表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンチェルの復讐者  作者: 梅玉 サキ
第一章 出会い
6/7

六話 独りは嫌だ

 取り敢えず雨が止むのを待ってから移動することに決め、ジュノは少女と共に車内にいた。車外からザーザーと激しい雨の音が聴こえてくる。


「…………」

「…………」


 沈黙。


「…………」

「…………」


 沈黙。


「…………」

「…………」


 沈黙。


「……な、なあ、何か喋ろうぜ」

「…………」


 無視。


「や、ごめん、マジで俺なんかしたか?」

「…………」


 ジュノの悲痛な叫びにも、またしても返ってきたのは沈黙だけだった。

 びしょ濡れの状態でジュノが車内に入ってきてから、彼女はずっとこの調子だ。壁に背を付けたまま、膝を両腕で抱え込んだ形で顔を両腕の中に隠している。何度ジュノが話しかけようとダンマリを通し続けているのだ。反応さえもしてくれない。

 もしや究極の人見知りだろうか、とジュノは勘ぐってみる。この反応の薄さはもしかしたらそこら辺にあるのかもしれない。いやでも、応答くらいしてくれたってねぇ……と思わず苦笑が零れる。


「な、なあ、どうしたんだよ。具合悪いのか?」

「…………」

「どっか痛いんなら言えよ。手当てしてやるから」

「…………」

「まさか、栄養失調で身体機能が低下してるとか言わないよな……熱ないか?」


 その可能性は十分あり得た。何せ枷鎖で束縛されている状況だったのだ。何をされていてもおかしくない。ただ男達にとって大事な人材のようだったから、恐らく死なない程度には食料を与えられているとは思うが、それでも確かめてみないと気が済まない。


「ちょっとごめんな」


 熱を測ろうと、膝を抱え込む少女の両腕を解き、俯く頭に手を当てようと腕を伸ばす。


「……ッ」


 そして少女に物凄い勢いで腕を弾かれた。

 あまりの勢いに思わず尻餅をつく。顔を上げた彼女を見て、不覚にもポカンと口を半開きにさせてしまった。


「……ッ……ッ」


 彼女は顔をグシャグシャにして泣いていた。

 長く繊細な髪が顔に張り付き、滅茶苦茶になっている。青い瞳からは止めどなく涙が溢れており、それは幼さの残る輪郭をなぞっては顎から落ちて行った。


「お、おい……」


 思わず声が漏れる。ジュノは不意打ちのようなこの状況に戸惑うしかない。


 泣き続ける少女がおもむろにもぞもぞと動いた。四つん這いになって俺の方へと近づいてくる。何をするのかと冷や冷やしている俺の前まで来ると、不意に抱きついてきた。


「ちょ、てめっ、何してッ……!」


 慌てて少女を退かそうとするが、彼女は首に腕を回したまま退こうとしない。


「……ッ……」


 耳元で鼻をすする音が聴こえる。その度に背筋が凍り、不覚にも鼓動が速くなる。


「なんで……」


 泣いてんだよ。

 そう言おうとして口を閉ざした。


「……あぁ、そっか……そうだよな」


 少女はきっと、ジュノを心配していたのだろう。

 それに車内ではジュノの悲鳴だけじゃなく、男達の悲鳴も聞いていたはずだ。きっと外で何が起こっているのか、不安で堪らなかっただろう。外の状況を確かめようにもジュノが絶対に出るなと言ったため出ようにも出られず、車内でずっと怯えていたはずだ。

