第70話:『守護者の暴走』
第70話:『守護者の暴走』
ドォォォォンッ!!
爆発音と共に、私の視界が紫色の閃光で埋め尽くされた。
「くっ……『多重障壁』ッ!!」
私は反射的に、持てる魔力の全てを防御に回した。目の前に幾重もの光の盾が展開される。直後、その全てを粉砕するような衝撃が襲った。
ガガガガガギィィィィンッ!!!!
重い。鉛の塊で殴られたような、内臓に響く重撃。私の足が地面を削り、後方へと滑っていく。展開した五枚の障壁のうち、三枚が一撃で砕け散った。
「はぁっ、はぁっ……!」
土煙の向こうから、黒い影がゆらりと現れる。悠斗だ。身の丈ほどある大剣を片手で軽々と振り抜いた姿勢のまま、赤い眼光で私を射抜いている。その剣身には、バグの証である赤黒い稲妻が蛇のように絡みついていた。
『警告(Warning)。……侵入者ノ排除ヲ続行スル』
感情のない機械音声。彼は次のモーションに入った。予備動作がほとんどない。システムの補助を受けた、最適化された殺戮の動き。
「待って! 悠斗、私よ! わからないの!?」
私の叫びは、ノイズ混じりの風にかき消される。彼が地面を蹴った。速い。騎士の重装備とは思えない加速。
ヒュンッ!
横薙ぎの一閃。私は咄嗟にしゃがみ込み、頭上を通過する死の刃を回避した。背後の巨木が、音もなく両断され、ずずんと倒れる。
「……ッ!」
反撃しなきゃ。やられる。私は杖を彼に向け、至近距離から魔法を放った。
「『氷槍』!」
数本の氷の槍が生成され、彼の胸板へと殺到する。だが、彼は避けようともしなかった。ただ、持っていた大剣を軽く身体の前にかざしただけ。
カォンッ! パリリンッ!
硬質な音が響き、氷の槍は彼の鎧に触れることさえできず、見えない壁に弾かれて砕け散った。
「なっ……!?」
『━━バカな! 今のは直撃コースだったぞ!?』
レンの驚愕の声が響く。私は呆然と、無傷の黒騎士を見上げた。
「……嘘でしょ」
私は知っている。あの構えを。あのタイミングを。あれは魔法じゃない。スキルだ。
━━『絶対防御』。
騎士クラスの高等スキル。ほんの一瞬だけ、あらゆる方向からの攻撃を無効化する鉄壁の防御技。かつて、強力なボスのブレス攻撃から、後衛にいる私を守るために、彼が何度も何度も使ってくれた技だ。
「なんで……」
涙が滲む。皮肉すぎる。彼が私を守るために磨き上げた「最強の盾」が今、私を拒絶する「絶望の壁」となって立ちはだかっている。
『梨花! 奴のクラス特性は「守護騎士」だ! 防御アルゴリズムがバグで強化されてやがる! 正面からの魔法攻撃は9割方カットされるぞ!』
「そんな……じゃあ、どうすれば!」
『排除、排除、排除……』
悠斗が再び迫る。今度は大剣を上段に構えた。ただでさえ重い一撃に、重力加速度が加わる。
「くっ……『浮遊』!」
私は防御を諦め、後方へ大きく跳躍した。直後、私がいた場所に剣が突き刺さり、地面が爆ぜた。紫色の炎と土砂が舞い上がる。
衝撃波で吹き飛ばされながら、私はキャンプサイトの端、あのボロボロのテントの近くに着地した。
「うぅっ……!」
体勢を立て直そうと顔を上げる。すると、それまで機械的に追撃してきていた悠斗の動きが、ピタリと止まった。
ギギギ……。
彼の兜が、ゆっくりと私━━正確には、私の背後にあるテントに向けられた。赤い瞳の明滅が激しくなる。
『……離レロ』
今までよりも低く、殺意に満ちた声。
『ソコカラ……離レロォォォッ!!!!』
ドォォォンッ!!
彼から噴き出した赤黒いオーラが、周囲の空間を歪めた。それは「侵入者」への怒りであり、彼が守るべき「聖域」を汚されたことへの防衛本能の暴走だった。
「……っ!」
私は理解した。彼は、あのテントから離れられないのだ。あの中に「私がいる」と信じ込んでいるから。だから、そこを背にして戦い、そこへ近づく者を全力で排除しようとする。
その忠誠心が、今は悲しい枷となって彼を縛り付け、私を傷つける刃となっている。
「……わかったわよ」
私は杖を構え直し、テントを背にして彼と対峙した。逃げ場はない。彼の「護り」を打ち破らなければ、彼を救い出すことはできない。
「あなたが守りたいものは、私が一番よく知ってる。……だって、それは『私』なんだから!」
終わらない夜の森で、守護者と魔女の、悲しい死闘が再開された。




