001 忘却の囁き
「緊急速報です。我憐摩耶氏が内閣総理大臣に指名されました。これで女性初となる内閣総理大臣の誕生が決定的となります」
朝から騒がしいと思えば、テレビを付けっぱなしで寝てしまっていたようだ。俺は寝ぼけ眼を指で擦り、大きな大きな欠伸をした後、枕元に置いてある目覚まし時計に目をやった。
この時計は中学の修学旅行先で路地先にいた怪しい外国人から買った物で、何百年前のディーゼル機関車の形をしていて、いつもならボッーーという汽笛の音を鳴らして起こしてくれるのだが、今日はまだ鳴っていない。何事かと思い、目覚まし時計を手に取って時間を確認した。
「まだ6時30分か」
学校が始まるまで1時間以上はある。俺は長年使い続けてシワだらけ煎餅布団を右足で蹴飛ばして跳ね上がり、ゲームの電源をつけた。
テレビの画面はフラッシュが炊かれる会見から黒く何も映っていない画面へと変わった。しばらくテレビの前で待機していると、黒い画面から文字が浮かんできた。
『バオウデル・忘却の囁き』
これは先週の土曜日に徹夜で並んで買ったゲームで、日本の大手ゲーム会社『千年王国』が制作費800億円を費やした超大作VRMMOだ。
このゲームの魅力は何と言っても、魔法戦がまだ主力では無かった同時の銃撃戦を肌で体験が出来るとして、発売日のお昼時には既に黒字になり12時間で最も売れたVRMMOとして世界記録を樹立した。
前作の『バオウデル・忍び寄る心音』は第二次世界大戦の物語だったが、今作は第三次世界大戦をモチーフにしている。俺はコントローラーを手に取りフィールド選択を行う。
メインストーリーの先も気になるのだが、やはり時間が空いた時はオンラインでの暇潰しが最適だろう。フィールドの選択は迷いに迷った挙げ句に中国でプレイする事に決めた。オンラインはまだ始めたばかりなので勝手がつかず、比較的地形を覚えやすいとされる最初のマップを選んだ。
そして俺はゲームの世界へ飛び込んだ。頭の中に『Now loding』の文字が映っては消え、映っては消えを繰り返している……。
目が覚めると、俺は何故か1人だった。アメリカ軍の戦闘服を着て1人ポツンと崩壊した中国の都市に立っていた。
「チーム戦を選んだはずなのになぁ、ボタン間違えたのか?」
その瞬間、肩に弾丸がかすった。俺は全速力で駆け抜けて、廃墟の陰に身を隠した。
「ひゃああっはっはっ! 初心者狩りだぜ!」
ゲームタイトルの『忘却の囁き』には半ば似つかわしく無いであろう怒鳴り声がフィールド上に木霊した。
俺は直ぐ様、右腕に装備しているウェアラブルコンピュータでマップを確認する。マップには勿論地形やこのマップで例えるなら、戦争で崩壊したビルの階層など必用な情報が書かれているが、このマップには敵の位置と自分がいる位置が表示されていた。
「これ……改造マップかよ!」
普段のオンラインプレイではプレイヤーの位置情報は武器の発射音に応じて表示されるのだが、このマップではまだ武器を使っていない俺の位置情報が丸見えになっていた。
(こいつはもしかして)
さらに俺は、赤い×マークで表示されている箇所を指でタッチした。これにより敵のステータス画面や部隊名を確認出来る。そして、敵の部隊名は俺の予想通りの結果だった。
「アジ・ダハーカ」
国際的チート集団『アジ・ダハーカ』奴らは運営の厳重なセキュリティから、いとも簡単にすり抜けては改造武器や改造マップを使用して、自分達に有利なゲーム環境を使っている。時には他のゲームユーザーにウイルス感染させてプレイ不能にすると言われ、悪い意味で有名な悪質ユーザー共だ。
「聞こえるかいお姫様?」
突如ウェアラブルコンピュータのスピーカーから厳つい声が聞こえてきた。俺はマップ表示から通信モードに切り替えて、声の主に声を返した。
「ざけんな! お姫様って俺かよ!?」
「モッチだぜ兄弟。今のお前は悪い山賊に捕らえられて洞穴に閉じ込められたお姫様だ」
「はんっ、そう言うお前は、助けに来た勇者様に切り伏せられる中ボス野郎か?」
まさに売り言葉に買い言葉。
「おいおいよく聞けよ兄弟。このマップは俺様が書き直したんぜ?」
「だからどうした!」
ウェアラブルコンピュータに唾を撒き散らして叫び倒す俺。スピーカーからは「はぁ……」というため息混じりの声が聞こえた。
「このマップの創造神は俺様なのさ。ルールも戦い方も武器も何もかも俺様が決める」
「そうかいそうかい、だったらログアウトしてやるよ」
俺はログアウトのボタンを押した……だが、反応しない。二度三度激しく押したが、それでも反応しない。ヤケクソに連打したが、それでも反応しない。
「俺様が全てを決めるってさっき言ったろ、ログアウトは俺様の許可無しじゃ出来ねぇぜ」
次の瞬間、銃声が一斉に鳴り響いた。マップを確認した時に敵は数km先のビルに立て籠っていたため、おそらく遠距離用のスナイパーライフルを使っているのだろう。こちらは中距離用のプラズマライフル・ソリテュードAR一丁のみ。
劣勢は火を見るより明らかだ。四方から弾丸が飛び交って、この場から動き出す事すら出来ない。
すると、再び通信が入った。
「お前はこの電脳世界からは一生抜け出させねぇ、お前のゴマみてぇな小さな脳ミソでそこら辺を理解出来たなら、すんなり標的になって俺達のストレスのはけ口として一生懸命生きてくれや……ハッハッハッハー!!」
俺が言い返そうとすると、通信がブツリと切れた。あまりの理不尽さに怒りが沸沸とこみ上げてくる。
「畜生、好き勝手に言いやがって」
だが、俺は何も出来ない。こんな事なら朝早く起きてゲームなんてするんじゃなかったと、身を屈め頭を低くしながら悔いた。
「待てゐ」
その時、警告音のアラートが鳴った。頭を上げてウェアラブルコンピュータを見ると一件のメッセージが来ていた。
『総誓義勇軍が中国マップに侵入しました』