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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第73話:『ワイヤーフレームの森』

第73話:『ワイヤーフレームの森』


 ザッ、ザッ、ザッ……。


 私の足音が、乾いた音を立てて響く。王都へと続く街道を外れ、脇道へと逸れてから数時間が経過していた。周囲の景色は、徐々に、しかし確実にその様相を変え始めていた。


「……変ね」


 私は立ち止まり、道端の木に手を触れた。ザラザラとした樹皮の感触がない。ツルツルとした、まるでプラスチックのような質感。見上げれば、枝葉の形がおかしい。自然な曲線ではなく、カクカクとした直線的なポリゴン(多角形)で構成されている。風に揺れることもなく、緑色の板状のオブジェクトが空中に固定されているだけだ。


「解像度が……落ちてる?」


 『……気づいたか』


 レンの声が、ノイズ混じりに脳内に響く。さっきまでのクリアな通信とは違い、遠くからラジオを聞いているような不安定さだ。


 『このエリア(セクター)は深刻だぞ。バグってるんじゃない。「間引かれて」いる』


「間引かれてる?」


 『ああ。管理AIを失ったサーバーが、リソース不足を補うために、重要度の低いエリアのデータ供給をカットし始めてるんだ。……要するに、この森はもうすぐ「無かったこと」にされる』


 背筋が寒くなった。暴力的なエラーモンスターや、狂ったNPCの方がまだマシだ。彼らはまだ「存在」しているのだから。けれど、ここは違う。静かに、誰にも気づかれないまま、世界から消しゴムで消されようとしている。


 私は歩みを早めた。この先に何があるか、私は知っているからだ。


「急がなきゃ」


 進むにつれて、世界はさらに簡略化ローカライズされていった。木々は緑色の円錐形になり、草花は地面に描かれた粗いドット絵に変わった。やがて、地面の土のテクスチャさえも剥がれ落ちた。


 カツーン、カツーン。


 足元から響く硬質な音。私が歩いているのは、もう土の上ではない。黒い虚空の上に引かれた、緑色の格子線グリッドの上だ。


「……嘘でしょ」


 私は息を呑んだ。森が、透けている。360度、見渡す限りの景色が、緑色の線画ワイヤーフレームだけの世界に変貌していた。向こう側の山も、空に浮かぶ雲も、すべてが骨組みだけの幽霊のような姿。


 その中を、一匹の鹿が走っていくのが見えた。けれど、その鹿もまた、緑色の線で描かれた輪郭だけの存在だった。鹿は数メートル走ると、フッと線が途切れ、音もなく虚空に溶けて消滅した。


 『……ロストしたな。あいつのデータは、もう復元できない』


 レンが淡々と告げる事実が、胸に重くのしかかる。


「……この先に、村があるの」


 私はグリッドの地面を強く踏みしめた。


「『宿場村ラニア』。……私たちがまだ出会って間もない頃、最初に辿り着いた村よ」


 王都へ向かう途中、モンスターに追われて逃げ込んだ小さな村。お金のない私たちは、宿屋の主人に頼み込んで、薪割りの手伝いをする代わりに納屋に泊めてもらった。村の子供たちに魔法を見せてあげたら、目を輝かせて喜んでくれた。


 ━━『お姉ちゃん、すごい! キラキラしてる!』  ━━『お兄ちゃん、その剣かっこいい! 勇者様なの?』


 あの笑顔も、あの温かさも、全部消えてしまうというの? ただの「不要なデータ」として?


「……させない」


 私は杖を握りしめ、走り出した。グリッドの上を滑るように駆ける。視界の端で、ワイヤーフレームの木々が次々と崩壊し、黒い塵となって消えていく。崩壊のウェーブが、後ろから迫ってきているのだ。


「間に合って……!」


 肺が痛くなるほど走り、丘を駆け上がった。そこから見下ろす盆地に、その村はあるはずだった。


 ザァァァァ……。


 丘の上に立った私は、眼下の光景に言葉を失った。


 そこにあったのは、村ではなかった。黒い虚無の海に浮かぶ、頼りない光の設計図だった。


 家々の壁はなく、緑色の柱と梁だけが空中に浮いている。井戸も、畑も、風車も、すべてが透き通った線画の集合体。そして、そのスカスカの村の中を、半透明の人影のようなものが、ゆらゆらと動いているのが見えた。


「……あ」


 喉が詰まる。彼らはまだ、そこに「いる」。自分たちの世界が骨組みだけになっていることに気づかず、消えかけた日常を繰り返しているのだ。


 そして、村の中央。唯一、色彩と質量を保っている小さな建物━━教会が見えた。その周囲に、見覚えのある紫色の光のドームが展開されている。


「悠斗……」


 間違いない。あの光は、彼の魔力だ。彼が、たった一人でこの消えゆく世界を支えている。


 私は丘を滑り降りた。ワイヤーフレームの森を抜け、透明な村へと飛び込む。そこにあるのは、敵意や殺意ではない。ただただ悲しい、静寂なる滅びの風景だった。





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