 だからこうしてジュノが無事でいることに安心し、緊張が解けたために彼女は泣いているのだろう。


「……心配させて悪かったな」


 少女の頭を片手で抱く。鼻をすする音が耳元で絶えず鳴っていた。







 雨が上がった後、ジュノ達は場所を喫茶店に移した。少女はまだ目元が赤く腫れているが、彼女自身があまり気にしていないようだったのでジュノも気にしないことにした。

 カウンターに着き、それぞれメニューからコーヒーとオレンジジュースを注文する。


「落ち着いたか?」


 問うと少女はジュースを飲みながらこくりと頷いた。よかった、とジュノもコーヒーをすする。


「取り敢えずいろいろと質問するけど、いいか?」


 いろいろ、とは枷鎖で束縛されるようになった経緯である。どうしてもこれだけは訊かなければジュノの気が済まなかった。


「…………」


 恐らく何を訊かれるのかおおよそ覚ったのだろう。顔色が少し暗くなったが、彼女は頷いた。


「そうか、ありがとな。じゃあ、まずは名前から。ちなみにさっきも言ったが、俺はジュノだ、ジュノ・ラド。お前は?」

「…………」


 手始めにそう訊くと、彼女はおもむろにカウンターに置いてあったペンと小さなメモを手に取った。スラスラと綺麗な字をメモに書いて行く。なぜわざわざメモに書いているのか気になったが、取り敢えずメモを見ることにした。


「テアーヌレーゼ……? なんか、長ぇーな。略称とかないのか? これじゃ悪いけど呼びにくいよな」


 正直な感想を漏らすと彼女はしかめっ面になり、ぶっきらぼうに書きだした。


「なになに? 『略称とか言わないでください。おじい様から貰った大事な名です』……ああなんだ怒ってんのか。見掛けによらず短気だな……ああごめんごめん! 俺が悪かったよ!」


 彼女が立ち上がって平手打ちの構えを取ったのを見て、慌てて取り繕う。ふん、と言うように彼女は渋々と席についた。気を取り直すように咳払いを一つし、ジュノは質問を続ける。


「あー、えっとじゃあ、愛称とかないのか?」


 訊くと彼女は不機嫌そうな顔のまま、先程書いた名前を一文字ずつ丸で囲み始めた。


「テアヌ?」


 囲まれた文字を繋げて読むと、少女は満足そうに頷いた。どうやら家族や友達の間ではテアヌで通っているらしい。それにしても、どうしてこんなに長ったらしい名前を彼女の祖父は付けたのだろうか。これでは呼びにくくて仕方がない。

 貴族や豪族、主に金持ちや権力者はこういう長ったらしい名前を好んで子どもに付けているが、もしかするとテアヌはそこら辺の人間なのだろうか。いや、それは確信していいのだろう。彼女が身に付けている白いドレス――町中でドレスは目立つため今はその上にジュノのコートを羽織っている――はジュノの目から見て一級品に間違いない。それにテアヌが貴族や豪族の娘だとすれば、男達が彼女を幽閉していたことにも納得がいく。男達は彼女を人質にとり、高い身代金を要求しようとしたと考えるのが妥当だろう。貴族や豪族の間ではよくある話だ。

 と、それとなく事情には察しが付いていたが、やはり詳しいことは本人から聞いた方が早いに決まっている。というより手元にあるこの少ない情報でこれ以上ジュノがあれやこれやと推測したところで何も得られないことは明らかだ。取り敢えず、最低限の情報はできるだけ手に入れておきたい。


「あーそういや、テアヌは貴族とか豪族の人間なのか? そのドレスは一級品みたいだけど……」

「…………」

「……あぁ、言いたくないんならいいんだ。お前にだってそれなりに事情もあるだろうし。……んじゃ本題いくぞ。テアヌはどうしてアイツらに束縛されてたんだ?」


 思い切って訊いてみる。彼女にそれを訊くにはそれなりの覚悟が必要だった。誘拐されたならば、それ相応のショックが彼女にはあったはずだ。

 たとえば、テアヌが高い身分ならば恐らく彼女には護衛や側近がいただろう。テアヌを狙う男達と彼らの間には必ず戦闘が起こる。貴族、豪族の娘だと言っても、結局テアヌは十代前半の少女に過ぎないのだ。彼らの戦闘を見て何かしらショックは受けるだろう。実際にアラストール氏の長女であるビアンカは幼い頃に強賊に攫われ、無事帰還してからもショックで五日間声を出せなかったという。


