第18話:『襲撃、空からの監視者』
第18話:『襲撃、空からの監視者』
針葉樹の森を歩く私の視界は、以前とは劇的に変わっていた。エララ特製の『偏光ゴーグル』。これを装着していると、世界が数値と色彩の情報で覆われて見えるのだ。
木々の幹からは「生命力」を示す緑色のオーラ。ユリオの背中からは、圧倒的な「熱量」を示す赤いオーラ。そして、風の流れすら薄い青色のラインとして視認できる。
「すごい……。これなら、隠れている魔物も一発でわかるね」
「ふふん、当然よ。私の最高傑作だもの」
エララが得意げに鼻を鳴らす。私たちは順調に北上を続けていた。気温は氷点下に近いけれど、装備のおかげで寒さは感じない。
━━その時だった。
私の視界の端、空の高いところに「異質な色」が映り込んだ。
「……ん?」
それは、緑でも赤でもない。人工的で、毒々しい「紫色」の信号。自然界には存在しないはずの、規則的な点滅パターン。
「……何かいる」
私は足を止め、空を見上げた。肉眼では、ただの黒い点にしか見えない。鷹か、鷲か。 でも、ゴーグルのズーム機能を働かせると、その正体がはっきりと見えた。
銀色の金属でできた翼。生物のような羽ばたきではなく、固定された翼と、背中のローターで滑空している。そして腹部には、巨大なカメラレンズのような眼球がついていた。
「ドローン……!?」
私が叫んだ瞬間、その機械鳥のカメラがギョロリと動き、私たちを捕捉した。
『━━ピピッ。ターゲット確認。排除モードニ移行』
遥か上空からでも聞こえるほどの、不快な電子音。直後、機械鳥の腹部が開き、赤い光が収束し始めた。
「危ない! 散開!!」
ユリオが私を抱えて横に飛ぶ。一瞬遅れて、私たちが立っていた地面を、赤い閃光が焼き払った。
ジュワァァァァッ!!
土が瞬時にガラス状に溶け、焦げ臭い匂いが立ち込める。
「レーザービーム!? ファンタジーの森で撃っていい威力じゃないよ!」
「あれは『自律型偵察機』よ! 北の国の斥候だわ!」
木陰に隠れたエララが叫ぶ。ドローンは旋回し、再びこちらに狙いを定めている。
「チッ、空から一方的にか……! 剣が届かない!」
ユリオが歯噛みする。相手は高度五〇メートル。飛び道具を持たない剣士には最悪の相性だ。
「私が撃ち落とす!」
私は木陰から飛び出し、杖を空に向けた。ゴーグルの照準が、高速で移動するドローンを追尾する。相手は機械。熱源エンジンがあるはず。そこが弱点だ!
「見えた……排気口! 『熱線』!!」
杖に取り付けたフィンが展開し、魔力を一本の線に収束させる。ビッ!! 指先ほどの太さの熱線が、空気を切り裂いてドローンへと直進する。
しかし。
ヒュンッ!
ドローンはありえない機動で横滑りし、熱線を回避した。学習している?
『━━敵性魔法ヲ検知。回避行動、オヨビ反撃』
今度は三門の銃口が展開され、光の弾丸(エネルギー弾)をバラ撒いてきた。
ドドドドドドッ!!
「きゃあっ!?」
私はとっさに『光の盾』を展開したが、衝撃で吹き飛ばされた。速い。それに、正確すぎる。
「リリア! ……くそっ、このままじゃジリ貧だ!」
ユリオが走り出した。逃げるんじゃない。彼はドローンの真下にある、一番高い杉の木に向かって走っていた。
「リリア! もう一度撃て! 奴の意識をお前に向けさせろ!」
「えっ、でも避けられちゃうよ!?」
「当たらなくていい! 奴の『目』を釘付けにすればいいんだ!」
ユリオの意図を察した。私はすぐに体勢を立て直し、ありったけの魔力を杖に込めた。 今度は精密射撃じゃない。広範囲への拡散攻撃だ!
「こっちを見なさい! 『炎の散弾』!!」
ボォォォォン!!
無数の炎の礫が空へ放たれる。ドローンはそれを脅威と判断し、回避運動を取りつつ、カメラアイを完全に私へと固定した。
『━━脅威度修正。魔法使イヲ最優先━━』
その隙だ。
「もらったァァァッ!!」
ユリオが杉の木の幹を垂直に駆け上がっていた。人間離れした脚力。一歩、二歩、三歩で木の頂点に達すると、彼はしなる枝をバネにして、さらに空へと跳躍した。
バッ!!
黒いコートが翼のように広がる。空中のドローンと同じ高さ、いや、それよりも高く━━!
ドローンのカメラが、頭上の影に気づいて回転する。だが、遅い。
「『星斬り』━━流星!!」
重力加速を乗せた、渾身の兜割り。大剣が銀色の閃光となって、機械の翼を、胴体を、一刀両断にした。
ズバァァァァァンッ!!
『━━ピ……ガガッ……』
ドローンは真っ二つになり、火花を散らしながら森の中へと墜落していった。
ズドォォォン!!
ユリオは回転しながら着地し、すぐに剣を構えて残骸へと近づく。
「……やったか?」
「ユリオ、すごい……! 本当に空中の敵を斬っちゃうなんて……」
私が駆け寄ると、彼は乱れた呼吸を整えながら、少し照れくさそうに剣を納めた。
「お前の派手な花火のおかげだ。……あれで奴のセンサーが狂った」
エララも茂みから出てきて、すぐにドローンの残骸の解析を始めた。彼女は焼け焦げた基盤から、小さなチップを引き抜いた。
「……悪いニュースよ」
彼女の顔が険しい。
「こいつ、撃墜される直前にデータを送信したわ。……私たちの現在位置、戦闘データ、全部筒抜けよ」
「なんだと……」
「つまり、もうコソコソ隠れて進むのは不可能ってこと」
エララはチップを握りつぶし、北の空を睨みつけた。
「ここから先は強行突破よ。……敵は全力で私たちを潰しに来るわ」
森の空気が、一層冷たく感じられた。空からの監視者は消えたけれど、その背後にある巨大な悪意は、もう私たちの喉元まで迫っている。
「上等だ。……迎撃してやる」
ユリオが強く言い放つ。私も杖を握りしめ、頷いた。
「行こう。国境はもうすぐそこだもん」
私たちは休息を取ることなく、再び歩き出した。目指すは、王国最後の砦『ウィンターゲート』。そこを越えれば、いよいよ敵の本拠地━━極寒のノースガルドだ。




