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アルメルシア クロニクル  作者: amya


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第3話:『辺境の村と、長老の地図』

第3話:『辺境の村と、長老の地図』


 森を抜けた先にあったのは、絵本から飛び出してきたような牧歌的な村だった。木と石で作られた素朴な家々。煙突から立ち上る白い煙。そして何より、風に乗って漂ってくる「匂い」が、私の生存本能を強烈に刺激した。


「……お肉の匂いだ!」


 煮込み料理特有の、スパイスと肉汁が混ざり合った濃厚な香り。二〇四〇年の渋谷では、完全栄養食のゼリーやサプリメントで済ませることも多かったけれど、やっぱり人間の原動力は温かい食事だ。


「鼻だけは魔獣並みだな」


 ユリオが呆れたように笑い、村の入り口にある木の門をくぐった。村人たちが、大剣を背負った彼と、泥だらけのワンピースを着た私を物珍しそうに見ている。でも、敵意はない。みんな穏やかな目をしていた。


「旅の方かね? ずいぶんと可愛らしいお連れさんだ」


 門番のおじさんが声をかけてくれた。ユリオは軽く会釈をして、懐から小さな袋を取り出した。


「森で『光る石』を拾ったんだが、これで宿と飯を頼めるか?」


 彼が取り出したのは、さっきの森で拾った青く輝く石ころだ。門番のおじさんは目を丸くした。


「おぉ、こりゃあ上質な『魔石』じゃないか! 宿どころか、王都までの路銀にもなるぞ。……ついてきな、村長の家に案内してやろう」


 案内されたのは、村一番の大きな建物だった。といっても、丸太小屋を二つくっつけたような質素な作りだけれど。そこで振る舞われた夕食は、私の人生(といっても一七年だけど)で一番のご馳走だった。


「ん~~っ! おいひぃ~~!!」


 私は行儀悪く頬張りながら、思わず声を上げた。メインディッシュは、角ウサギ肉と根菜のシチュー。とろとろに煮込まれたお肉は口の中で解け、野菜の甘みがじゅわっと広がる。付け合わせの黒パンは少し固いけれど、スープに浸すとモチモチになって最高だ。


「……よく食うな。見てるこっちが腹一杯になる」


 向かいの席で、ユリオが木製のエールジョッキ(中身は麦茶のような味)を傾けながら苦笑している。彼は食事の作法も綺麗だ。記憶がなくても、育ちの良さが滲み出ている。やっぱり先輩だ。


「フォッフォッフォ。若いのが美味そうに食うのは、見ていて気持ちがいいもんじゃ」


 そう言って髭をさする好々爺。この村の長老、ガンダルさんだ。白く長い髭に、知性を感じさせる深い皺。手にはゴツゴツとした木の杖を持っている。まさに「ザ・長老」という風貌だ。


「して、旅の剣士様と、小さなお嬢ちゃん。……これからどこへ向かうつもりじゃ?」


 長老の問いに、ユリオがジョッキを置いた。


「……俺には記憶がないんです。自分が誰で、どこから来たのかもわからない。ただ、手掛かりを探して旅をしようかと」


「ふむ。記憶喪失か。……ならば、『王都グランドリア』へ行くといい」


 長老は懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。それは、この大陸の詳細な地図だった。


「ここが我々の村『コルット』じゃ。ここから街道沿いに南へ下れば、三日ほどで王都に着く。あそこには世界中から物と情報が集まる。お主の記憶の手掛かりも見つかるじゃろう」


「王都……。ありがとうございます」


 ユリオが真剣な眼差しで地図を見つめる。その横で、長老の視線がふと私に向いた。


「ところで、お嬢ちゃん。……お主、身体の中に『太陽』を飼っておるな?」


「え?」


 私はスプーンを止めた。


「た、太陽?」


「うむ。先ほどから見ておったが、お主から漏れ出る魔力マナの量が尋常ではない。……まるで制御の効かない火山じゃ。そのままだと、くしゃみ一つで宿屋を吹き飛ばしかねんぞ」


 ギクリとした。昼間の狼戦での大爆発。あれが私の「素の状態」だとしたら、確かに危険すぎる。


「ど、どうすればいいんですか? 私、魔法の使い方なんて全然わからなくて……」


「魔法とは『イメージ』じゃ。溢れ出る力を、形ある器に流し込み、指向性を与える。……それには、良き『媒体メディア』が必要じゃな」


 長老は立ち上がり、部屋の奥にある棚から一本の杖を取り出した。それはねじれた白い木で作られていて、先端には琥珀色の宝石が埋め込まれている。一目見ただけで、なんだか懐かしいような、吸い寄せられるような感覚があった。


「これは『聖樹の枝』から削り出した杖じゃ。わしには扱い切れんかったが……お主なら、使いこなせるかもしれん」


 長老が杖を差し出す。私が恐る恐るその柄を握った瞬間。


 ブォンッ……!


 杖の先端の宝石が、ポゥッと温かい光を灯した。同時に、体の中で暴れ回っていた熱い奔流が、すうっと杖の中へ吸い込まれ、指先のコントロール下に入った感覚があった。  蛇口を取り付けたみたいに、力の出し入れがわかる!


「おお……! 杖が主を認めたか」


 長老が感嘆の声を漏らす。


「す、すごい……! これなら、暴発しないですみそう!」


 私は杖を掲げて喜んだ。まるでRPGで最初のレア装備を手に入れた気分だ。


「リリア。よかったな」


 ユリオも優しく微笑んでくれた。


「その杖があれば、お前も立派な戦力だ。……俺の背中はお前に預ける」


「はいっ! 任せてください、相棒!」


 相棒。その言葉の響きに、心が躍る。私はもう、ただ守られるだけのお荷物じゃない。ユリオと一緒に戦える、パートナーになれたんだ。


「夜も更けてきた。今日はゆっくり休むといい。……旅立ちは明日じゃ」


 長老の言葉に甘えて、私たちは客間に用意されたベッドに入った。藁のベッドは少しチクチクしたけれど、満腹感と安心感で、すぐにまぶたが重くなった。


 窓の外には、二つの月が浮かんでいる。二〇四〇年のネオンの光も、電子音もない、静かな夜。


(おやすみなさい、先輩。……おやすみなさい、新しい私)


 明日は王都へ向けて出発だ。どんな冒険が待っているのか。不安よりもワクワクする気持ちを胸に抱いて、私は深い眠りへと落ちていった。





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