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アルメルシア クロニクル  作者: amya


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第2話:『記憶なき剣士』

第2話:『記憶なき剣士』


 差し伸べられた手は、驚くほど温かかった。剣ダコで少しゴツゴツとした掌の感触。それは、私がずっと憧れ、遠くから見つめることしかできなかった先輩の手、そのものだった。


「……先輩、だよね? 私だよ、瀬戸梨花だよ! ほら、サッカー部のマネージャーじゃないけど、いつもグラウンドの隅で見てた……!」


 私は興奮のあまり、彼の手を両手で握りしめてまくし立てた。一二歳の身体になってしまったけれど、この世界のどこかに先輩も一緒に飛ばされてきたのだとしたら。こんなに心強いことはない。


 けれど。彼は不思議そうに小首を傾げ、私の言葉を遮るように静かに首を横に振った。


「……セト、リカ? 悪いが、知らない名前だ」


「え……?」


「俺の名はユリオだ。……少なくとも、気がついた時にはそう認識していた」


 ユリオ。その響きに、私は呆然と彼の顔を見上げた。近くで見れば見るほど、彼は悠斗先輩そのものだ。少し長めの前髪、通った鼻筋、そして何より、あの少し憂いを帯びた碧眼。違うところがあるとすれば、先輩よりも少し大人びた雰囲気と、このファンタジー世界に馴染んだ革の鎧を纏っていることくらいだ。


「嘘……だって、その顔、その声……」


「他人の空似だろう。俺には過去の記憶がないんだ」


 彼は淡々と言った。まるで、今日の夕飯の献立を忘れたくらいの軽さで。


「記憶が、ない?」


「ああ。気づいたらこの森で倒れていた。覚えているのは、自分の名前と……この剣の扱い方だけだ」


 彼は背負った大剣『星斬り』の柄をポンと叩いた。その仕草を見て、私は言葉を失った。先輩もそうだった。試合でゴールを決めた後、照れ隠しに自分の頭をポンと叩く癖があった。記憶がないと言われても、私の本能が告げている。目の前の彼は、間違いなく悠斗先輩だ。


(もしかして、私と同じように事故に巻き込まれて……そのショックで記憶を失っちゃったの?)


 胸が締め付けられるように痛んだ。でも、生きていてくれた。それだけで十分だ。  記憶がないなら、これからまた作ればいい。この不思議な世界で。


「……そっか。ごめんなさい、人違いだったみたい」


 私は努めて明るく振る舞い、スカートの泥を払った。今はまだ、私が「未来の日本から来た女子高生」だなんて言っても信じてもらえないだろう。ましてや、彼が記憶喪失なら尚更だ。


「私はリリア。……えっと、しがない魔法使いの卵、です」


 とっさに口をついて出た名前は、この世界のアバター名である「リリア」だった。  一二歳の少女の姿には、梨花という名前よりもしっくりくる気がした。


「リリアか。……いい名前だ」


 ユリオはふっと表情を緩め、初めて微かな笑みを見せた。その笑顔の破壊力に、私の中の乙女回路がショート寸前になる。ズキュンッ。


(あ、ダメだこれ。記憶があろうとなかろうと、私はこの人が好きだ)


 再確認した恋心に顔を赤くしていると、ユリオが空を見上げて表情を引き締めた。


「悠長に話している時間はないようだ。……血の匂いを嗅ぎつけて、他の魔獣が集まってくる」


 森の奥から、ガサガサという不穏な音が聞こえ始めていた。さっきの巨大狼だけじゃない。この森は、文字通りの魔境なのだ。


「ひっ……! もう戦うのは嫌だよぉ……」


「安心しろ。俺が守る」


 彼は短く言い切ると、私の前に背中を向けた。


「乗れ。その短い足じゃ、夜までに森を抜けられないだろう?」


「え、おんぶ!? い、いいの!?」


「緊急事態だ。……それに、お前は軽い」


 私は遠慮しつつも、彼の背中に飛び乗った。温かい。逞しい背中の感触と、微かに香る鉄と汗の匂い。二〇四〇年の渋谷では絶対にありえなかったシチュエーションに、恐怖も忘れて心臓が高鳴る。


「しっかり掴まってろよ。……舌を噛むなよ」


 ユリオが地面を蹴った。ダンッ!!


 それは「走る」というより「飛ぶ」に近かった。風を切り、木の枝から枝へと軽やかに飛び移る。ジェットコースターのような加速感に、私は悲鳴を上げる代わりに彼の首に必死にしがみついた。


 視界を流れていく景色は、息を呑むほど美しかった。夕暮れが近づき、森の発光植物たちが一斉に輝き始めている。青、紫、ピンク。蛍のような光の粒子が宙を舞い、幻想的な光の回廊を作り出していた。


「綺麗……」


「ああ。……だが、綺麗なものには毒がある。触れるなよ」


 ユリオは冷静に進路を見極めながら、森を駆け抜けていく。その横顔を見つめながら、私は心の中で誓った。


 この世界が夢なのか現実なのか、まだわからない。でも、神様がくれたこのチャンスを無駄にはしない。記憶のない彼を守るために。そしていつか、二人で元の世界に帰るために。私は、この世界で最強の魔法使いになってみせる。


「……あそこだ。明かりが見える」


 ユリオの声で前を見ると、森が開けた先に、小さな村の灯りが揺らめいているのが見えた。石造りの家々と、そこから立ち上る細い煙。人の営みの気配に、張り詰めていた緊張の糸がふっと緩んだ。


「よかった……人里だぁ……」


 安堵のため息をついたその時、私のお腹が盛大な音を立てた。グゥゥゥゥ~~ッ。


「…………」


 森の静寂に響き渡る、恥ずかしい音。ユリオが肩を震わせて吹き出した。


「くっ……。色気より食い気か。頼もしいな、相棒」


「うぅ……忘れて! 今のは聞かなかったことにしてぇ!」


 私の絶叫が、夕暮れのアルメルシアの空にこだました。波乱万丈な冒険の旅は、まだ始まったばかりだ。





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