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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第64話:『バグだらけの街』

第64話:『バグだらけの街』


 灰色の荒野を歩き続けること、数十分。視界を埋め尽くすエラーコードの吹雪の向こうに、見覚えのある石造りの防壁が亡霊のように浮かび上がってきた。


「……王都グランドリア」


 かつて、私がこの世界に初めて降り立ち、悠斗と出会い、一緒に訪れた思い出の場所。多くの人々が行き交い、露店の呼び込みやNPCたちの笑い声が絶えなかった、活気ある冒険の拠点。


 けれど今、私の目の前に横たわっているのは、見るも無惨な「むくろ」だった。


 街を囲む堅牢な城壁は、所々がテクスチャ(表面画像)を剥離させ、毒々しい紫色のワイヤーフレームが骨格のように剥き出しになっている。本来なら頼もしい衛兵が立っているはずの正門は、上半分のデータが欠損しており、代わりに『NO_DATA』という赤い警告文字が、空中にバチバチと点滅していた。


「……ひどい」


 私は杖を握りしめる手に力を込め、恐る恐るその門をくぐった。足を踏み入れた瞬間、耳に飛び込んできたのは、不協和音のようなノイズと、狂ったレコードのような話し声だった。


 『よ、ようこそ! 冒険者、者、者、者……』  『今日はいい天気、天気、ガガッ、天気ですね……』


 メインストリートには、数人のNPCがいた。だが、誰一人としてまともに歩いていない。


 道具屋の親父は、カウンターの中に下半身がめり込んだまま、痙攣するように同じ挨拶を繰り返している。花売りの少女に至っては、両手を水平に広げた直立不動の姿勢━━いわゆる「Tポーズ」のまま、表情一つ変えずに地面を滑るように高速移動していた。


 まるで、質の悪い悪夢だ。管理AIという指揮者を失ったオーケストラが、デタラメに、しかし永遠に壊れた楽器を鳴らし続けているような狂気。


「誰か……まともな人はいないの?」


 私の問いかけに、NPCたちは反応しない。彼らの虚ろな瞳は虚空の一点を見つめ、破損したプログラム通りの定型文を垂れ流すだけだ。かつて私たちが守ろうとした「彼らの日常」は、もうどこにもなかった。


 ズキン、と胸の奥が痛んだ。ここはもう、私の知っているアルメルシアじゃない。ここはデータの墓場だ。


 その時だった。


 バグンッ!!


 突然、私が踏み出した足元の石畳が、音もなく消失した。


「えっ!?」


 落とし穴ではない。地面の「当たり判定コリジョン」そのものが抜け落ちたのだ。  支えを失った私の体は、物理法則に従って真下の無限の暗闇━━奈落のアンダーワールドへと吸い込まれていく。


「くっ……『浮遊レビテート』ッ!!」


 私は反射的に杖を振った。魔法を発動し、落下のベクトルを無理やり上昇へと上書きする。体がフワリと宙に浮き、私は辛うじてデータの欠損していない建物の屋根へと着地した。


「はぁ、はぁ……っ!」


 冷や汗が背中を伝う。モンスターに襲われたわけではない。ただ歩いているだけで、世界そのものが牙を剥いてくる。レンの警告通りだ。ここはもう、地面の固ささえ信用できない「地獄」なのだ。


 私は屋根の上から、荒廃した街を見下ろした。不規則に明滅し、色彩を変える空。  ねじれたように空中に浮遊する時計塔。そして、中央広場にある噴水からは、清らかな水ではなく、どす黒いノイズの汚泥が逆さまに空へと噴き上がっていた。


(悠斗……。あなたは、こんな世界に一人きりで……)


 想像するだけで気が狂いそうになる孤独。彼はこの崩壊した世界で、意識だけになって彷徨っているのか。


 ふと、その広場の噴水のそばに、奇妙な人影があることに気づいた。バグったNPCたちとは違う、圧倒的な存在感。全身を漆黒のフルプレートアーマーで覆い、身の丈ほどある巨大な剣を背負った騎士。彼は微動だにせず、ただじっと、噴水のノイズを見上げていた。


「……まさか」


 心臓が早鐘を打つ。あの後ろ姿。あの孤独な立ち姿。見間違えるはずがない。記憶の中の彼と、寸分違わぬシルエット。


「悠斗!」


 私は叫び、屋根から飛び降りた。浮遊魔法で着地の衝撃を殺し、彼のもとへと駆け寄る。足元の地面がいつ抜けるかわからない恐怖もあった。空間に走るノイズが肌に触れるたび、ピリピリとした痛みが走る。それでも、足は止まらなかった。


