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アルメルシア クロニクル  作者: amya


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第22話:『廃棄都市グレイ・シェル』

第22話:『廃棄都市グレイ・シェル』


 機械狼の襲撃から二日。私たちはバッテリーの残量を気にしながら、吹雪の中を進み続けていた。


「……見えたわ」


 エララが足を止め、ゴーグルを拭いながら前方を指差す。その指の先、白一色の地平線に、異様な「影」が浮かび上がっていた。


 それは巨大な、半球状のドームだった。雪のような純白ではない。煤と錆にまみれた、不潔な灰色グレイ。まるで雪原に落ちた巨大な鉄屑のように、その都市は大地に蹲っていた。


「あれが……『廃棄都市グレイ・シェル』」


 エララの声には、嫌悪感が混じっていた。


「北の国における『下層市民』の居住区よ。……いえ、居住区というよりは、巨大な鳥籠ね」


 正面ゲートは厳重な監視下にあるため、私たちは都市の裏側にある「排気ダクト」からの侵入を試みることにした。ドームの基部に設置された、直径一メートルほどの巨大なファン。その金網は分厚い氷に覆われていた。


「リリア、出番よ。……音を立てずに、氷だけを溶かして」


「了解。……『静かなる融解サイレント・メルト』」


 私は杖を氷に押し当て、熱をじんわりと伝導させる。急激に温めると水蒸気が爆発して音が鳴るから、ゆっくり、分子レベルで結合を解いていく。ジュワ……という微かな音と共に氷が水になり、流れ落ちていく。


「よし、開いた!」


 エララが露出した電子ロックに端末を接続し、数秒で解除コードを打ち込む。カシャッ。金網が開き、私たちは湿った温風が吹き出すダクトの中へと滑り込んだ。


 ダクトを抜けて辿り着いたのは、都市の上層にあるキャットウォーク(整備用通路)だった。そこから見下ろした光景に、私は息を呑んだ。


「……なに、これ」


 そこは、色のない世界だった。建物はすべてコンクリートと鉄板のツギハギで、窓ガラスの代わりにビニールシートが張られている。空には曇ったドームの天井があり、薄汚れた人工太陽灯が、病的な黄色い光を投げかけている。空気は酷く淀んでいて、油と排気ガス、そして何かが腐ったような酸っぱい臭いが充満していた。


「見て、あそこ」


 ユリオが指差した先、中央広場のような場所に、長い行列ができていた。数百人の人々。彼らは一様に、囚人服のような灰色の服を着て、頭を丸めたり、短く刈り込んだりしている。そして何より異様なのは、彼らの首元だ。


「首輪……?」


 全員の首に、黒い金属製のチョーカーが嵌められている。そこには赤いバーコードのような紋様が発光していた。


 『━━配給開始。市民コードC、整列セヨ』 『━━感謝シテ受ケ取レ。マザーノ慈悲ナリ』


 スピーカーから無機質な声が響くと、人々は無言のまま、ベルトコンベアから流れてくる「ブロック状の物体」を受け取っていた。それは緑色をした、粘土のような塊だった。


「あれは『合成プロテイン』ね。……虫や汚泥を化学処理して固めた、完全栄養食よ」


 エララが吐き捨てるように言った。


「ここでは『食事』じゃない。『燃料補給』よ。……市民は労働力パーツとしてしか扱われていない。効率よく生かし、効率よく働かせ、壊れたら捨てる。それが北のやり方」


 行列の中の一人が、よろめいて地面に倒れ込んだ。痩せ細った老人だ。しかし、周囲の誰も助け起こそうとしない。いや、関わることを恐れて目を逸らしている。


 ウィィィン……。


 すぐに、宙を浮く球体ドローンが飛んできた。


 『━━ピピ。労働不適格者ヲ検知。リサイクル・プロセスヘ移行シマス』


 ドローンからアームが伸び、老人をゴミのように掴み上げる。老人は抵抗する力もなく、ズルズルとどこかへ運ばれていく。


「やめて……!」


 私が叫ぼうとした瞬間、ユリオの手が私の口を塞いだ。


「っ……!?」


「見るな。……今はまだ、動けない」


 ユリオの声は冷静だったが、私を抱きしめる腕は怒りで小刻みに震えていた。ここで飛び出せば、私たちも蜂の巣にされる。わかっている。わかっているけど……!


(こんなの、人間が住む場所じゃない……!)


 二〇四〇年の地球にも、格差はあった。貧困もあった。でも、ここまであからさまに「人間性」を奪われた光景は見たことがない。ここはファンタジーの世界のはずなのに。  目の前にあるのは、悪夢のような管理社会ディストピアだった。


「……行こう。レジスタンスを探すのが先決よ」


 エララが私の肩を叩く。私は涙を堪え、運ばれていく老人から視線を切った。


 私たちは影に紛れ、灰色の街の底へと降りていった。この歪んだ鳥籠を壊すための「鍵」を探すために。


 しかし、この街の「目」は、すでに異分子の侵入を感知し始めていた。





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