第44話:『世界は光を求めている』
第44話:『世界は光を求めている』
隔離生活が始まって二週間が過ぎた。私の世界は、コンクリートの壁と、消毒液の匂い、そして終わりのない検査とリハビリだけで構成されていた。
外部からの情報は完全に遮断されている。テレビはない。ネットにも繋がらない。 職員たちは私語を禁じられているらしく、私が何を聞いても「お答えできません」とマニュアル通りに返すだけだ。
まるで、世界のすべてが私を忘れ去ってしまったかのような静寂。けれど、その静寂が「嘘」であることを、私は偶然知ってしまった。
その日は、定期健診のために医療棟の待合室にいた。担当の看護師が、急患の呼び出しで席を外した、ほんの数分の空白時間。
彼女のデスクの上に、一枚のタブレット端末が置き忘れられていた。画面は点灯したままだ。
(……見ちゃダメだ。バレたら監視がもっと厳しくなる)
理性が警告する。でも、指先が勝手に動いた。私は周囲を警戒しながら、素早くタブレットを手に取り、ニュースアプリのアイコンをタップした。
『トップニュース』
画面に表示された見出しを見た瞬間、私は息を呑んだ。
【魔法少女リリア、沈黙の二週間。政府は所在を公表せず】 【東京で大規模デモ。「彼女を解放せよ」と数千人が行進】 【新興宗教『光の理』、信者数が爆発的に増加。リリアを「現代の救世主」と崇拝】
「……な、なにこれ……?」
震える指でスクロールする。そこには、あの病室での映像━━私が光を放った瞬間の静止画━━が、宗教画のように加工されて掲載されていた。
SNSのタイムラインは、もっと混沌としていた。 『リリア様は政府に拉致されたんだ!』 『人類の進化だ。彼女こそが新しい神だ』 『いや、悪魔だろ。あんな力が広まったら戦争になるぞ』 『俺も魔法を使いたい。どうやれば覚醒できるんだ?』
世界は私を忘れていなかった。それどころか、熱狂していた。恐怖と、好奇心と、崇拝が入り混じった、ドロドロとした熱量。私はただのリハビリ中の少女なのに、外の世界では「神」か「兵器」として祭り上げられている。
「……気持ち悪い」
吐き気がした。誰一人として、「瀬戸梨花」という人間を見ていない。みんな、私の「力」にしか興味がないのだ。
カツ、カツ、カツ……。
廊下から足音が聞こえ、私は慌ててタブレットをデスクに戻した。心臓が早鐘を打つ。 この「黄金の檻」の外には、もっと巨大で、歪な檻が待っていることを知ってしまった。
その夜。私は特別許可を得て、地下最深部の集中治療室(ICU)を訪れた。週に一度、わずか十分間だけ許された、悠斗との面会時間。
分厚い防弾ガラスの向こう。無菌室の中で、彼は眠り続けていた。無数のチューブとコードに繋がれた姿は、二週間前と何も変わっていない。
「……悠斗」
私はガラスに手を当てた。冷たい。このガラス一枚が、永遠の距離のように感じる。
「外の世界、大変なことになってるよ」
私は眠る彼に話しかけた。独り言だ。返事がないことはわかっている。
「みんな、私のことを神様だなんて言ってる。……笑っちゃうよね。自分のトイレも一人で行けない神様なんて」
涙が滲んでくる。もし悠斗が起きていたら、なんて言うだろう。『へへっ、有名人だな』って笑い飛ばしてくれるだろうか。それとも、『俺が守ってやる』って、また無茶をするだろうか。
「……ねえ、起きてよ」
私はガラスに額を押し付けた。
「私、怖いよ。……このままじゃ、本当に兵器にされちゃう。……あなたが命がけで守ってくれたこの命、どう使えばいいのかわからないよ……」
弱音が溢れ出る。泣きじゃくりそうになった、その時だった。
ピピッ。
悠斗の心電図モニターが一瞬、不規則な波形を描いたように見えた。目の錯覚かもしれない。でも、私にはそれが、彼からの叱咤のように感じられた。
━━生きろ、梨花。━━お前なら、できる。
あの別れ際、彼はそう言って私を送り出したのだ。泣いている場合じゃない。
「……ごめん。もう泣かない」
私は袖で涙を拭い、顔を上げた。ガラスの向こうの悠斗を見据える。
「世界がどうなろうと関係ない。……みんなが光を求めているなら、くれてやる」
私は自分の右手を見つめた。この忌まわしい「現実改変能力」。今はまだ、使うたびに倒れてしまう諸刃の剣。
「制御してみせる。……博士の研究も、政府の思惑も、全部利用してやる」
私はガラス越しに誓った。
「私が完全にこの力を支配したら……その一番最初の魔法で、あなたを目覚めさせる」
『━━面会終了の時間です。部屋へ戻ってください』
無機質なアナウンスが響く。私はもう一度だけ振り返り、そして迷いのない足取りで出口へと向かった。
車椅子のタイヤがきしむ音は、もう弱々しくはない。それは、戦場へ向かう戦車のキャタピラのように、力強く廊下に響いていた。




