第16話:『王都脱出、夜明けの逃走劇』
第16話:『王都脱出、夜明けの逃走劇』
東の空が白み始め、王都グランドリアが目覚めの時を迎える頃。私たちは、とある商隊の荷馬車の中に潜んでいた。
「……狭い」
「我慢しろ、ユリオ。これしか出る方法がないんだ」
「私の発明品を踏まないでよ? 爆発するから」
私たちは樽や木箱の隙間に、何かのゲームのブロックのように詰め込まれていた。上から被せられた麻布からは、香辛料のツンとした匂いがする。
王都の門は、現在封鎖中。出入りするすべての馬車に、衛兵による厳しい検問が行われている。私たち「図書館爆破のテロリスト」を捕まえるために。
(こんな風にコソコソ逃げるなんて……。私、何も悪いことしてないのに)
理不尽さに唇を噛むけれど、今は耐えるしかない。捕まれば、北の国の脅威を誰にも伝えられないまま終わってしまう。
ゴトゴトゴト……。
馬車が動き出した。心臓の音がうるさいくらいに響く。やがて、馬車が停止し、威圧的な男の声が聞こえてきた。
「検問だ。荷台の中を改めるぞ」
衛兵だ。足音が近づいてくる。麻布が一枚めくられれば、そこには指名手配犯が三人、仲良く体育座りをしているわけだ。一巻の終わりである。
「……エララ、例のモノは?」
「準備万端よ。……三、二、一……」
エララが指でカウントダウンをし、懐から取り出した小さな金属球のピンを抜いた。 そして、それを床板の隙間から外へと転がした。
コロコロ……。
シュボッ!!
次の瞬間、門の反対側━━広場の方角から、けたたましい破裂音が響き渡った。
ヒュルルルル……パンパンパンパンッ!!
「な、なんだ!? 襲撃か!?」
「広場で爆発だ! 黒煙が上がってるぞ!」
衛兵たちが慌てふためく声。エララ特製『時限式・七色煙幕花火』だ。ただの煙幕じゃない。赤、青、黄色と派手に色が変わり、しかも「腐った卵の臭い」を撒き散らすという嫌がらせ仕様。
「今だ! テロリストが現れたぞーっ!」
商隊に紛れ込んでいたエララの協力者(闇市の顔なじみ)が、迫真の演技で叫んでくれた。
「総員、広場へ急げ! 門を固めろ!」
衛兵たちが一斉に持ち場を離れ、広場へと駆けていく。検問の手が止まった。御者が素知らぬ顔で馬に鞭を入れる。
ヒヒィン!
馬車が急加速する。やった、抜けられる! そう思った瞬間だった。
「━━待て」
低く、けれどよく通る声が、混乱する現場を凍りつかせた。馬車の前に、一人の騎士が立ちはだかったのだ。
隙間から覗き見た私は、息を呑んだ。白銀の甲冑に、真紅のマント。腰には装飾された聖剣。王国騎士団長、ヴァルガスだ。
(嘘……一番ヤバい人が出てきちゃった!)
彼は逃げ惑う衛兵たちを一瞥もせず、真っ直ぐにこの馬車を見据えている。バレてる。 あの歴戦の眼光は、樽の影に隠れた私たちの気配を完全に見抜いていた。
「……降りてこいとは言わん」
ヴァルガスは独り言のように呟き、剣の柄に手をかけた。
「だが、一つだけ聞かせろ。……図書館の地下で何を見た?」
馬車の中に緊張が走る。ユリオが剣を抜こうとするのを、私が止めた。私は麻布の隙間から、彼に見えるように、そっと『黒い箱(北の兵器の部品)』を掲げた。そして、口パクで伝えた。
━━『キ、タ』。
ヴァルガスの目が、わずかに見開かれた。彼はその部品と、私の必死な目を見て、ふっと表情を緩めた。それは諦めではなく、何かを託すような、戦士の顔だった。
「……よし、行け」
彼は道を開け、馬車の車輪止めを蹴り飛ばした。
「団長!? 何をしているんですか! その馬車はまだ……!」
戻ってきた部下が叫ぶが、ヴァルガスは大声で遮った。
「あっちだ! 犯人は東の路地へ逃げたぞ! 全員、私に続け!」
「は、はっ!!」
ヴァルガスは馬車とは正反対の方向へ走り出し、衛兵たちを引き連れて行ってしまった。去り際、彼が一度だけ振り返り、無言で敬礼を送ったのが見えた。
(……ありがとう、騎士団長さん)
胸が熱くなった。言葉は交わさなくても、想いは通じた。彼は国を守る立場で動けない代わりに、私たちに「外の世界」を託してくれたのだ。
馬車は石畳を蹴って、王都の城門をくぐり抜けた。
朝日に照らされた街道。私たちは馬車から降り、徒歩で北へと向かう道に立った。 振り返れば、巨大な城壁と、朝靄に霞む王城が見える。
「……しばしの別れね」
エララが眼鏡の位置を直し、少し寂しそうに言った。彼女にとっては、生まれ育った家であり、職場でもある場所だ。
「ああ。……だが、必ず戻ってくる」
ユリオが新しい黒いコートを風になびかせ、力強く頷いた。
「うん。……北の国で何が起きてるのか突き止めて、子供たちを助けて。そうしたら、堂々と正面から凱旋しよう!」
私は杖を高く掲げた。そうだ。これは逃走じゃない。世界を救うための、長い長い遠征の始まりなんだ。
「行くぞ。……風が冷たくなってきた」
ユリオの言葉通り、王都を離れるにつれて、風には微かに冬の匂いが混じり始めていた。目指すは北の果て、ノースガルド。その道のりは、まだ果てしなく遠い。
私たちは背を向け、未知なる大地へと第一歩を踏み出した。




