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アンチェルの復讐者  作者: 梅玉 サキ
第一章 出会い
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二話 何事も計画的に

 辺境の町サハルに着くのにそう時間はかからなかった。町を歩いていると温泉というキーワードが盛んに目に入ることから、どうやらこの町は温泉街らしい。ならさきほど山賊から奪ったものを商人に売りさばき、さっさと久しぶりの湯に浸かろうとしよう。グロダンド山脈越えはそれなりにきつく越えるのに三日もかかってしまったし、なによりお陰で早くも体から異臭が立ち始めているのだ。これには早急に対処した方が無難そうだ。だが一先ず金を手に入れなければ始まらない。俺は温泉街を見回し、妥当な商店を見付けると早速売り込みに行った。


「いらっしゃい。何をお求めかい?」


 勘定台に近寄ると、俺が声をかける前に初老のおっさんが活気のある声でそう訊いてきた。肥えたぽっちゃりとした体が印象的な彼の売る気満々な雰囲気に圧倒され苦笑する。


「いや、俺は客じゃないんでね。ちょっと買い取って貰いたい品があって」


 そう説明するとおっさんの目付きが鋭いものに変わった。商人独特のそれに見守れながら、バックの中の亜空間から先程山賊からかっぱらった品々を取り出し、勘定台に一つ一つ並べて行く。全て出し終わるとおっさんは俺と出された品々を交互に見、次に探るような視線を向けてきた。


「……まさか、盗んだんじゃないだろうな」


 慮外な一言だったが、まあ、それも俺の格好を見れば仕方のないことだろう、と逆立った気を宥める。実際、グロダンド山脈の内部を三日間も放浪していたせいで俺の格好は酷い有り様になっていた。先程の山賊達と比べても、さほど格好に違いはないだろう。寧ろ俺が彼らの中に入ったとしても違和感は湧かないと思う。俺自身がそう思うのだから、他人がそう思ったところで不思議はないだろう。ただ、出会って早々失礼な一言ではあったことには変わりはないが。

 正直なところ、盗んだという単語にぎくっとしたことは否定できない。まぁ、決して俺は非道なことは行なっていないが。……いや、腕を斬り落としただけでも十分非道と言えるか。まあ自分が非道か違うかなど至極どうでもいいことなのだけれど。

 ただこのままでは商談に致命的な(ひび)が入りそうなので、一応否定はしておくが。


「そんな滅相もない。これは元々山賊のものだけど、彼らは自らこれらを置いてったんだ。俺に非はない」

「はぁ~……なんとも、山賊相手に巧いことするなぁ。おれも少しは見習いたいもんだ」


 素直に嘆息され、なぜだか湧いてきた悪気も相まってぎこちない笑みが零れる。


「まぁ慣れたもんだよ。ところで、それはいくらになる?」

「そうだなぁ……全部で一五六〇〇ギルでどうだい?」


 悩んだ末に弾き出された数字に、しかし俺は首を傾げることしかできなかった。


「あー悪い。俺まだこの土地に来たばかりで金銭感覚が掴めてないんだ。それはセズで直すといくらなんだ?」

「セズ? セズなぁ……大体一七三〇〇セズってところじゃないか?」


 ふーん、と適当に頷きながら、あれやこれやと演算を頭の中で繰り返す。それとなくだが、俺の中でギルに対しての価値を見出すことに成功した。ふむふむ、と鑑定台に置かれた品々を品定めしていく。


「なるほどな……これ単品だといくらになる?」


 そう言って俺が指差したのは、どこかの貴族から奪ったのであろう白銀色が印象的な真珠の埋め込まれた指輪だ。神秘的な輝きを放つ真珠は見ているだけでぼーっとしてしまう。今は山賊達の管理が悪かったのか多少汚れているが、拭き取れば問題ない、十分商品として成り立つはずだ。勘定台に載せられた品々の中ではこれが一番値が張ると見え、まさに商談の要となる品だった。


