第68話:『歪んだ獣道』
第68話:『歪んだ獣道』
地下水路のジメジメした闇の中を、私は「照明、ライト」の魔法で周囲を明るく照らしながら出口に向かっていた。もうすぐ地上に出られるはずだ。
あ~お風呂に入りたいなぁ。そういえば、この世界ではまだお風呂入ってないなぁ。あるといいなぁ。と、ぼーっと考えながら、王都の西外れにある地下水路の出口を目指していた。
無事に出口に到着した。出口にはドアは無いので、外の様子を見ることができる。入って来た時には昼間だったはずだけれど、私を待っていたのは、奇妙な夜だった。
ザァァァァ……。
頭上には、紫色の雲が渦巻く空。その裂け目から覗くのは、砕け散ったガラス細工のような、無惨な姿の月だった。月光は蒼白く、森の木々を不気味なシルエットとして浮かび上がらせている。
「……時間の進みが早い?」
私は空を見上げて呟いた。地下に潜ったのは昼間だったはずだ。それなのに、黄昏時はすでに過ぎて、しっかりとした真夜中の様な夜だった。風はない。虫の声もしない。ただ、世界が壊れていく乾いたノイズ音だけが、耳鳴りのように響いていた。
『エリア移動を確認した。そこは王都の西外れにある地下水路の出入口じゃあないぞ。……現在地は「迷いの森」北部。王都へ続く旧街道の近くだ。ドアとか出入り口には気を付けろ。移動してしまうバグ状態になっているかもしれない』
レンの声が脳内に響く。私は頷き、目の前に伸びる細い獣道を見据えた。
「懐かしいわね。この風景」
私は杖を突き、歩き出した。かつてまだ私が転生だと思っていて、戸惑いながら王都を目指して悠斗と二人で何日も歩き続けた道だ。ポーション代を節約するために馬車を使わず、泥だらけになって踏破した記憶がある。
━━『あと少しだ、リリア。この森を抜ければ、王都の灯りが見えるはずだ』 ━━『もう無理よぉ、足が棒になったわ。……悠斗、おんぶして』 ━━『甘えるなよ。……ほら、手なら引いてやるから』
そんな他愛ない会話が、枯れ木の間から聞こえてくる気がした。私の前を歩く、彼の背中。いつも彼は前を歩き、蜘蛛の巣を払い、私が転ばないように地面を均してくれた。 その優しさに甘えてばかりいたあの頃。
ガサッ。
不意に、草むらが揺れた気がした。私は足を止め、周囲を警戒する。モンスターか? いや、気配はない。ただの風のいたずらかもしれない。
私は再び歩き出した。けれど、10分ほど進んだところで、妙な違和感を覚えた。
「……あれ?」
道の脇にある、雷に打たれて裂けた巨木。黒く焦げたその幹の形状に、見覚えがあった。さっき、通り過ぎなかったか?
「気のせい……よね」
森の木々はどれも似たような形をしている。私は不安を押し殺して足を早めた。さらに10分。風景は変わらない。同じように曲がりくねった道。同じ配置の岩。そして……。
「……嘘でしょ」
私の目の前に、また「雷に打たれて裂けた巨木」が現れた。三度目だ。絶対にありえない。私は真っ直ぐ進んでいるはずなのに。
『……気づいたか、梨花』
レンの声が低くなった。
『ループしてるぞ。このエリア、空間座標が閉じてやがる』
「ループ?」
『ああ。マップデータが破損して、次のエリアを読み込めなくなってるんだ。……進んでも進んでも、自動的に入り口の座標に戻される「無限回廊」になっているようだ』
私は立ち尽くした。見渡せば、森の木々が歪んで見えた。遠近感が狂い、奥へ行けば行くほど景色が引き伸ばされ、まるで騙し絵の中に入り込んだようだ。
「どうすればいいの? このままじゃ、一生ここから出られない」
『普通のRPGなら詰みだな。……だが、ここは壊れた世界だ。正規のルートがないなら、無理やり壁を壊して進むしかない』
レンがキーボードを叩く音が聞こえる。
『よし、解析完了。……お前の2時の方向、約15メートル先の空間。そこにデータの「継ぎ目」がある。テクスチャの貼り合わせがズレて、裏側のコードが露出してる箇所だ』
私は言われた方向を見た。暗い森の闇。一見何もない空間だが、目を凝らすと、そこだけ空気が蜃気楼のように揺らぎ、紫色のノイズが走っているのが見えた。
「あそこね」
私は杖を構えた。本来なら、絶対に通れない「世界の壁」。でも、今の私は、その壁を認識できる。
「悠斗との思い出の道を、こんなふうに歪めさせない」
私は魔力を練り上げた。属性はいらない。純粋な魔力の塊を、あの「継ぎ目」に叩き込んで、ループの起点ごと破壊するわ。
……魔力充填。
「空間干渉、スペースハック」
「開けッ!!」
ドォォォォンッ!!
私は杖から衝撃波を放った。それは物理的な破壊力を持って空間を殴りつけた。
パリンッ、パリンッ、ガシャンッ!!
世界が割れる音がした。目の前の森の景色が、ガラスのように砕け散り、剥がれ落ちていく。裂け目からは強烈な光が溢れ出す。
『警告解除。……座標固定、正常化。道が開いたぞ!』
砕けた空間の破片がキラキラと舞う中、新しい道が現れた。それは、さっきまでの鬱蒼とした獣道ではない。少し開けた、森の中の広場へと続く小道だった。
そして、その道の先。暗い森の奥深くに、揺らめく「灯り」が見えた。
「……焚き火?」
誰もいないはずの森。けれど、そこには確かに、紫色の炎が燃え続けていた。まるで、誰かが帰ってくるのを待ち続けるように。
「……まさか」
胸がざわつく。あの場所を知っている。
私は杖を握り直し、砕けた空間の境界線を踏み越えた。その先に待つものが、ただの懐かしい思い出ではないことを予感しながら。
感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!!
ちょっと面白いかなと思いましたら評価をお願いいたします。反響は励みになります。




