004 波乱万丈
足若丸高校には4万人を収用可能なドーム型の体育館が存在する。これからこの体育館では、世にも珍しい式典が待っている。
まず、割れんばかりの歓声と地鳴りのような拍手喝采が俺達入学生を出迎えた。第六世代東京都中から約3万人もの一般市民がドーム内に集まって新入学生をスタンディングオベーションで歓迎するのだ。
この入学式は魔法界のとある学校の入学式を参考にしたらしく、足若丸高校では60年以上続く伝統ある式だ。
ガキの頃は拍手を送る側だったが、今は拍手を送られる側になった。こんなに幸せな事は無い。
各組の担任が左から順番に521組、522組、523組、524組、525組と並ばせてその場に立たせた。目の前には校長先生らしき人が祭壇の上で仁王立ちしている。
「紳士淑女の諸君、そして若き者達よ、よくぞ来た!」
ドーム内に校長先生の声が響き渡ると、嵐のような歓声が辺りを包み込む。応援団長はこれでもかと勢いよく応援旗を降っており、応援旗には足若丸高校のシンボルである炎が縁取られている。
この熱気がまるで有名人になったかのような誇らしさを生み出させるのだ。そして、ふと上を見上げたら中央のモニターに校長先生が映し出されていた。何故だかラファエル先生よりも若々しく見える……。
「私はこの伝統ある足若丸高校の101代校長に任命された現王園英雄だ!」
再び歓声が沸いた。そして回りのクラスメート達も尊敬の目で現王園校長を見つめている。
何を隠そう、この現王園英雄は足若丸高校野球部出身の元プロ野球戦士であり、日米通算1000号ホームランという不滅の記録を達成した世界のスーパースターである……という話を野球好きの親父から聞いた。
足若丸高校は有名な著名人を校長に招き入れて、ここ最近の少子化による生徒減少のテコ入れをしようと躍起になっている。
ぶっちゃけあまり興味は無かったのが、周りの空気に合わせてパチパチと拍手を送った。
「ハッハッハッ、皆の者よ感謝するぞ」
現王園英雄には黒い噂がたくさん囁かれているので、あまり俺は好きになれない。
自身の記録を塗り替えようとした戦士が、謎の失踪を遂げたり、監督時代の時には各球団の4番打者をポケットマネーで補強して1番~8番打者が各球団の元4番打者だったという噂があるぐらいだ。
「君達はこの歴史ある高校の521組から525組目となるクラスの一員になったのだ。その気持ちを胸に秘めて、日々の勉学に勤しむように」
現王園校長が頭を下げると、ドーム内の全員も続いて頭を下げる。
「それでは……入学式の開幕じゃあああああ!」
校長が吠えた後にラファエル先生も「うおおおお!」と拳を上げて吠えた。雄叫びは会場内に伝染していき、ついに宴が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
宴は5時間以上続いた。まだ顔も知らないクラスメートとのフォークダンスに、プロ野球歴代ベストナインvsMAJORの歴代ベストナインによる夢の試合、そして今流行りの魔法界の歌姫を呼んでのコンサート。みんな興奮して壁なんかすぐに無くなり、友達は自然と出来ていった……。
「あー楽しかったわー!」
入学式の帰り道、俺の隣で背筋を伸ばしているこの男は獅子浪太。中学生の時からの友人で、関西弁を喋って面白い事をする。まぁ、よくいるムードメーカー的な野郎だ。
見た目は金髪かつ筋肉質で不良っぽいが、根は真面目で優しい。本人にそれを言うと激怒されるので誰も言わないが。
「神様、仏様、英雄様に生で会えて感激じゃけ! あの方は阪海ワイルドダックスの黄金期を支えた張本人や」
「へーそうなのか」
適当に相槌して話を合わせる。
「キャッチャードーズ、セカンド英雄、ファースト黒瀬の150打点トリオは伝説やでホンマに」
俺はサッカー派だと口が裂けても言えない雰囲気で喋っているので、おうむ返しを使って楽しげなフリをする。
そして、かれこれ10分以上は野球話を聞かされてウンザリしかけた時、俺が住んでるアパートに行く道にやっとたどり着いた。
「じゃあ帰るわ……って!」
アパートの前には見覚えのある高級車が止まっていた。そう、今朝俺があの車に空き缶を蹴飛ばして、散々追いかけ回された奴らの車だ。
「あれスゲェ高級車じゃのう、聖人の知り合いか?」
「し、知り合いって言う程では無いけど、一応知り合いかな」
「どっちやねん!」
「嫌その……」
俺の額に汗が流れた。
「居たぞ、あそこだ」
黒いスーツを着た奴らが俺に気がついた。俺は慌てて逃げようとしたが、奴らに一瞬で背後に回られた。
「!?」
人間離れの早業に度肝を抜く。
「お前が玖雅聖人だな。ちょっと顔貸せや」
肩をキツく握り絞められた。すると、浪太が奴に怒鳴りかかった。
「なんやてめぇら、聖人に何する気や!」
「お前に用はない」
奴らを殴ろうした浪太はあっさり反撃にあい、逆に殴り倒されて道路に転がった。
「大丈夫か浪太!」
心配して声をかけると、浪太の顔を靴で踏むスーツの男。
「大人しく車に乗れ、そうすればコイツには手を出さないでやろう」
俺は一瞬戸惑ったが、これ以上お互いが危険になる必要無いので、仕方なく車に乗った。後ろからは浪太の叫び声が車越しから聞こえてくる。
「奴に構うな、発進しろ」
運転手は頷いて、アクセルを踏んだ。俺はどこに連れていかれるか解らない不安に包まれた。