081 心に触れる指先
遠い記憶の縁で……獣は培養液に浸されたビーカーの中で目を覚ました。新しい命が生まれたのだ。
「成功です。所長」
「ありがとうー。ハッシーのおかげだよ」
小さな子供が隣の大人に抱きついていた。まだ幼い肌に大人の髭が擦り付けられている。
「おい」
ビーカーの中の獣が声を発した。
「なーに? どうしたの熊さん」
「俺は……誰だ」
「合成恢飢だ。人間によって作られ、意思を持った恢飢」
橋谷副所長がルリバカスを地面に下ろして、そう言った。
「意思だと?」
「そうだ。君には意思があり、人間と言葉を交わしてコミュニケーションを取る事が出来る。他の低俗な恢飢共には到底不可能な芸当だよ」
「しゃらくせぇ」
獣は橋谷の言葉を吐き捨てたのだ。
「君は何をキレているのだね」
あくまで冷静を装う橋谷だった。
「恢飢の本能は人を潰して、生き長らえる事だ。意思なんて邪魔な物はクソ喰らえだ」
「それが……君達恢飢が人間を襲う理由か。人を殺す事への罪悪感は持ち合わせていないのかね?」
「俺達は、皆が心無き獣だ。虫一匹殺しても、罪の意識なんか持つハズもねえだろ」
橋谷は黙って頷く。まるで、何かを考え込んでいる様に。
「ねえ、熊ちゃん」
「ちょっと待て。容易く俺を熊呼ばわりすんじゃねえぞ。お前みたいな小さな命なんてよ、一握りだ!」
獣は唸り声を上げて、ビーカーを吹き飛ばした。ガラスの破片が辺り一面に飛び散る。
「所長!」
橋谷はこの惨状に思わず声を出した。
そして、ビーカーから這い出た獣は、真っ直ぐにルリバカスを睨みつけている。
「まずはお前から血祭りダアアアア!」
ルリバカスに向かって獣の腕が伸びた。
「親に喧嘩を売るなんて……もーう、お仕置きが必要だね」
ルリバカスは口角を上げて笑った。その瞬間、獣の視界がスパークした。
「何」
さっきまで瀕死寸前だった聖人が起き上がり、ガルシアの一撃を受け止めたのだ。
「バカな!」
ガルシアは戸惑いながら後方へと後退りした。
「エクソシストは死地を乗り越える度に強くなるのさ」
「ありえねぇ……現にお前は」
「黙れ」
「!?」
聖人の一言に圧倒されるガルシア。
魔法収容力が上昇していくのを肌で感じ取っているのだ。
「常夜叉鎚矛がてめぇの世界を、てめぇの血で塗り潰したいと言ってるぜ」
雀羅したモーニングスターをガルシアに向けて言い放った聖人。
「かっこつけやがって、今に後悔するぞ」
「後悔は今感じるものじゃねぇ。後に後悔するから後悔って言うんだろう」
「減らず口を!」
二人は、同時に駆けた。




