第9話:『王立図書館と、禁断の歴史書』
第9話:『王立図書館と、禁断の歴史書』
エララの後をついて歩くこと数十分。私たちは、王城のすぐ脇に建つ、荘厳な石造りの建物の前に到着した。
「ここが……私の城よ」
彼女が重厚な鉄扉を押し開けると、そこには息を呑むような光景が広がっていた。
天井まで届く巨大な書架。螺旋階段がDNAのように絡み合い、無数の本が壁一面を埋め尽くしている。空気はひんやりとしていて、古紙とインクの匂いが漂う、静寂の聖域。
「王立図書館……。一般人は立ち入り禁止の区画ですよね?」
私が恐る恐る尋ねると、エララは得意げに眼鏡の位置を直した。
「ええ。でも私は特別。……これでも、史上最年少で『王宮主席司書』に任命された天才だから」
彼女は迷路のような書架を迷いなく進み、奥にある隠し扉のような部屋へ私たちを招き入れた。
そこは「研究室」というよりは、「本の巣窟」だった。床まで積み上げられた書物の塔。机の上には羊皮紙と羽ペンが散乱し、飲みかけの紅茶カップが危ういバランスで置かれている。
「適当に座って。……そこの本、踏まないでね。国宝級だから」
「国宝を床に置くなよ……」
ユリオが呆れながら、ソファの上の本をどかしてスペースを作ってくれた。エララは机のランプを点け、例の『黒い箱』をドスンと置いた。
「さて、本題に入りましょう」
彼女の瞳が、知識欲にギラリと光る。
「単刀直入に聞くわ。……あなた、『異界』の言葉がわかるの?」
心臓がドクリと跳ねた。異界。彼女は、この箱がこの世界のものではないと気づいている?
「……全部じゃないけど、読めます。これは……私の故郷の言葉に似てるから」
私は正直に答えた。この天才少女に嘘は通じない気がしたからだ。
「読んでみて」
「……『プロダクト・オブ・ノースガルド』。タイプ、スワンプ・ストーカー・ゼロフォー」
私が英語を読み上げると、エララは満足そうに頷き、そして一冊の分厚い本を棚から引っ張り出してきた。表紙には『禁忌の歴史書』と刻まれている。
「やっぱりね。……この記述と一致するわ」
彼女が広げたページには、手書きのスケッチで、奇妙な機械の絵が描かれていた。それは、どう見ても「宇宙船」や「ロボット」の残骸のように見える。
「三〇〇年前。……空から『鉄の星』が落ちてきたという伝説があるの」
エララは語り始めた。
「その星は北の極地、『ノースガルド』に墜落した。……当時の人々は、それを神の怒りだと恐れ、北の地を『封印指定区域』として閉ざしたのよ」
「鉄の星……」
私は黒い箱を見つめた。もしかして、それは未来の、あるいは別の惑星から来た宇宙船だったんじゃないか?
「それ以来、北の国は独自の進化を遂げたと言われているわ。……魔法ではなく、『機械』という異質な力を操る国として」
エララは声を潜めた。
「でも、王政府はこの事実を隠蔽している。『北には野蛮な部族しかいない』と教えているの。……民衆がパニックになるのを防ぐためにね」
「だが、現実にこいつが来た」
ユリオが黒い箱を指差す。
「地下水道にいた機械のワニ。……あれは偵察機だ。封印されていたはずの北の国が、動き出している証拠だろ」
「ご名答。……筋肉だるまにしては察しがいいわね」
「筋肉だるま言うな」
エララは真剣な表情で私に向き直った。
「リリア。あなたの知識が必要よ。……この箱の中身、解析できる?」
私は箱を手に取った。側面にある小さな窪み。これはUSBポート……いや、メンテナンス用の接続端子だ。二〇四〇年の知識があれば、構造はなんとなくわかる。でも、パソコンがない。
「……中身を見ることはできないけど、この箱が『何をしているか』なら、私の魔法でわかるかも」
「魔法で?」
「うん。……電気信号を感じ取れるの。ちょっとやってみる」
私は『聖樹の杖』を箱の端子に押し当てた。目を閉じて、集中する。魔力を、極細の電流に変換して流し込む。ハッキング魔法━━なんて大層なものじゃないけど、回路の反応を探るくらいなら。
『……ピ、ピピ……』
頭の中に、ノイズ交じりの信号が流れ込んでくる。
『……座標データ……送信完了……』 『……次ナル目標……王都ノ……地下……』 『……子供ヲ……確保セヨ……』
「ッ!?」
私は弾かれたように手を離した。
「どうしたの!?」
「……データが、送信されてた。……王都の地図データと、地下水道の構造図。……それに、『子供を確保せよ』っていう命令も」
「子供を……?」
エララの顔色が青ざめる。
「まさか、『神隠し』の噂は……」
「神隠し?」
「ええ。ここ数ヶ月、王都の貧民街で、子供が行方不明になる事件が多発しているの。……人買いの仕業だと思われていたけど、もしそれが北の国の仕業だとしたら……」
目的はなんだ? 労働力? それとも……もっと恐ろしい実験の材料? 私の脳裏に、あの機械ワニの冷たいカメラアイが蘇る。
「……許せない」
ユリオが拳を握りしめた。彼の目には、静かだが激しい怒りの炎が宿っていた。
「子供をさらうなんて、見過ごせない。……エララ、俺たちはこの件を追う」
「ふふ、そうこなくちゃ」
エララは眼鏡を光らせ、ニヤリと笑った。
「私も協力するわ。……この世界の『空白の歴史』を暴くのは、私の悲願でもあるからね」
彼女は机の引き出しから、王都の地下配管図を取り出した。
「ワニがいた場所から推測するに、奴らの拠点はここ……『旧地下書庫』のあたりよ。明日の夜、調査に行きましょう」
こうして、私たちは即席の調査チームを結成することになった。記憶喪失の剣士。異世界からの転生者。そして、禁忌を知る天才司書。
奇妙な三人組が、王都の闇に潜む巨大な陰謀へと挑む戦いが、静かに幕を開けた。




