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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第62話:『境界を越えるための約束』

第62話:『境界を越えるための約束』


 大型トラックの低いエンジン音が、振動となって背中から伝わってくる。窓の外は漆黒の闇。街灯もまばらな高速道路を、私たちは北へとひた走っていた。


 荷台を改造した即席の居住スペースには、薄暗いLEDの灯りが灯っている。その中央に鎮座するのは、第9研究棟から強奪した巨大な白いカプセルだ。


「……バイタル、安定している。バッテリー残量も問題ない」


 佐藤博士が、カプセルの側面に接続されたモニターを見ながら安堵の息を吐いた。白衣は煤と埃で汚れ、顔にはあちこちに擦り傷があるけれど、その表情には医師としての穏やかさが戻っていた。


「よかった……。本当によかった」


 私はパイプ椅子に深く沈み込み、泥のように重い四肢を休めていた。魔力カロリーは底をつき、指一本動かすのも億劫だ。けれど、視線だけはカプセルの中の彼━━悠斗から離せなかった。


 穏やかな寝顔。私がアルメルシアで見た、あの少しぶっきらぼうだけど優しい顔立ちそのままだ。でも、彼は目覚めない。呼んでも、触れても、彼は夢の檻の中にいる。


「……ニュース、見るか?」

 

 運転席から戻ってきたレンが、缶コーヒーを私に手渡しながら言った。運転は自動運転に切り替えたようだ。彼女がタブレットを操作すると、ニュース映像が投影された。


 『━━本日正午、第9研究棟付近で行われた大規模デモは、依然として混乱が続いており……』  『警察当局は「扇動者が逃亡した」と発表しましたが、ネット上では「魔法少女の奇跡だ」との声が拡散し……』


「作戦は大成功だ。政府のメンツは丸潰れ。……お前は今や、ジャンヌ・ダルクも裸足で逃げ出す革命の象徴アイコンだぜ」


 レンはおどけて見せたが、その目は笑っていなかった。彼女はカプセルの悠斗を一瞥し、静かに告げた。


「だが、俺たちが取り戻したのは『器』だけだ。……中身データは、まだあっちにある」


「……あっち?」


「ああ。崩壊した仮想世界『アルメルシア』のサーバー残骸の中だ」


 レンがタブレットの画面を切り替える。そこに映っていたのは、かつて私たちが冒険し、そして崩れ去ったあの世界のマップ━━その断片的なデータ群だった。


「マザー・ブレインは消滅したが、ワールドデータの一部はまだ稼働している。……悠斗の意識データは、おそらくその深層領域ディープ・レイヤーにスタックしたままだ」


 私は缶コーヒーを強く握りしめた。温かさが掌に伝わる。これが現実リアルの熱だ。私たちは必死にこの現実へ帰ってきた。でも、悠斗を本当の意味で取り戻すには、もう一度あの場所へ行かなければならない。


「……行けるの? もう一度」


「通常のログインゲートは閉鎖されてる。……だが、俺とお前の『力』があれば、裏口バックドアをこじ開けられるかもしれない」


 レンが私を見た。試すような、鋭い瞳。


「ただし、危険だぞ。今度のアルメルシアは、管理AIのいない無法地帯だ。バグとエラーが渦巻く、文字通りの『地獄』になってる可能性が高い」


「……関係ないわ」


 私は迷わず即答した。地獄? それがどうしたというの。彼がいないこの世界の方が、私にとってはよっぽど寒くて寂しい場所だ。


「行くわ。……迎えに行く」


 私はカプセルのガラスに手を当てた。冷たい感触の向こうに、彼がいる。かつて、彼は記憶を失っても私を守ってくれた。なら今度は、私が彼を見つけ出す番だ。


「待ってて、悠斗」


 私はガラス越しに誓った。


「私が必ず、あなたを見つける。……どんなに世界が壊れていても、あなたのデータを見つけ出して、この体に引きずり戻してあげる」


 佐藤博士が、頼もしそうに微笑んだ。レンが、呆れたように肩をすくめ、それからニヤリと笑った。


「了解だ、パートナー。……とびきりのダイブ機器ギアを用意してやるよ」


 トラックは闇を切り裂き、走り続ける。目的地は、北の果てにあるレンの隠れセーフハウス。そしてその先にあるのは、電子の海。


 戦いの舞台は、再び仮想世界へ。





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