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神子様がやって来た

作者: 織がみ


神子様が天からやって来た。


神子様が来た僕たちの国には、良いことがたくさん訪れるという。

そう城中の人が言う。

僕は、神子様を見たことがないけれど、とても素晴らしい人なのだろう。

神様が使わした人なのだから。


陛下や国政に携わる高官たちは、ここ数日忙しなく動き回っている。

国内外からの使者や、神子様の身柄を求める教会との折衝で忙しいのだという。


僕にはあまり関係のないことだと思っていた。

けれど、僕付きの侍女が神子様の傍に仕えるため、一人いなくなることになった。

新しい侍女を雇う訳にもいかない、いろんな事情があるのだろう。


もともと、大して仕事を与える機会のない僕だから、此処にいるよりずっと良いだろう。

だから、僕はあっさり了承した。

いっそのこと一人残った侍女も回して良いのだけれど。


僕はもともと王都から遠く離れた田舎に住んでいた。

西の国境に近い場所にある小さな村は、長閑さと自然の豊かさぐらいが自慢の何もない所だ。

国境に近いと言っても、険しい山を越える必要があるため、本当に危険などない。


ただ、一年を通して寒い日が多いためか、はたまた税が重いせいか貧しい村だった。


そんな村で産まれた僕は、大して利口でもなく、体格や容姿に恵まれたわけでもない本当に凡庸な子どもだった。


いや、凡庸ではないのだろう。でなければ、今此処にいない。


僕は、加護持ちと言われる人間の一人だ。


世界のあらゆるところに存在する精霊たちは、気まぐれに人に贈りものをする。

天候をよむ目だったり、誰をも引き付ける声であったりと、贈りものはさまざまだ。

精霊たちから贈りものを受け取った人間を、精霊の愛し子または加護持ちと人々は呼ぶ。


加護持ちと僕の村では言っていた。


加護持ちの数は多くない。

僕の村では、珍しいことに僕以外にも一人加護持ちがいた。

でも、これは本当に滅多にないことで大きな街にいっても居ないことだって普通にある。


加護持ちにはいろんな異能を持つ人がいる。

その異能が利益をもたらすようなものであったりすると、地方の有力者や国や教会の庇護に入ることが多い。

また、異能ゆえに一人賢者のように森で暮らす人もいたりする、

はたまた、冒険者になったり事業を起こすなんて人も居る。

行く末はさまざまだ。


僕の場合は、国の庇護下に居るわけだ。

ただ、望んでそうなったわけではない。


たまにあることだが、貴族や有力商人が珍しい異能持ちを自分より上の立場に居る人のご機嫌とりに使うことがある。

それ以外にも、半ば無理やり気にいった人間を召し上げるなんて結構あることだ。

人身売買は禁止されて久しい。

けれど、所詮こちらはしがない農民だから涙を呑むしかないことだってあるわけだ。


僕自身、たまたま村を訪れた貴族というか王族に城に連れて来られて来た。


僕自身の異能はそう大したものではないし、その王族も戯れのように連れてきてからは放置に近い状態だ。


帰りたいと思う。

それこそ、食べるモノも眠る場所も、着る物も村とは雲泥の差だ。

でも、家族が居て毎日することがあって、産まれた頃から見てきた景色が村にはあった。


自身にはあまり、馴染まない暮らしだと年月を重ねるごとに思う。


たいして役にたっているわけでもないし、帰っても問題ないように思う。

けれど、そういうと駄目だと言われる。

理由を聞いても納得のいくものではなく、僕にとっては首をひねるような内容だ。


対面や形式、主従関係とはそういうモノだという言葉はよくわからない。

あちらから暇を出されるのはよくて、こちらから出て行くのは駄目と言われても、本人ももう忘れているのではないだろうか。


そんな風にして、ずるずると三年近くこの城にいた。

出て行けないなら、たまの里帰りぐらい許して欲しいが、それも有耶無耶にされ三年間ずっとこの城を出ていないわけだ。


そんな僕に転機が訪れた。

なんとも意外なことにその発端は神子様だ。


僕の元侍女から、僕のことを聞き出したらしい神子様はわざわざ僕に会いに来てくれた。

なんでも、侍女を取り上げてしまったことを謝りたいということ。

もともと、彼女は仕事で僕に仕えていたわけで主である人に言われて神子様の下に移ったのだ。

謝る必要も感謝される理由もないと思う。