 指された指輪を見て、おっさんの常時浮かべていた笑顔が一瞬引き攣った。


「それだと一○一〇〇ギルくらいが妥当かねぇ」


 ほんの一瞬だけ晒されたその表情を隠すような、一転してのんびりとした口調でおっさんは金額を提示してきた。

 指輪としては十分過ぎるほどの値段だ。大抵の者ならばここで商談を打ち切り、喜んで物を差し出すだろう。

 だが、と俺は心の中で一息入れた。

 あくまでもそれは一般人の場合であって、師匠の自宅で数々の装飾品に囲まれながら二年半暮らしたお陰で目を肥やした俺にとっては、まだまだ満足できない値であった。

 だから比較的友好な笑みを見せながら、俺はおっさんに仕掛けた。


「もう少し上げられないか?」

「すまんな。これ以上は……」

「そうか。なら別の店に」

「いや! 待ってくれ。買うよ、買うから待ってくれ!」


 半ば身を翻したところでおっさんの制止を受け、俺は少しだけうんざりした気持ちで振り返った。そんなに欲しいなら最初から下手な芝居しないで見合った価格を言ってくれりゃよかったのに。よほど金に困っているのだろうか? いや、このたっぷりとしたお腹を見るにそれなりに裕福なのは確かだろう。


「いや、騙そうとして悪かった。勘弁してくれ。この通りだ」


 大きなお腹を揺らしながら、尚も冷めた視線を送り続けている俺におっさんは勘定台の向こうからぺこぺこと頭を下げた。明らか全く誠意の籠っていない謝罪に少しむっとするも、商談が俺にとって有利な方向に動いてきたのでその感情は即燃焼。代わりにため息を一つ吐く。


「わかったなら別にいいけど。んで、これいくらで買い取ってくれんの?」

「そうだなー……あんたの希望を聞いておこうか」


 キターッ! と商談の流れが完全に俺次第になったことに俺は内心でガッツポーズを決めたが、決して表には表さない。あくまで涼しそうに俺は先程から決めていた値をおっさんに告げた。


「これ単品で一九二〇〇ギル。全部で二七九〇〇ギルぐらいかな」

「そ、そりゃあ……何かの冗談で?」


 たらりとおっさんの額から汗が一筋落ちる。笑顔が瞬間冷凍された。

 ぷっザマア、と俺が内心で吹き出したのは秘密。


「言っておくが俺は本気だぞ。あんたが俺の提示した金額を出せないのなら他の店を当たるまでだ」


 焦るおっさんに、対して俺はこの余裕っぷり。見せつけでもあるが、本当のところ俺はここじゃなくても別の店を当たればいいだけの話なので、あながちこの余裕は演技でもない。完勝を目前に漏れた自然な動きとでもいうのだろうか。

 まぁ、それほどまでに商談は完全な俺の独擅場となっていたという訳で。

 今にも笑みが零れそうな口をなんとか自制しながらおっさんの返答を待っていると、おっさんは心底残念そうにため息を吐いたのだった。


「負けたよ、あんたにゃ。だが二七九〇〇ギルは高過ぎだ、二六四〇〇なら買い取るがな」

「オーケー。いやぁ、話の早い人でよかった」


 元々高く提示した値だ。一五〇〇ギルくらいは大目に見てもいいだろう。

 ニヤニヤと予想以上に上手く行った商談に笑みを隠せないでいると、おっさんが尊敬の眼差しで俺を見てきていた。普通ここは気持ち悪がるところだろうに、変わったおっさんだ、ついでに商談のやり方も相当変わっているけど(へたくそだが)な、と内心で何気に毒づいていみる。


「それにしてもあんた若いのにセンスあるなぁ。いっそのことこっちの道来りゃ、いい金儲けができるだろうに。まったく惜しい人材だ」

「褒め言葉をありがとな。褒めても何もでないけど」

「ははは、そうかい。そりゃ残念だ」


 笑いながら本当に残念そうに顔を歪める彼に苦笑する。まさかこの状況で本当に何か出ると思っていたのだろうか。なんとまぁ、考え方がミステリアスな御人だ。

 おっさんの不思議キャラに戸惑いながらも、なにはともあれ商談はうまくいったので良しとしよう、そう考え俺は品々を渡し代わりに紙幣を貰うとおっさんの店を後にした。







 温泉街には観光地ということもありそれなりに人が多い。無駄に多い人口に煩わしく思いながらも雑踏を進み、温泉を目指す。温泉特有のにおいの立ち込める通りは歩いているだけで気分が癒された。独特のにおいのある硫黄も、普段ならばそれほど好きではないものなのだが、グロダンド山脈の森林のにおいからようやく解放されたということもあり、今の俺にとってはあらゆる意味で癒しだった。これから温泉に入って今までの疲れを流そうとする思いは強くなる一方だ。

