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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第154話:『視点の転換と、盾の真意』

第154話:『視点の転換と、盾の真意』


 深い灰色の雲の切れ間から、血のように赤く濁った疑似太陽の光が、廃墟の街に斜めの長い影を落としていた。

 凍てつくような冷たい風が、砕けたガラスの破片とコンクリートの粉塵を巻き上げながら、私たちの間をすり抜けていく。


昨日の化学兵器部隊による蹂躙から一夜が明け、私たちは再び崩落したショッピングモールの広場に立っていた。

 悠斗の大剣の重さと、そこに込められた幾度もの「死線」の記憶。それを肌で感じ取ったソラとメイの瞳には、もう昨日までの惨めな絶望はなかった。彼らの目には、恐怖を押し殺し、不条理なシステムに食らいついてやろうという、泥臭くも確かな闘志が宿っていた。


「……いい面構えになったわね。でも、精神論だけで生き残れるほど、AIの演算は甘くないわよ」

 私は、二人を見据えながらステッキを軽く地面に突いた。

「今日教えるのは、魔法の出力の上げ方じゃない。この理不尽な箱庭のルールを逆手に取るための『視点の転換』よ」


「視点の、転換……?」

 ソラが、泥だらけの銀縁眼鏡を押し上げながら聞き返す。


「そう。ソラ、まずはあなたからよ」

 私は彼に向かって歩み寄り、ステッキの先端を彼の胸元へと向けた。

「あなたの雷撃の数式は完璧だった。でも、大出力のエネルギー放射は、システムのAIにとって最も感知しやすく、解析が容易な『単調なデータ』なのよ。だから、一瞬で絶縁装甲というアンチユニットを生成された」


「……じゃあ、どうすればいいんですか? 静電気レベルまで出力を落としても、昨日みたいに帯電防止ミストみたいな環境干渉をされたら、結局は無効化されちゃいますよ」

 ソラは焦りを滲ませながら食い下がった。


「そこが間違っているのよ、ソラ。あなたは雷を『直接敵にぶつける武器』としてしか計算していない」


 私はステッキの先で、足元に転がっていた小さなコンクリートの破片を弾き飛ばした。

「魔法で敵を撃つのではなく、魔法で『環境』を操作しなさい。……例えば、雷の莫大な熱エネルギーを、敵ではなく『周囲の空気』にぶつけたらどうなると思う?」


その瞬間、ソラの瞳孔がわずかに拡大した。彼の優秀な頭脳が、私が提示した新たな課題を猛烈な勢いで処理し始めたのだ。

「……空気が急激に熱膨張を起こす。そして、膨張した空気は逃げ場を失って上昇気流を生み、局地的な『極端な気圧差』が発生する……!」


「いいわね!その通りよ」

 私は満足げに頷いた。


「敵が電気を通さない絶縁装甲を着ていようが、雷を消すミストを撒こうが関係ない。雷で生み出した『気圧差』による突風や、真空の刃、カマいたちの様なものは、純粋な物理現象として敵を襲うわ。……AIがあなたの雷を対策したのなら、あなたは雷を『起爆剤』にして、別の物理法則で敵を叩き潰せばいいのよ」


「……ッ!!」

 ソラの顔が、パッと明るく輝いた。

 彼の中で凝り固まっていた「雷撃魔法=ダメージを与えるスキル」という固定概念が打ち砕かれ、無限の環境変数を操る『真の物理演算』の扉が開いた瞬間だった。


「やってみる……いや、やらせてください!」

 ソラは広場の中央へと駆け出し、大きく深呼吸をして右手を構えた。

 彼は敵をイメージするのではなく、周囲の空間、風の流れ、そして空気の密度に意識を研ぎ澄ませる。


「『局地熱膨張サーマル・エクスパンション』……ッ!」


ソラが魔力を解放した。

 だが、彼の指先から放たれたのは、眩い稲妻ではなかった。目に見えないほどの超高熱のプラズマ球が、数メートル先の空中でパチンと弾けたのだ。

 ドムッ!!

