが、これまた瞼に分銅が吊るされてるのではなかろうかという程の重い衝撃を感じてしまった。瞼を開けるのも一苦労だ。
何とか瞼を開けると、まず、俺の目に飛び込んできたのは人影だ。目はボヤけて上手く黙視出来ないのだが、白い塊が俺の身体にまたがっていて、まるで乗馬されてる気分に陥る……。
次に腕が伸びて、俺の口に指が入ってきた。その指に喉元を散々にまさぐられた挙げ句、口角を思いっきり引っ張られた。
「ほにゃらへら(お前誰だ)?」
「王覇師団二十二式修祓隊の神代月波(おうはしだんにじゅうにしきしゅうばつたいのかみしろつきは)よ」
口の中の異物がようやく取り外された。俺は頭の後ろを握り拳で叩いて、ちゃんと脳味噌が働いてるか確認する。未だに薄ぼんやりとしているのだが、目の前にいるのは、昨日俺を奈落の底に落とした少女だった。
「お前、親父の軍に居たのかよ……てか何で此処にいるんだ?」
神代は、しなやかなで毛並みのある髪を右手で払った。見方によっては、自分の力を誇示しているようにも見える。
「あんたを立派なエクソシストに育てるって、あんたの親父さんと約束したのよ。言ってなかった?」
全くの寝耳に水である。寝ぼけて流転している記憶を逆算していっても、そんな話聞いた覚えが無かった。
「マジ?」
「マジマジ大マジよ」
ふと、今年の正月に起こった出来事を思い出した。あれは親父が酒を滝飲みして、ベラボウに酔っ払っていた時の事。
「入学式の次の日にべっぴんさんとの同棲生活が始まるけど、ビックリすんじゃられぇぞぉ」と叫び、大の字になって倒れた後に親父は爆睡したのだ。
「あの時か……」
頭を抱えて大いに悔やんだ。あの時に親父を叩き起こしてでも、話の詳細を聞くべきだったのだと。
「とりあえず、昨日の夜に部屋の中片付けたからね」
「は?」
何の事かと思って部屋を見渡すと、部屋の中がピンクと白の家具で埋め尽くされていた。
「なんじゃこりゃああああああ!!??」
俺が少年の頃から大好きな格闘家で、残虐公爵と名高いユスティニアヌス・オバミュラーの壁紙が外されて、今人気のオカマ歌手の壁紙に変わっていた。
「俺の残虐公爵ががが……こんなオカマに」
壁に両手をついて嘆き悲しむ。しかし、人は困難な状態に陥ると、頭の回転が早くなる動物だ。俺は更なる危機を瞬時に察した。
「VRMMO……俺のバオウデルは何処だ!」
白に塗装された廊下を渡り、テレビの前まで走った。テレビも俺の嫌いなメーカーに変わっていたが、そんな事は最早どうでもいい。段ボールに保管していたバオウデルが無事かどうかが大切だ。
「そんな」
段ボールの中は空だった。見事に何も無い。
「ヌオオオオオオオオオオ!!!」
行き場の無い怒りにひたすらゴリラの如く胸を叩いて叫んでいると、後ろから足音が聞こえて、神代が何事かと段ボールの中を覗き込む。
「ああー、ゲームは捨てたわよ。修行の妨げになるもの」
ピクッと俺の片耳が動いた。
「しゅ、修行?」
「そう修行よ。私があんたのエクソシストとしての素質を底上げしてあげるわ」
「………………」
一瞬の沈黙が部屋中の空気を悪くした後に、テレビからアニメの宣伝が流れた。
『生まれてこの方、努力の二文字をしてこなかった俺がドSな美少女にシバかれながらエクソシストの修行をするようです』
『土曜の夕方18時にスタート!』
「なんだこの糞タイトルコール……」
「テレビが私達の門出を祝福してくれているのね!」
神代の意味深な発言に、顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
「おいおい、門出ってどういう意味だよ!」
こうして俺は、エクソシストとしての第一歩を踏み出した。これが、後に俺の運命を大きく変える切っ掛けになろうとは、この時は想像もつかなかった。
???「次回までに吾輩の存在を忘れないでくれたまえよ」