 幸い、温泉に入っても食料や寝床を確保できるだけの金は十分残る。それならば先の心配など忘れてゆっくりと温泉を楽しもう、と俺は喜々に高ぶる胸を抑えながら目的地へと急いだ。


 今回の商談は得られた金が二週間程旅してきた中での最高金額ではないものの、今までの中で最高の出来だったと自負してもいいものだった。いやー本当に俺にとって実に有意義な商談だった。あれほど自分の思い通りに事の進む商談というのもなかなかない。これは二週間という短い旅の中で早くも培われた商談力の恩恵だろうか。それとも俺の潜んでいた才能が遂に開花したということかッ?

 ……などとほざいてはみるが、実際、今回の相手がおっさん(マヌケ)だったからここまで良い結果を得られた訳で。


「……まあ、結果オーライということで」


 自分の実力でもぎ取った成果ではないと思うと少し悲しくなったジュノだが、そう声に出すことで取り敢えず自分を言い聞かせた。

 ふと顔を上げてみれば前方から車が走ってきていた。勿論車道であるが、まだ車の普及の進んでいないはずのこの国で、しかもこんな辺境の町に車なんて珍しいこともあるもんだなー、と目で車を追っかけてみる。

 ジュノからすれば十分大きいと言える車だった。人を運ぶのではなく、どちらかというと荷物を運ぶ部類の車だ。確か貨物自動車(トラック)とか言ったような、と世界的に見て科学の発達が進んでいないニコミッテ国で二年半を過ごしたジュノは、はて? と朦げな記憶に首を傾げた。その間に車はジュノを人とは比べ物にならない速さで通り過ぎて行く。

 あまりお目にかかれるものじゃないし、できることなら足を止めてその後ろ姿を眺めたいものだったが、歩くのを止めた途端俺の後ろから歩いてくる人々から罵声を浴びるのは目に見えている。仕方なく目だけで車を追っていく。


(ん?)


 走り去る車の後ろには木と鉄柵を組み合わせて造られた扉があった。あそこから人が出入りできるようになっているのだろう。それだけでは別に不思議とも何とも思わないのだが……


「気のせい……か」


 車が角を曲がる前、一瞬、ほんの一瞬だけ、扉に取り付けられた小さな鉄柵を白い、まるで人間の手のようなものが掴んでいたように見えたが、きっと、気のせいだろう。それに貨物自動車と言っても何を乗せるのかは持ち主の自由だ。人が中に乗っていたとしても不思議ではない。


 ――ただ、あの手のようなものがまるで牢獄の囚人のように「ここから出してくれ」と言わんばかりに鉄柵を掴んでいたのは印象的だったが。


 だがまあ、結局はそれだけの話に過ぎないと、ジュノはもう後ろを振り返らず、異臭を放ち始めた体を早く洗い流そうと温泉に急いだ。







 受付で金を支払った後、温泉施設の外に出たジュノは大きく息を吐いた。胸の中が浄化されたような気分だ。金を支払う際についでで買った牛乳瓶を手に鼻歌交じりに温泉街を歩いて行く。もうすぐ七時になろうとしているが、夏ということもありまだ視界はオレンジ色だった。


「っぷはーッ! やっぱいいな、こういうのは」


 牛乳を飲みながら先程よりは多少人が減ったと見える雑踏を闊歩する。

 そりゃあもう上機嫌で。


「あーいい気分だー。うひゃひゃ」


 不気味な笑い声を零す青年に周囲から冷たい視線が投げ掛けられたが、当の本人は全くせずに通りを進んでいく。既に昼間のような熱気は大気中にはなく、代わりに風呂上りには丁度いい涼風が町を流れるように吹いていた。それがまた彼の心を躍らせる。


