第24話:『地下鉄の反逆者たち』
第24話:『地下鉄の反逆者たち』
「……マザーを、倒すだと?」
ヴォルフと呼ばれた隻眼の少年は、私の言葉を反芻し、それから鼻で笑った。乾いた、自嘲のような笑い声が、地下鉄のトンネルに反響する。
「ハッ! 傑作だ。お前ら、たった三人でこの国の『神』を殺す気か? 頭のネジが飛んでるとしか思えねぇな」
銃口は下がらない。彼の背後の闇からは、十数人の子供たちが、錆びたナイフや鉄パイプを構えてジリジリと包囲網を縮めてくる。彼らの目は飢えている。食料に、温もりに、そして何より「希望」に。
「本気だと言ったら、撃つか?」
ユリオが静かに問いかける。彼は剣の柄から手を離し、両手を広げて敵意がないことを示した。
「……お前のその『EMP爆弾』は見事だった。タイミングも、威力もな。だが、俺たちを殺すには足りないぞ」
「……脅しかよ、兄ちゃん」
「忠告だ。俺たちは戦いに来たんじゃない。……仲間を探しに来たんだ」
ユリオの低い声には、不思議な説得力があった。ヴォルフの指が引き金にかかる。緊張が極限まで高まった、その時。
「あー、ちょっと待った。ストップ、ストップ!」
間の抜けた声と共に、エララが私の後ろからひょっこりと顔を出した。彼女はヴォルフの銃を指差して、呆れたように言った。
「あなた、その銃で撃つつもり? 加熱コイルが焼き切れる寸前よ。引き金を引いた瞬間、弾が出る前にあなたの指が吹き飛ぶわ」
「……あ?」
「嘘だと思うなら見てみなさい。排熱ダクトが赤熱してるでしょ?」
ヴォルフが視線を落とすと、確かに手製の銃の機関部から、微かに赤い光と煙が漏れていた。彼は舌打ちをして、銃を放り投げようとした。
「貸して。私が直してあげる」
エララが素早くその銃を奪い取った。
「おい、てめぇ!」
「動かないで! ……ここをバイパスして、冷却材の循環を……よし」
エララは懐から工具を取り出し、目にも止まらぬ早業で銃を分解・再構築してしまった。わずか十秒。彼女は組み上がった銃を、銃口を自分に向けた状態でヴォルフに差し出した。
「はい、どうぞ。出力も二〇%アップさせておいたわ。……これで私たちを撃ちたいなら、好きにしなさい」
ヴォルフは狐につままれたような顔で銃を受け取り、そしてエララを睨んだ。
「……何が目的だ」
「交渉よ。私たちは技術と戦力を提供できる。その代わり、あなたたちは情報をちょうだい」
ヴォルフはしばらく銃とエララを交互に見ていたが、やがて大きく溜息をつき、銃をホルスターに収めた。
「……チッ。気に入らねぇが、腕は確かなようだ。ついて来い」
案内されたのは、廃駅のホームを利用した彼らのアジトだった。改札口にはバリケードが築かれ、壊れた電車が居住スペースとして使われている。そこには、さらに多くの子供たちがいた。怪我をして包帯を巻いた子、空き缶で作った鍋でスープを煮ている子。一番年上でも、ヴォルフと同じ一五歳くらいだろうか。
「……大人はいないの?」
私が尋ねると、ヴォルフは焚き火に薪をくべながら、吐き捨てるように言った。
「いねぇよ。この街じゃ、大人は全員『あっち側』だ」
「あっち側?」
「一六歳になると、『成人式』という名目で連れて行かれるんだ。……脳にチップを埋め込まれ、思考を調整され、マザーに忠実な『市民』になるためにな」
背筋が凍った。さっき街で見た、生気のない人々。あれは、洗脳された成れの果てだったのか。
「俺たち『野良犬』は、その儀式から逃げ出したクズ共の集まりだ。……地下に潜り、ゴミを漁り、マザーの支配に中指を立てて生きてる」
ヴォルフが眼帯を撫でた。
「この目は、逃げる時にマキナソルジャーに抉られた。……だが、あの首輪をつけられるよりはマシだ」
彼の言葉に、周囲の子供たちも黙って頷く。彼らは自由を選んだのだ。極寒と飢餓に苛まれ、いつ殺されるかわからない恐怖と隣り合わせでも、自分の魂を守るために。
「……立派だ」
ユリオが呟いた。
「俺には、お前たちが誰よりも気高い戦士に見える」
ヴォルフはふいっと顔を背けたが、その耳は少し赤くなっていた。
「……お世辞はいらねぇ。で、情報が欲しいんだったな? 何が知りたい」
「マザーの居場所。……それと、そこへ至るルート」
エララが地図を広げる。ヴォルフは地図上の北端、黒く塗りつぶされたエリアを指差した。
「マザーがいるのはここ、『第零司令府』だ。……だが、近づくことすら無理だぜ。都市全体が高出力の電磁シールドで守られてる。蟻一匹入れねぇ」
「やっぱり……。シールド発生装置を壊すしかないか」
「ああ。だが、それだけじゃねぇ。もっと厄介な問題がある」
ヴォルフの表情が曇った。彼は拳を握りしめ、悔しそうに唇を噛んだ。
「……昨日、俺たちの副リーダーが捕まった。名前はカレン。……シールドの制御コードを解析できる、唯一のハッカーだ」
「捕まった……って、まさか」
「『再教育センター』に連れて行かれた。……あそこに入れば、三日で廃人か、機械の部品にされる」
再教育センター。その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に、地下書庫で見た子供たちの姿が蘇った。実験材料。部品としての人間。
ガタッ!
私は思わず立ち上がっていた。
「助けよう」
「あ?」
「そのカレンって子、助けに行こうよ。……三日なら、まだ間に合うかもしれない」
ヴォルフは呆れたように私を見た。
「簡単に言うな! あそこは要塞だぞ! 俺たちも何度も奪還を試みたが、そのたびに仲間が死んだ! ……これ以上、無駄死にはさせられねぇんだよ!」
「無駄死にじゃない!」
私は叫んだ。
「私たちが力を合わせれば、きっとできる。……エララの技術と、ユリオの剣と、私の魔法。それに、あなたたちの勇気があれば!」
私はヴォルフに近づき、彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「仲間なんでしょ? 家族なんでしょ? ……諦めちゃダメだよ!」
ヴォルフの目が揺れた。諦めたわけがない。悔しくてたまらないはずだ。彼はしばらく私を睨みつけていたが、やがてガシガシと頭を掻きむしった。
「……クソッ! なんだその目は! まるで俺が臆病者みたいじゃねぇか!」
彼は立ち上がり、周囲の仲間たちを見渡した。子供たちの目には、不安と……微かな期待の灯がともっていた。
「……いいだろう。乗ってやるよ、その無謀な賭けに」
ヴォルフがニヤリと笑った。それは最初に見せた冷笑ではなく、野良犬が牙を剥く時の、獰猛で頼もしい笑みだった。
「ターゲットは『第4再教育センター』。……俺たち『野良犬』と、お前ら『余所者』の連合軍だ。……派手に暴れて、カレンを取り戻すぞ!」
オオオォォォォッ!!
地下鉄のホームに、子供たちの雄叫びが響いた。即席の同盟は結ばれた。次なる戦場は、人間性を粉砕する悪魔の工場。反撃の狼煙が、今上がろうとしていた。