「…………」

「言えることだけでいい。辛いかもしれねぇけど言ってくれ。お前のためだ」

「…………」

「なぁ、お願いだ。頼む」

「…………」


 テアヌが俯く。ペンを握る手が震えていた。


「テアヌ……」


 誘拐時の記憶がまだ生々しく残っているのだろう。テアヌは何もメモに書こうとはしなかった。

 ため息をつく。こんな状態では彼女から情報を引き出すのは無理だろう。もう少し時間が経てば話してくれるかもしれない。だが、まだ俺とまともに話してくれないのを見るとかなり内気みたいだし、そこを配慮すると話してくれるようになるまで結構な時間を要するようにも思える。そうなればテアヌが話してくれるようになるまで待つより、この一件を事件として治安隊に届け出て彼女を預けた方が、旅人である俺は助かる。勿論、治安隊に届けると言うのは最終手段だ。この状態のテアヌをそのまま治安隊に届けるなんてできればしたくない。だが、これから首都に向けて旅を続けるというのに子ども連れでは思うように進めないだろう。俺だけでも生活するのに精一杯だというのに、それに加えて子どもの世話など荷が重過ぎる。子ども、と言ってもテアヌはそれなりの常識は持ち合わせているように思えるが、それでも手がかかるのを否定できないのは事実だ。


 テアヌがメモに何かを書き始めた。彼女の手元を覗き込む。



『家に帰りたい』



「…………」


 一言、そう書かれていた。


「そっか……そうだよな」


 ジュノは深く息をつきながら、相変わらず俯いたままのテアヌを見た。


 そうだ。彼女は家に帰りたいに決まっている。帰って、家族や友達に会いたいに決まってる。しかし治安隊に引き渡したとしても、彼女が家に帰れるとは限らない。治安隊の事情聴取でも彼女がずっとこの調子なら、テアヌは保健所に送られるかもしれない。そうなればもう、テアヌは自力で家に帰るしかないのだ。十代前半の少女が、たった一人で。それも、今まで車で移動していたことを考えれば、恐らく町をまたぐような距離を行かなければならない。時間の掛かる長い旅になることになるのは目に見えている。


 ジュノは俯く彼女の横顔を見つめ、コーヒーに視線を落とした。水面では自分の渋面がゆらゆらと揺れている。


「……家はどこにあるんだ?」

「…………」


 無言でテアヌが手を動かす。コーヒーから目を離し、ジュノはメモを見た。メモには小さい文字でギンガタムと書かれていた。


「首都だって? なんだ、目的地俺と一緒じゃねーか。それにしても、車とはいえよく首都から辺境の町まで来たな」


 首を傾げる。男達の意図がわからない。首都からこんな辺境までテアヌを連れて来てどんな得があるのだろうか。テアヌを取り返されるのを恐れ、完璧に事を成功させるためにわざわざ遠いところにテアヌを連れて来たのだろうか?


「……まぁ、いっか」


 湧いた疑問を一言で片づける。どうせ憶測したところで何もならない。男達はいないしテアヌは今のところ話してくれそうもないのだ。考えたところで時間の無駄というものだ。

 それにしても……


「首都、かー……」


 目の前をぼーっと見つめながらコーヒーをすする。


 レイファン国はここ十数年でかなりの成長を果たした。中世界(アヴァンティ)でも最新の技術を持ち、それを利用して兵器を作り、その兵器を戦争に使って多くの国を取り込んだ。今現在領土の大きさは中世界(アヴァンティ)で三番目の地位に君臨し、軍事面も中世界(この世界)では一、二を争うほどだ。ジュノの祖国であるアンチェル国も軍事面で世界的に有名だったし、領土もレイファン国程ではないがそれなりの広さを誇っていたが、知っての通り、四年前にレイファン国の植民地とされレイファン国の領土となってしまった。世界でも広い方に入っていたアンチェル国の領土を取り込んだレイファン国は一気に巨大化した。恐らく、今のレイファン国土の四分の一が元アンチェル国土だろう。

