第53話:『カリスマ』
第53話:『カリスマ』
ゴゴゴゴゴゴ……。
地鳴りのような音が、コンクリートの壁を通して響いてくる。それは地震ではない。 数万人の人間が発する、声と熱気が生み出す振動だ。
「……着いたぞ。ここが特等席だ」
レンが鉄扉をこじ開け、私を促した。私たちは、代々木公園に隣接する建設途中の雑居ビル━━その四階部分の窓枠に身を潜めた。
眼下に広がる光景を見た瞬間、私は言葉を失った。
「な……なに、これ……」
そこはもう、私の知っている代々木公園ではなかった。緑の木々が見えないほど、一面が「白」で埋め尽くされていたのだ。
白いローブを纏った人々。手にはリリアの聖画や、LEDキャンドル。老若男女、様々な人種が入り混じり、全員が中央の特設ステージに向かって祈りを捧げている。
その数、目算でも三万人以上はいると思う。人の海だ。
『━━聞け! 迷える羊たちよ!』
巨大なスピーカーから、朗々とした男の声が轟いた。ステージの中央、スポットライトを一身に浴びて立っているのは、純白のスーツを着た長髪の男。新興宗教『光の理』の教祖、司堂だ。
『政府は、我らの女神リリア様を幽閉した! 彼女の聖なる力を恐れ、暗い地下牢に閉じ込めているのだ!』
「おおお……!」と、観衆から悲鳴のような嘆きが上がる。
『だが、恐れることはない! 我々の祈りの熱量が臨界点に達した時、結界は破られる! 今こそ光を示せ! 腐敗した権力に、神の鉄槌を下すのだ!』
司堂が派手なジェスチャーで空を指差すと、群衆は一斉に拳を突き上げ、狂ったように叫んだ。
『リリア! リリア! リリア!』 『解放せよ! 解放せよ!』
そのエネルギーは凄まじかった。怒りと信仰が混ざり合った、ドロドロとした熱狂。
「……見事なもんだろ?」
隣で双眼鏡を覗いていたレンが、冷めた声で言った。
「あいつが司堂。……元々は健康食品詐欺で指名手配されてた小悪党だ。お前の動画が出た翌日には教団を立ち上げ、巧みな話術でここまで組織をデカくした」
「……あいつ、信じてない」
私は手すりを強く握りしめた。ステージ上の司堂の表情。双眼鏡を使わなくてもわかる。彼は酔っている。神にではなく、自分自身の「支配力」に。そして、群衆を見る目は、人間を見ている目じゃない。「金づる」を見ている目だ。
「許せない……」
怒りが腹の底から湧き上がってくる。彼は私の名前を使って、弱った人々の心を食い物にしている。悠斗が命がけで守った「リリア」という存在を、こんな薄汚い詐欺の道具にしている。
「あいつはカリスマ(天与の才)の持ち主だ。……嘘をつく才能に関してはな」
レンが皮肉っぽく笑い、私を見た。
「どうする、リリア? あのステージに立って、あいつと『本物』を競うか?」
私はステージを見下ろした。煌びやかな照明と、熱狂する信者たち。あの中に飛び込むことは、猛獣の檻に入るより恐ろしい。でも。
「……競う必要なんてないわ」
私は震える足を叱咤し、窓枠から身を乗り出した。風が吹き抜け、私の髪を揺らす。
「私が本物よ。……偽物が作った舞台ごと、全部奪ってやる」
私の目には、もう怯えはなかった。あるのは、覚悟と、物理演算のための冷徹な計算式だけ。
「レン。……作戦開始よ」
「了解。……イカれた女神様の降臨だ」
レンがニヤリと笑い、タブレットを操作した。ステージ裏の音響システムへのハッキング・コードが送信される。
空には厚い雲が垂れ込め、今にも一雨来そうな気配が漂っていた。嵐が来る。偽りの聖域を吹き飛ばす、本物の嵐が。