「悠斗! 私よ、梨花よ!」


 広場の中央。私が数メートル手前まで近づくと、黒騎士はゆっくりと、錆びついた機械のように振り返った。


 ギギギ……。


 鎧の継ぎ目から、不快な金属音が響く。フルフェイスの兜の奥。かつて優しく、力強い光を宿していた彼の瞳があるはずの場所には━━。


 『……Target... Found...』


 血のように赤い、二つの光点が灯っていた。


「……え?」


 私は足を止めた。彼から放たれるプレッシャーは、私の知っている悠斗のものではなかった。冷たく、無機質で、そして絶対的な「排除の意志」。それはまるで、世界を蝕むバグそのものを具現化したような、禍々しい殺気だった。


 『排除(Eliminate)……排除……』


 壊れたスピーカーのような音声と共に、彼が背中の大剣に手をかけた。その剣身には、紫色の稲妻のようなエフェクトが纏わりつき、空間を削り取るような音を立てている。


「ま、待って! 私よ! わからないの!?」


 私が杖を構えるよりも速く。黒騎士の姿が掻き消えた。


 ━━違う。速すぎて見えないのではない。「移動」の過程プロセスそのものが省略されたのだ。座標の強制書き換え(テレポート)。システム権限を持ったバグ挙動。


 瞬きする間もなく、私の目の前に彼が現れていた。振り下ろされる大剣。死の軌道。


「ッ!!」


 思考する時間はない。私は本能的に、最大出力の防御魔法を展開した。


 『障壁シールド』ッ!!


 ガァァァァァァァァンッ!!!!


 光の盾と、黒い剣が衝突する。凄まじい衝撃波が広場の石畳を粉砕し、周囲のバグったNPCたちをデータ屑に変えて吹き飛ばした。


「ぐぅぅぅぅッ!!」


 重い。VR世界の痛覚遮断が機能していないのか、腕の骨がきしむような痛みが脳髄に直接突き刺さる。何より、魔力(HP)の減り方が異常だ。彼の一撃は、ただの物理ダメージじゃない。私の存在データそのものを削り取るような、論理的な侵食攻撃だ。


「悠斗、やめて! 私だよ!」


 必死に叫ぶ私の声は、暴風にかき消される。黒騎士は感情のない赤い瞳で私を見下ろし、さらに剣に力を込めた。障壁に亀裂が入る。


 ミシッ……パリンッ!


 ガラスが割れるような乾いた音と共に、私の盾が砕け散った。


「あ……」


 無防備な頭上に、死の刃が迫る。終わる━━そう直感した瞬間、私の背後の空間が歪んだ。


 『ボサッとしてんじゃねぇ! こっちだ、嬢ちゃん!!』


 聞き覚えのある野太い声と共に、何者かが私の襟首を掴み、強引に後ろへと引きずり込んだ。


 ズンッ!!


 コンマ一秒後、私がいた場所に大剣が突き刺さり、地面が爆散した。私はボールのように転がりながら、路地裏の影へと引き込まれる。舞い上がった土埃とノイズの煙幕が、黒騎士の視界を遮った。


「走れ! 奴に見つかったら最期だ!」


 私を助けた大柄な男━━スキンヘッドに眼帯をした、海賊のような風貌の男が叫んだ。  その顔に、私は見覚えがあった。


「あ、あなたは……ギルドマスター?」


 かつて、王都の冒険者ギルドを束ねていた、豪快で陽気なNPCのオヤジさん。彼は他のNPCのように壊れてはいなかった。その隻眼には、確かな理性の光と、焦燥の色が宿っていた。


「話は後だ! とにかく逃げるぞ! あの『処刑人』が追ってくる前にな!」


 処刑人。悠斗が、そう呼ばれているの?


 私は混乱する頭を抱えながら、ギルドマスターの背中を追って駆け出した。背後では、黒騎士が再び剣を引き抜き、瓦礫の山を踏み砕く破壊音が、どこまでも響いていた。


 求めていた再会は、最悪のキル・モードで果たされた。彼はもう、私の騎士ではない。この崩壊した世界を徘徊し、迷い込んだ異物を排除する、心なき殺戮機構システムに成り果てていたのだ。





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