 世界第三位の国土面積。それは、辺境から首都までの距離に周囲の国がいくつも入る程の広さだ。つまりここから首都へ行くのは、一国や二国をまたぐのと同じことなのだ。


 もしテアヌをこのまま治安隊に預けたとして、彼らは「家に帰りたい」という彼女の要望を叶えてくれるだろうか?


 いや、きっと彼らは叶えてはくれない。面倒事が嫌いな彼らはきっと、少女に懇願されたところで何も動かないだろう。テアヌが貴族や豪族の娘だとわかれば多少手厚い保護を受けれるだろうが、彼女が貴族や豪族の類の人間だという証拠は一切ない。ジュノはテアヌが貴族や豪族の人間だとは思うが、それはただ単にジュノの勘に過ぎない。ジュノがなぜそう思っているのかといえば、決めてはやはりテアヌが着ているドレスしかないのだ。

 さっきも言った通り、ドレス自体は一級品だ。だからジュノはテアヌが貴族や豪族の人間だと仮定している。だがもし、テアヌが誘拐されたとき、披露宴か何かでたまたまドレスを着ていたのだとすればどうだ? もし、ドレスは普段着じゃなくて、写真撮影があったからその時だけ着ていたのだとすれば?

 テアヌが貴族や豪族の人間である可能性が捨て切れないように、これらの可能性も捨て切れない。そして治安隊などの組織は確証が掴めなければ動けないし動こうともしない。テアヌが証拠や証言をしてくれれば別だが、見る限り彼女は手持無沙汰で証拠になるものは何一つ持ってないし、この状態では彼女は自分の為だと言っても証言はしてくれないだろう。


 そうなればもう、テアヌは一人で帰るしかないのだ。

 国の一つ二つ越えるような距離を、たった一人で。

 金の稼ぎ方もわからないような子どもがだ。

 そんなの無理に決まってる。できるはずがない。

 それをわかっていながら治安隊に預けることなんて俺にはできない。


(……どうせ目的地は一緒なんだよな。なら、いいじゃんか)


 復讐を果たすためにたった二週間だけど一人で旅をしてきた。その間に普通に生活するのがどんなに難しいのか知って、金の稼ぎ方を覚えて、山賊と戦ったりもした。

 そして二週間だけど一人で旅をしててわかったことがあった。

 独り旅は辛いと。

 昨日凄くうまく商談を進められたんだ、とか。今日の朝は散々だったんだよ、とか話したりできないし、それに――もし二人旅だったなら、さっきの俺をもう一人が止めてくれて、男達の命が無くならずに済んだかもしれない。


「…………」


 無意識の内にコーヒーカップを握る手に力が入る。胸が張り裂けそうだ。後悔したって始まらないことはわかってる。だけど、もし二人旅だったならと思うとどうしてもそんな考えが浮かんでしまう。


(……こんな思い、誰にもして欲しくない)


 独りは辛い。

 だから自分よりもずっと幼く弱いテアヌをそんな旅に出したくはない。独りにさせたくない。

 ただのわがままかもしれない。それでもいい。俺は独りが嫌だ。それを誰かに体験して欲しくないし、もう体験し続けるのは懲り懲りだ。

 だから。


「なぁ、テアヌ」


 俺は決めた。

 今日から二人で旅をしようって。


 テアヌが顔を上げ、俺と目を合わせた。「なに?」と言うように首を傾げ、大きな瞳でこちらを見つめる。俺は意を決し、そして言った。


「俺と一緒に来ないか? 俺がお前を家まで送ってやるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