 一拍遅れて、空気が破裂するような重い音が響いた。超高熱によって急激に膨張した空気が、強烈な突風となって周囲の瓦礫を吹き飛ばし、直径数メートルのクレーターのような跡を地面に刻み込んだ。


「やった……! 電流じゃなく、空気の圧力そのものを武器にする……これなら、どんな装甲だろうが物理的に吹き飛ばせる……!」

 ソラは、自分の両手を見つめながら、興奮に打ち震えていた。


「上出来よ。……次は、メイ」

 私は、広場の端でソラの成功を自分のことのように喜んでいた少女の方へと振り返った。


「は、はいっ!」

 メイは慌てて背筋を伸ばし、私の前へと小走りでやってきた。


「昨日のガス攻撃で、あなたのハニカムシールドはあっさりと回り込まれてしまったわね」


「うぅ……はい。正面からの衝撃には強かったんですけど、ガスみたいに隙間から入ってくるものには、どうしていいか分からなくて……」

 メイは申し訳なさそうに俯いた。


「流体、ガスや液体を防ぐには、一枚の壁じゃダメよ。なら、あなたたちを完全に覆う球体のバリアを作る? ……それじゃあ、今度はあなたたち自身が酸欠になって死んでしまうわ」

「じゃあ、どうすれば……」


「流体を『受け止める』のではなく、『逸らす』のよ」

 私はステッキから微弱な水流を生み出し、メイの目の前で宙に浮かべた。


「船の舳先が波を切り裂くように、あるいは、換気扇のファンが空気を押し出すように。……盾の形状を平面から『流線型の曲面』に変え、表面に微細な気流の層を作って、ガスがシールドに沿って後方へ流れていく構造をイメージしなさい」


メイは真剣な顔で私の水流を見つめ、コクコクと頷いた。


「そして何より、あなた自身の『立ち位置』を変えるのよ」

「……立ち位置?」

「ええ。あなたはいつも、怖いから一番後ろに下がって盾を展開している。でもね、本当に誰かを守りたいなら……一番前に立って、背中に仲間の体温を感じながら盾を張るのよ。その『護るべき重さ』が、あなたの盾に絶対的な強度を与えるわ」


私の言葉に、メイはハッとして、広場の中央にいるソラの方を振り返った。

 傷だらけになりながらも、必死に数式を組み直している仲間の背中。


「……ソラくん」

 メイは決意を込めた瞳で頷くと、ソラの前へと走り出た。

「ソラくん、わたしの後ろに立って!」

「え? あ、ああ……」

 突然前に立たれたソラが戸惑う中、メイは両足を肩幅に開き、しっかりと大地を踏みしめた。彼女の小さな背中が、今はとても大きく、頼もしく見えた。


「いきます……っ!」

 メイが両手を前方に突き出す。

 昨日よりも遥かに早く、そして強固なイメージ。


カチィィィンッ!!!!


空気を震わせる硬質な音と共に、メイの前に淡い黄金色の光の盾が展開された。

 それは昨日のような平面ではなく、船の舳先のような美しい流線型を描いた、曲面のハニカムシールドだった。


「私が撃つわよ。しっかり逸らしなさい!」

 私は容赦なく、ステッキから高圧の水流、ウォータージェットを放った。

 コンクリートの壁すら穿つ威力の水流が、メイの盾に激突する。


ズバァァァァァンッ!!!!


激しい水飛沫が舞い上がる。

 だが、水流はメイの盾を突破することも、押し込むこともできなかった。流線型の盾の表面を滑るようにして、水は左右へと綺麗に二分され、背後にいるソラには水滴一粒すら届かなかったのだ。


「すごい……! 波切りみたいに、力が全部外側に逃げていく……!」

 ソラが、メイの背中の後ろから感嘆の声を漏らした。


「やった……わたし、できたよ……っ!」

 メイは盾を維持したまま、安堵と喜びで顔をクシャクシャにほころばせた。

 怯えて目を閉じていた少女が、目を見開き、自らの意志で脅威を「逸らす」術を手に入れた瞬間だった。


「……フン、少しは形になってきたみたいだな」

 広場の瓦礫の上で見張りをしていた悠斗が、大剣を肩に担ぎながらニヤリと笑った。

「机上の空論を捨てた天才と、覚悟を決めた盾持ち。……これなら、次の遭遇戦は、一方的な蹂躙にはならねぇかもな」


「ええ。AIが用意した『死のアルゴリズム』を、彼ら自身の力で書き換える時よ」

 私はステッキを下ろし、息を切らして笑い合う二人の子供たちを見つめた。


灰色の空から降る粉塵は、まだ止む気配はない。

 治験AIは今この瞬間も、私たちの新たな戦術を学習し、より凶悪で絶望的な敵を生成させるための演算を続けているはずだ。

 だが、今の彼らなら、もう簡単に心は折れないだろう。

 次世代のさきもりたちは、教官である私たちの背中を追いかけ、理不尽な箱庭のルールを覆すための『真の物理学』を、確かにその小さな手で掴み取り始めていた。





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