「あ」


 不意にジュノは足を止めた。高ぶった心に冷水を掛けられたような感覚に血の気が引いた。


「やべ……すっかり忘れてた」


 正気に戻り考えてみれば、優先するのは宿を決めることだったはずだ。それを不覚にも忘れていたとは……己のうっかりさに堪らず呆れた。

 腕時計を見れば時刻は七時を少し過ぎたところだ。思わずため息が零れる。この時間帯では既にどの宿も満室だろう。なによりここは観光地というのだからその可能性は他の町よりずっと高い。最早ジュノが今夜宿に泊まれる可能性は皆無に等しかった。

 一応バックの中の亜空間に寝袋は収納されておりいつでも取り出せる状態だが、ぱっと見る限り、観光地なだけに無駄なスペースを一切排除し小奇麗に整えられているため、寝床に最も適する場所――要は空き地――がこの町にはないのだ。それがまたジュノを悩ませる。

 あー俺のバカ俺のバカ! どうして宿を取っておかなかったんだーッ! と今にも叫び出しそうになるのをぎりぎりで抑え、代わりに自分の無能さに大きくため息を吐いた。


「野宿かよ……」


 せっかく風呂に入って綺麗になったというのにこれでは台無しだ。

 思わず頭を抱える。


「――まぁいっかー。ひっく」


 だかそれも束の間、次の瞬間には紅潮した顔でニヤけながら、ジュノはふらふらと覚束ない足取りで温泉街を放浪し始める。既に意識は朦朧とし、自分が何をしているのかもわからないまま彼は右へ左へ後ろへとよろけながら、危なっかしい歩き方で温泉街を再び闊歩するのだった。



 ちなみにジュノが飲んだのはサハル名物、アルコール入牛乳(カルーア・ミルク)――コーヒー・リキュールのカルーアを牛乳で割ったカクテルで、飲み易いがアルコール度数は決して低くない――というお洒落な一品であり、結果彼は泥酔状態となってしまったのである。アルコールに対してなんの耐性も持っていない青年が飲んだのだから、当然といえば当然の結果であった。

 だがそんなこと勿論のこと知らない当人は、不幸ながらも泥酔状態のまま町を彷徨うこととなったのだった。





















 翌朝、俺は壮絶な頭痛に見舞われたながら目を覚ました。頭が重く、ずっと奥からガンガンとまるで金槌で殴られているような途轍もない痛みを感じる。視界はボヤけ、まるで世界がぐるんぐるんと回っているようだ。天地の区別が付かなくなるくらいの目眩に吐気を覚えながら、必死で昨夜のことを思い出そうとするが、なかなか思い出せない。温泉施設から出て、牛乳を飲みながら町を歩き、それから――

 それから……なんだっけ。駄目だ、全然思い出せない。


 取り敢えず昨夜のことは後で思い出すとして、今は状況確認だ。喉までせり上がって来る酸っぱいものをぐっと堪え、横たわっていた上半身を全力を持って起こす。一気に視界がぐるんと大きく揺れ、俺は堪らず額に手を載せた。体が燃えるように熱いと感じるのはきっと気のせいだろう、と何やら普段より温かい額から手を離し、辺りを見回す。

 てっきりそこには地面が広がっていると思っていたのだが、ジュノの予想を裏切り、そこは屋根と壁で囲まれた小さな部屋だった。部屋には開けっ放しになっているドアから射し込む光しか明かりはなく、窓や照明器具など、ドア以外に光を取り込むようなものは一切ない。幸いにもドアから入り込んだ明かりで床は木製、他は鋼鉄でできているようだということがぎりぎりわかったが、やはりジュノにはどれも見覚えがない。



 ここはどこだ?



 辺りを見回す。

 ――そして愕然とした。


 起きてから今の今まで気付かなかったが、部屋の隅、角に人影があった。


「…………」


 俺と人影との間に妙に気まずい沈黙が流れる。

 人影改め少女はうつむきこちらと目を合わせようとしない。その様子に更に動揺しながら、俺の頭にふと一つの可能性が浮かんだ。


「――え、なにこれ、ドッキリ?」


 もしこの予想が当たっていたとすれば、寝起きにこんな気まずい沈黙をサプライズしてくれた輩にはとびきりのパンチを喰らわせてやろうと、俺はこの時心から思った。

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