057 歪呪十字架
真っ白い大部屋。そこには家そのものの設備が成されていた。トイレ、ベッド、台所、風呂、1ヶ月分の食料。そして、霧登風華はその部屋に監禁されていたのだ。
脱出しようにも武器は取り上げられ、ドアには結界が張られている。魔法で撃破しようにも到底下級レベルの魔法では威力が足りそうにもない。
中級魔法。ラファエルから教わった中級魔法が一つだけあった。だが、風華はその魔法を完全に使いこなせていないのだ。
「やるしかない」
そう、脱走するには中級魔法を唱えるしか方法は無い。風華は覚悟を決めて詠唱文を唱えた。
「燎原の火よ。我が敵を地獄の業火で焼き祓い給え!」
火だ。球体の火が風華の右手に宿ったのだ。
「滅却火焔豪球」
女の子投げから放たれた火の球は大爆発を起こし、ドアを結界ごと破壊し尽くした。
「くっ」
爆発に巻き込まれて吹き飛んだ風華は、受け身の体勢でベッドの上に着地した。
威吹に無理矢理着せられた和服が少し焦げてしまったが、和服はそんなに好きでもないので気にする事は無い。そう風華は思ったのだ。
「よし、これで出られる」
「甘いですな」
煙から姿を現したのは、零界堂家の執事だった。彼はヴォルフガングの師匠であり、「小柄で弱々しい体型からは想像つかない程の魔法が使えるんだぞ」とヴォルフガングから散々自慢されていた風華である。
「貴様……待ち伏せとは愚劣な真似をする」
「儂は威吹様から貴女の監視を任されているのです。ここから先は儂の屍を越えて行きなされ」
「では、そうしよう」
ハッタリである。風華には滅却火焔豪球をもう一度使える魔力は残っていない。
しかし、相手の動きを封じ込める魔法を一発だけ使える余裕があったのだ。風華はこの魔法に賭けるしか無かった。
両手を上空に伸ばした風華。
「拡散し燐火する呪縛の黒錠よ。飢え狂う暴れ牙で、偽君子の魂を喰らえ」
天井から無数の黒い十字架が生えた。全ての十字架の矛先は、零界堂家の執事に向けられている。
「歪呪十字架」
風華の両手が降り下ろされたと同時に、黒い十字架達が対象に降り注がれた。
「中々やるのぉ」
執事の回りにマキビシの様に刺さった黒い十字架。歪呪十字架とは、対象の敵を一定時間行動不能にする結界を張る魔法だ。
「邪魔したな」
風華が部屋から出ようと足を踏み出した。
その時。
「襲塵速迅波」
全ての十字架が音を立てて砕け散った。
「っ!」
飛び散る破片を跳躍して避けた風華。予測不能の反撃に額から汗が流れている。
「貴様」
絶望感に苛まれ膝から崩れ落ちる風華。もう反撃する力は残されていないのだ。
「物を知らぬお嬢さんに特別奉仕で教えよう。相手を行動不能にする魔法は確かに強力じゃ。それ故、相手を行動不能にする魔法を破壊する魔法も存在する。どうだ、勉強になったじゃろ?」
「馬鹿……な。そんな筈は」
学校では歪呪十字架の対処方法まで習わなかったのだ。「やはりラストラッシュの言った事は正しかったのか」と思い始める風華。
「そなたに本物の結界がどういう代物かを見せてやろう」
「ああ……」
もはや風華には小鳥のさえずりと聞き間違える程の小声しか出ない。
「赦されざる者よ。地に伏して蒼天を仰ぐが良い。晴れ渡る光炎の煌めきが、そなたの悪き心を浄化する」
光輝く十字架が天井から生えたのだ。
「螺救那十字架」
風華に目掛けて光の十字架が降り下ろされた。先程の歪呪十字架よりも強力な結界魔法である。
風華は間もなく、力を使い果たして気絶した。
「何してるのかな?」
後ろで声が聞こえたので、執事が振り返ると、威吹が一部始終を目撃していたのだ。
「威吹様」
「じいや……子供相手に本気の魔法使ったりしてさ。ちょっと大人げ無いかな」
「しかし、この女は脱走しようと」
「言い訳は聞きたくない」
威吹は不機嫌そうに言い放った。
「御無礼をお許し下さい」
「まあ、いいけどね。それより部屋の結界を強くしてみたら? このままだと、また暴れるよ。あの女は」
それに対して、訝しい表情を浮かべる執事。
「しかし」
「何か問題でも?」
「秘匿禁室の護りを手薄にする可能性があります」
「大丈夫でしょ。アレは政府の一部しか知らない部屋なんだからさ」
「……かしこまりました」
ご主人様の命令を受け、部屋の結界をより強いレベルに上げた執事。
「ご苦労様」
威吹はそう言って、部屋から出て行った。