僕は内心首をひねりながら、ただ恐縮し、その必要はありませんとぺこぺこ頭を下げた。


そうしてようやく話が治まった後に、どうしてだか一緒にお茶を飲むように言われ、気づまりな中、神子様の話に耳を傾けていたわけだ。


そうしている内にわかったのは、神子様と僕たちの間にはかなりの意識のずれがあるらしいことだ。

気楽に話してと言われても、そんなことをしようものなら侮辱罪とかにあたる。

神子様は、自分は普通の女の子だと言っていたから、そのせいなのかもしれない。

ただ、僕等にとって神子様は神子様で、それはどうしようもないのだ。

仮に神子様が、神子さまでないにしても、それは僕たち庶民には判断出来ないことで、ただ普通にしてと言われても困る。



何だか想像と違うなと思う。

神子様は何だか、言い方は悪いが歪だ。


白い肌も、綺麗に手入れされた手や髪も庶民とは明らかに違う。

お茶が出て来るのに恐縮した様子もないし、僕からすると目玉が飛び出そうに高価な調度品にも目を向けない。

それは、やっぱり貴族に近い感覚だ。

それでいて、侍女には極普通に話しかけようとする。

お茶の飲み方も、椅子へのかけ方も歩き方も、貴族の方がそうであるように品が良いと言った感じではない。

ただ、僕等とは違う気もする。


これが神子様なのだろうか。

貴族でもなく庶民でもない不思議な存在。



僕が一人脳内でいろいろ考えている間にも、神子様の話は続いている。

いくら話しても話題が尽きそうにないところや、ぐるぐると話すことが変わるのは妹と似ている。


彼女は、陛下や殿下たちに対する愚痴なども話してスッキリしたのか(恐れ多いことだが)、僕にいろいろ聞いて来た。

これも妹と似ている。

僕は出来るだけ正直に、かつ迂闊なことは言わないよう注意しながら答える。

何がおもしろいのか、ぽんぽんと飛びだす質問に結構神経を使った。


その場は何とか上手く切り抜けたと思ったのだが、その後からいろいろ問題が出てきた。


何が良かったのか、神子様は僕の話を気にいり、度々お茶に招待されるようになったのだ。


僕がもう少し大人であれば外聞が悪いなどど言い訳が出来るのだが、そうでもなく、また加護持ちという立場ゆえ微妙な政治的心配もなく、僕は断ることが出来ず了承する。


それな状況に待ったをかけたのが、僕の一応の主人であるこの国の第二王子だった。

いきなり、部屋に来た時はとても驚いた。


とりあえず平静を装いましたが、内心びくびくでした。


いろいろ聞かれてわかったのは、どうやら僕が神子様と仲良く(?)するのが気にいらないということだった。

いや、身分違いも甚だしいと思う。


とりあえず、正直に神子様とは仲良くなれるような身分でもないし、誘われて断るのも不敬にあたるのではと困惑している旨を打ち分ける。


それからは、とんとん拍子に話が進みました。


僕が以前から故郷に戻りたがっているのをさり気なく侍女が伝え、僕は故郷に無事帰れることになりました。


うれしいけど、こんなに簡単に帰れるならもっと早く帰りたかったと正直思う。

そう言ったら、侍女の彼女に怒られたのですが。


彼女が言うにはタイミングというのが何事も大切らしい。

実際、僕と同じように城を出たがっていた加護持ち数人が、主人の許可を得て任を解かれるらしい。

何でも、皇子様がたはことごとく神子様に夢中らしい。

そして陛下は、神子様が来てから仕事に忙殺されている。

加護持ち一人に割くような時間も無いということらしい。


やっぱり神子様って凄いなと思う。

そう言ったら、侍女は何とも言えない笑みをみせたけれど。


とにかく僕はとても、神子様に感謝している。



「何時まで待たされるかと思ったわ」

拗ねたように言う幼馴染。

「ごめん。でも漸く許可がおりたんだ」

「遅いわよ」

責める声に反して、その顔は喜びで満ちている。

「エリンさんのところで修業することになったんだ。一人立ち出来たら、結婚してくれるかい?」

侍女たちとは違う、荒れた、けれど白く器用そうな小さい手を取って、言った。

彼女の頬が染まる。

「一人立ち出来てから言いなさいよ。でも、嬉しいわ」

彼女らしい答えに笑みがもれた。

「待っててくれてありがとう」

僕は、その頬に初めてキスをした。






読んでいただいて有難うございます。

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